学園長先生に頼まれ3つ程離れた村にいる娘さんを迎えに行くことになった。どうやらその娘さんは、新しい食堂の働き手らしい。
 山田先生の紹介で昨年から忍術学園で働いてはいるが下っ端も下っ端。ようやく、次の春から6年生の副担任という教師らしい役割を頂いたが、副担任になる第1の仕事が新人さんのお迎えとは、どうやら自分は未だに下っ端から抜け出せていないようだとため息を吐いた。
 2日歩いてたどりついた村は、のどかな村ではあったが裕福でもないようだ。山に囲まれた村は、行商人も中々訪れないらしく飢饉にあった時は大変だと、一服した団子屋の婦人が笑っていた。


さんという方を探しているのですが」
ちゃんかい? あらまあ、とうとうあの子も結婚かいね」
「い、いえ、そういう訳ではなく……」
ちゃんはいい子だよー! あーんなことがあっても毎日頑張ってるからねぇ」
「はぁ」
ちゃんの家は反物屋の前さ、ここから真っすぐ行けばすぐわかるよ」


 幸せにしてやんな、と話を聞かないご婦人に否定の言葉を投げかけ――それでも彼女はわかっていないようではあったが――教えられた家の門を叩く。家の中から現れたのは40半ば程の女性ひとりで、聞けば、件の彼女は畑へ出ていると言う。半刻ほどで戻るのでゆっくりしていけと言われお茶を出した夫人の言葉通り、泥のついた鍬を握りもんぺを履いた妙齢の女性が帰ってきたのは日が高くなりきった頃だった。


ちゃん、学校からのお迎えが来てるよ」
「はじめまして、土井と申します」
「あらまあ、随分と早い。申し訳ありませんが、このような格好で出立する訳にもいきませんので、もう少しお待ちいただけますか?」
「はい、大丈夫です」


 女性の身支度は時間がかかると思ったが、小さな荷物を持った彼女があらわれたのは、それから四半刻も立たない内であった。


「わざわざお迎え頂きありがとうございます」
「いえ、学園で働いて頂ける訳ですから。頭を下げられる謂れはありません」
「ですが、お手間を取らせてしまったことには変わりありませんから。では、参りましょうか」


 村を出るまでに彼女の嫁入り先と間違われるなどのひと悶着はあったが、未の刻までには村を出ることが出来た。


「この分ならば、数里先の宿屋まで初更までには着けるでしょう」


 改めて互いに自己紹介を済ませ、他愛のない話をしながら山道を歩く。体力には自信のある、という彼女の言葉通り、女性にしては少し早いくらいのペースで2人肩を並べる。山道には慣れているのか、足の運びにも無駄がない。


「土井さんは私よりもご長上なのですから、そのような丁寧な喋り方をされなくてもよろしいのですよ?」


 彼女がこんなことを言い出したのは、二刻程歩いた頃だろうか。もとより、格式ばった口調はあまり得意ではない為、会話の端々にでる綻びを見つけたのだろう、罰が悪いように頭をかくと彼女がふわりと微笑む。


「すみません、あまり装飾された言葉は得意ではなくて」
「土井さんは教鞭に立たれる方ですので、私のことは下女のように扱って頂いて構わないのですよ」
「そんな、下女なんて! 同じ学園で働く、仲間です」
「まあ、うれしい言葉を。ありがとうございます」
「おばちゃんたちのおかげで私たちも美味しいご飯が食べられるので、感謝してもしきれませんよ」
「それでは、私も頑張らなくてはなりませんね。土井さん、学園のこと、もっと聞かせて頂けますか?」


 学園にいる同じ教師のこと、生徒のことを話していたら思いの外話が弾んでしまい、数刻の道のりも苦にはならず宿へと着いた。





 明くる日、天気の話、食堂の話、彼女の村の話などをしながら街道を行く。天気が崩れそうな街道は、人っ子ひとり見当たらず、たまに旅人と擦れ違う程度だ。足をすすめると、後方からひたりと気配がついてくる。もう四半刻ほどつけられている。一般人ではないが、気配を消す様子がない為忍者でもないらしい。追剥や、山賊の類だろうか。さんを連れている為、走ってまく訳にもいかず、考えあぐねる。隣を歩く彼女は気配には欠片も気づいていないらしく、黙り込んだ私を心配するように見つめた。


「土井さん、どうかし――」


 足を止めたのが悪かったのだろうか。がさりと草が揺れ、目の前に3人の男が現れる。後ろには2人だ。男たちの身なりは決していいとは言えず、手には各々刀などの武器を手にしていた。
 目の前に立った男が口を開く。


「金と女を追いて行けば、痛い目を見ずに済むぞ」


 勿論、そのようなことはできない。忍びをしていた自分にとってこのような賊の討伐など赤子の手を捻る様に簡単だが、の目の前で男たちに手を下すのもはばかられた。彼女を抱えて逃げてもいいが、生憎近くに村などはない。ともかく、を怖がらせずに済む方法を――。


「お尋ねしますが、人を手にかけたことがございますか?」


 私の思考を遮ったのは、まるで天気の話をするような声色で賊に語りかけたの言葉だった。彼女は怯えた風でもなく、いつも通りの笑顔で賊に対峙している。
 そんな彼女の言葉に賊たちはげらげらと下卑た笑いを漏らしながらも、口々に肯定する。脅しのつもりだろうか、先日殺したという旅人の殺し方を楽しそうに話す賊を前に彼女の耳をふさぎたくなった。こんなこと、年ごとの娘さんに聞かせていい話ではない。


「承知いたしました。では」


 後ろの方々はお任せしましたよ、と私にだけ聞こえる声で囁いた彼女は胸元より取り出した懐刀で、目の前の男の喉元をかき切る。


「そのような輩は、殺してしまっても構わないでしょう。幸い、今はお天道様も不在のようですから」


 彼女に喉を切られた賊は口をぱくぱくとしながらひゅーひゅーという呼吸音を漏らす。自身の手で押さえてはいるが、どう見ても致命傷だ。時間の問題だろう。未だに呆けている賊に対して、彼女は向かう。私も戸惑いながら後ろの2人をくないで始末し、彼女の援護を行おうと振り向くと彼女の前に2人いた筈の賊は既にこの世の者ではなくなっていた。
 袂に返り血を浴びた彼女はぼそりと不満を漏らす。


「汚れてしまったわ」
さん、あなたは……」


 人を殺したことに戸惑いはないようだ。むしろその手際は、慣れているようにも思える。観察するような視線を向けていたことが悟られてしまったのか、彼女は少し困ったように微笑む。


「こんなところで話すような話でも御座いませんし、参りましょう」


 懐紙で短刀についた血を拭いそれを懐に収めると、彼女はまた、いつもと同じような笑みを浮かべ歩き出した。