朝は畑に出て日照りが強くなったら家でお針子仕事、日が暮れる頃に源蔵さんに護身術の稽古を見てもらい、夕食の準備を行って夜は譲ってもらった書物を行燈の灯りの下で読みあさる。そしてまた、太陽が昇る頃には目を覚まし、同じ1日の繰り返し。たまに源蔵さんと一緒に村の近隣に潜む山賊退治を行ったりと、家事のスキル内職のスキル護身術のスキルを満遍なく上げた頃、私は村で評判のお嬢さんになっていた。
 私も数えで17と、いい歳まで成長したのでどこぞの長男の嫁にと縁談も飛び込んできたが、生憎体に大きな刀傷があるだけではなく、どこの馬の骨かもわからん山賊の慰み者にされた身、結婚する気はさらさらない。
 きっと独り身で淋しくこの村に留まり続けるのだろう、そう思っていた矢先、1件の仕事が飛び込んできた。その仕事を持ちこんだのは、トメさんのお姉さんらしい。


「とある学園で食堂のおばちゃんをやってるんだけどね、今いる手伝いの子が嫁ぐことになっちゃって、人出が足りないのよ」
「それは大変ですね」
「それで、ちゃんは村から出たことがないでしょう? 色んな人とも接する、いい機会だと思って」


 幼い頃何度か会ったことのあるトメさんのお姉さん――おばちゃんと呼んでくれと言われてしまった――は、湯呑みを持ったままからりと笑う。成程、笑うと目元にしわが寄る所や、口の持ち上げ方はトメさんにそっくりだ。こんな人が上司ならば、働きやすいかもしれない。しかしトメさんや源蔵さんをおいて、私ひとりが衣食住の保障された学園に行くのは問題があるのではないだろうか。


「過分なお誘いなのですが、私には仕事が……」
「いいじゃない、なつきちゃん。行ってきたら?」
「いやしかし私には畑仕事が」
「問題ない」
「この人もこう言ってることだし、ね?」
「しかしお針子の仕事も」
「お針子なんてしなくったって、うちは十分食べていけるよ! アンタが心配することなんざ何もないんだ、行っておいでよ」
「まあまあ、2人の意見はわかったよ。それで、肝心のちゃんはどうしたいんだい?」


 おばちゃんにそう問われ、私は黙り込む。2人が私を追い出したい訳ではなく、私自身の意見を尊重したいことはよくわかった。
 しかしながら、今までどうしたいなどと自分の将来のビジョンを考えたことはなかった。きっとこの村で朽ちていくのだろう、そう漠然と思っていた故に、この唐突な就職先は宙に浮かんだ城のような話だ。
 しかし学園――聞いた話では学園とは金持ちの道楽のような場所だ。流行りもしないが廃れもしない。逆に考えると、安定した収入があると言うことだ。数年前の悪天候では、ほぼ自給自足の生活をしていた村全体が飢饉となり、少ないながら死人まで出た。畑意外に、安定した収入があるのとないのとでは、天地の差ではないだろうか。


「ちなみに、お給金は如何程?」
「そうだねぇ、衣食住込みだからそこまで多くはないけど」


 これくらい、とおばさん金額を両手で表す。悪くない額だった。高額、とも言えないが衣食住込みでこの値段はおいしい。何せ食費や家賃は雇用者持ちだ。他の街に出て家を借り自炊をしながら稼ぐよりも、確実に金は貯まるだろう。源蔵さん達に仕送りしてもまだ、私の懐に残るくらいだ。


「やります」
「そうかい? そう言ってくれて助かるよ。それじゃあ、春からお願いしようかね」
「わかりました。、誠心誠意お勤めさせていただきます」
「やる気がある子が来てくれるのはうれしいよ。それじゃあ、春先に迎えを寄越すから」
「わかりました」


 村を去るおばちゃんを大きく手を振って見送る。
 春先までひと月程余裕はあるものの、初めての就職先だ。調理に関しては今まで以上に精進しなければならないし、源蔵さんやトメさんに教わりたいことだってたくさんある。村の皆にだってきちんと挨拶をしたい。
 春先までは少し忙しくなるな、と小さく息を吐きだした。