02#When angry, count to four; when very angry, swear.


 羽田空港からモノレールに乗り、浜松町から山手線の内回りに乗って池袋で降りる。所要時間は1時間半だ。Google地図の情報では1時間程度で着く筈だったが、乗換にもたついたり人並みに押し流されたり、電車が停車したりして予定よりも到着が遅れた。
 幸いな事に、約束の時間まではまだ20分ほど余裕がある。西口公園までは徒歩で5分もかからない(とGoogle地図が言っていた)し、伯母さんを待たせるのも悪いので早めに向かおう。人並みに揉まれ流され疲労困憊の為か、空港では軽く感じたショルダーバッグがずしりと肩に食い込んだ気がした。

 池袋西口公園は、想像していたよりもどんよりとした空気を孕んでいた。私の所有する知識の中では、夕方の公園という場所では小学生が駆け回っていたり、高校生カップルがベンチに寄り添っていたり、サラリーマンがぐったりとした顔で新聞なり携帯なりをのぞきこんでいる場所だった。ところが、池袋の西口公園ではそれが違ったらしい。平均年齢10代後半〜30代くらいの、子供の情操教育に悪影響を与えてしまいそうな怖いお兄さんたちが徒党を組んでいた。
 まあ、いくら不良とかヤンキーとか呼ばれている人たちも小学生に絡むほど暇人でもないだろう、と高をくくって噴水の縁へと腰かける。膝の上にショルダーバッグを抱えると、ポケットの中の携帯が震えた。


「はい」
ちゃん? もう、着いてるかしら?』
「はい、西口公園の噴水の所にいます」
『そう。何か怖い目にはあってない?』
「大丈夫です」
『そう、良かった。迎えがもうすぐ着く筈だから、もうちょっと待ててね』
「はい、待ってます」
『それじゃ』


 プツリと、音を立てて通話が終わる。静かになった携帯を再びポケットへと仕舞おうとする私の手を、誰かが無遠慮につかんだ。
 ――知らない男の人だ。沈黙がしばらく続いた後、その人が黄色い歯を見せながら口を開く。


「こんにちは」
「……」
「君、ひとり? お家の人は?」
「……触らないで貰えますか」
「お腹空いてない? 何かごちそうしてあげようか」


 ぐい、と手を引かれ前のめりになるが、どうにか踏ん張る。やばい、変態に遭遇してしまった。不良に絡まれるパターンは想定していたが、まさかこんな稀有な存在が釣れてしまうとは思いもしなかった。(元)小学生の肩書恐ろしや。ブランドは女子高生だけではなかったのだ。


「知らない人に、ついて行っちゃ駄目って言われてるから……」
「大丈夫だよ、これから知って行けばいいんだから」
「いいです。遠慮します。知る必要なんてないです。放して下さい」
「いいからいいから」
「全然よくない! 放せよ、この――!」


 男の、腕を握る力が強くなりギシリと骨が軋む。そろそろ誰かに助けを求めるなりしないと、明るい世界に帰ってこれなくなってしまう。助けを呼ぶべく、必死に抗議の言葉を叫ぶが相手は怯みもしない。不快感に思わず口汚く罵ろうとしたそのとき、直線を描いて飛んできた公園のゴミ箱が男をふっ飛ばした。


「……え、ええ? なんで直線? 物を投げたら放物線を描くんじゃ」
「おい」
「え? あ、はい」
、か?」


 物理を無視したゴミ箱の飛来に、目を白黒させていたら背後――ゴミ箱が飛んできた方向から声がかかる。振り返ると、金髪の背の高い青年が立っていた。なんだか、機嫌が悪そうだ。


「……おい、かって聞いてるんだ。返事くらいしたらどうだ?」


 ギロリと睨まれる。


「ああ、そうです。平和島です。すみません、ぼうっとしてしまって。
 助けて頂いて、ありがとうございました」


 直線状に飛ぶってことは池袋のゴミ箱って軽い素材でできてるんですかね、と冗談交じりに笑う。もっとも、ゴミ箱と一緒に飛んで行った男は目を覚ます気配はなく、あのゴミ箱はきちんとした鉄製のようだ。


「行くぞ」
「あっ」


 変態との問答で地べたに転がっていた鞄を拾って、青年の後を追う。


「あの!」
「……なんだ」
「私、平和島です。お兄さんのお名前、伺ってもいいですか?」
「静雄、平和島静雄だ」


 金髪の青年――平和島静雄は奇遇にも私と同じ姓だった。まあ、よくよく考えたら伯母さんの寄こした使いである、おそらくこの人が私の従兄なのだろう。手のかかる息子たちがいる、と以前伯母さんからメールで聞いていた。成程、手のかかりそうな感じの外見だ。
 彼と私のコンパスの差から、自然と距離が空き小走りになってしまう。しばらくして、彼は何か考えるように立ち止まると、私の手から鞄を引ったくり先ほどよりもゆっくりとした歩調で歩きだした。傍から見ればいたいけな小学生女子の鞄を、強面のヤンキーが引っ手繰っているようにも見えるが、重い荷物を持つ歩みが遅い私に対しての、わかりづらい気づかいだ。


「平和島さんって、優しいんですね」


 私がそう言って彼を見上げると、平和島さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。ぽかんと口が開いている。よくよく見ると、こんな間抜けな表情すら様になってしまう程整った容姿のようだ。
 確かに彼くらいの年頃は世間に反発して髪を黄色くしてみたり、学校をさぼったり、男の子は暴力に訴えたりする時期である。容姿や態度などは一見して強面ではあるが、年下の抱えている荷物を持ってくれたり、歩調を合わせてくれたりと、本当の彼はどうやらすごく優しいようだ。やはり外見だけで判断するのはよくないな、と心の中で独り言ちる。


「……静雄でいい。お前も、平和島だろ」
「それもそうですね。静雄さんって、おいくつなんですか?」
「17」
「じゃあ、私と5つ違うんですね。私、兄弟がいないので、お兄さんってずっと憧れてたんですよ」


 静雄さんはそうか、と振り向かず相槌を打つ。池袋のごった返した人ごみを抜け、子どもの声のする住宅街を歩き、たどり着いたのはとあるマンションだった。




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