03#Melos was enraged.


 平和島は激怒した。かの、邪智暴虐の王……はいないけど、平和島家の食生活を改善しなければならぬと決意した。というのも、平和島家にお世話になって3日、おばさんは仕事で忙しく家を空けがちでおじさんは出張で顔も見ていない。残された高校生の静雄さんと中学生の幽くんでは満足に料理が出来るはずもなく、朝はコンビニの菓子パン、昼はコンビニの弁当、夜は外食だったりデリバリーだったりと添加物にまみれた食生活であった。静雄さんは背も高く、程良く筋肉もついており均整のとれた体つきをしているが、幽くんは線も細いしいつか倒れてしまいそうな程に色白だ。きっと栄養が足りてないんだと思う。そして何より、こんな食生活を続けていたら私自身が太ってしまう。


「静雄さん、出かけましょう。私と一緒に」


 そう言って有無を言わぬ笑顔で静雄さんを連れ出したのは、平和島家の近くにあるスーパーだった。静雄さんを連れて行ったのは勿論、食材どころか調味料すらない平和島家のキッチンが理由である。
 砂糖、酢、塩、醤油、味噌……と、取り敢えず必要そうな調味料をカートに乗せたカゴに突っ込みながら歩く。カートを押している若いイケメンのにーちゃん――勿論、静雄さんである――というのはどうも昼下がりのスーパーには不似合いで、彼は居心地悪そうにしていた。


「おい」
「なんです?」
「どういうつもりだ」
「お買い物です」


 晩ご飯の、と事もなく呟く私に、静雄さんは更に怪訝そうな顔をした。私と静雄さんの仲はあまり良いとは言えない。と言っても、幽くんとも良好とは言えないが。静雄さんは私との距離を測りかねているのか、あまり会話もないし私が近くにいると挙動不審になる。一度、廊下ですっ転んだ時に目の前に静雄さんがいたが、私を受けとめようと伸ばした手は直前で止まってしまい、頭から床に突っ込んだのは記憶に新しい。幽くん曰く、兄さんは力が強いから、小さい女の子は自分が触ったら壊れてしまうと思っているだけだから気にしなくていい、との事だったが私としてはそんな壊れ物になったつもりもなく、そんな大げさな、と笑ったら幽くんは微妙な顔をしていた。


「おばさんからの許可は頂いています」
「そういう問題じゃない……」
「成長期なのに、あんな食生活をしていては早死にします。それに……」
「……」
「毎日コンビニ弁当やらマックだったら、太っちゃうじゃないですか!」


 大根を握りしめて嘆く私に、静雄さんが少し呆れたように苦笑する。


「静雄さんも幽くんも成長期なんですし、ちゃんと野菜もとらないと! ……牛乳だけで静雄さんはそこまですくすくと成長したみたいですが」
「牛乳は万能なんだよ」
「静雄さんが牛乳と甘いものが大好きなのはこの3日でよくわかりました」
「……」
「幽くんも乳製品とか好きみたいですしね。まあ、私に任せてください。料理が得意、とは言えませんがコンビニ弁当よりも少しくらいましな物にします」


 にんじん、じゃがいも、たまねぎ、とカゴに投げ込んでいくと、上のカゴはいつの間にか満杯だった。お察しの通り、今日の夕食はカレーだ。いくら以前にひとり暮らしで自炊をしていたとはいえ、既に10年以上もブランクがあるのであまり自信はない。取り敢えず失敗しないものを、と思いこのチョイスだ。


「静雄さんはカレー、大丈夫ですか?」
「あー、幽が好きだな」
「幽くん好きなんだ。って、私は静雄さんのことを聞いてるんですけど?」
「……だ、大丈夫だ」


 ぱんぱんに詰まったスーパーの袋の中には米袋をはじめとするずっしりと重い食品が詰まっていたが、静雄さんはいとも簡単にそれを持ち上げ、更に私が持とうとしていた袋まで取りあげると言う力技を見せた。


「私も持ちます!」
「いい」
「でも、重くないですか?」
「これくらい軽い」
「お、おぉ……すごい、静雄さん力持ちなんですね!」


 私がそう言うと静雄さんは複雑そうな顔でいいもんじゃねぇと呟く。


「あー静雄さん、この前グラス割ってましたしね」
「……キレると制御できなくなるんだよ」
「成程。まあいいじゃないですか、その内何も壊さなくなりますよ! 私の知り合いにも成長期でにょきにょきっと30センチくらい背が伸びた人がいたんですが、しょっちゅう頭をぶつけてました。でも何年か経ったらそんなこともなくなりましたし」
「……そう、か」
「そうです! 人間とは順応する生き物ですし、静雄さんも自分の握力とか筋力の使い方を覚えますよ」
「なんかお前、ガキらしくねぇガキだな」
「ガ、ガキ!? 静雄さん、中学生は立派なレディですよ! 女の子は男の子よりも発育が早いんですから、私はもう静雄さんと同じくらいなんです!」
「わかったわかった」
「絶対わかってないじゃないですかー!」


 呆れたように笑う静雄さんの顔を見上げ、私は不満そうな顔を作る。同じように買い物帰りの主婦が、私達の様子を微笑ましそうに眺めていた。



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