三日三晩生死の境を彷徨い、どうにか一命を取り留めた私は家が襲われてからちょうど10日後に目を覚ました。目を覚ました瞬間に襲った鈍い痛みと生き残ってしまった事実に、どうしてそのまま殺してくれなかったと思ったが、そんな言葉は私を心配する村人たちに言える筈もなく心の奥底に仕舞いこんだ。豊かである村でもないのに、私の為に医者を呼び、この時代安くもない薬まで買わせてしまった。
 特に関わりがあった訳でもないが、両親の治世は間違っていなかったのだろう。皆が我が家の崩落を憂い、私の容体を心配してくれた。


「ご迷惑をおかけします」


 床で身を起したまま、お世話になる家人に頭を下げる。ずきりと傷が痛んだが、少し眉をひそめることでやり過ごす。私を引き取ってくれる事になった夫婦は、無理しないでね、と微笑むと傷に障らないように優しく私の両手を取った。


ちゃん、辛いことがあったけど、これからご両親の分も一生懸命生きていこうね」
「……はい」
「辛かったら、泣いてもいいんだよ?」
「だい、じょうぶです。もう、私の中で整理はついています」


 虚勢を張る私に、夫婦は悲しそうにほほ笑む。しかし、泣けと言われても泣けそうにもなかった。私の涙は、どうやらあの時枯れ果ててしまったようだ。





「大丈夫です、できます」


 傷も癒えた頃、私は与ってくれた夫婦――源蔵さんとトメさん――の手伝いを始めた。手習い程度の裁縫は床についても行っていたが、食事の準備や畑の手伝いなどは実の両親が健在であった時分にも経験はなく、戸惑いの連続でトメさんには多大な迷惑をかけた。最初の頃は、おそらく私などいない方が効率的であっただろう。


、休憩にするか」
「はい、トメさんからお弁当を与っています」
「そうか」


 畑の手入れをする手を休め、持ってきてた荷物から竹に包まれたおむすびを取り出す。私のは小さめのが2つ、源蔵さんのは大きめのが3つ。畑の縁に腰かけ、2人並んで食べる。



「はい」
「辛くはないか」
「はい。村の皆もよくしてくれますし」


 そうか、といって源蔵さんは日よけの手拭いにくるまれた私の頭をくしゃりと撫でた。物凄くわかりにくいが、顔には笑みが浮かんでいる。半年彼らと生活して、唯一私がわかる源蔵さんの表情の変化だ。


「源蔵さん。源蔵さんが昔忍びをしていたと伺いましたが、本当ですか?」
「……誰だ」
「黙秘します。それで、本当なんですか?」
「黙秘だ、黙秘」
「拒否します。別に、源蔵さんがしがない村人でも、闇夜に暗躍する忍びでも、どっちだっていいんです。ただ……」
「何だ」
「源蔵さんが忍びであるのなら、私に相手を殺す術を教えて欲しいと思いまして」
「俺はただの村人だ」
「そうですか、では隣村の剣術道場へ通わせて下さい」


 隣村の剣術道場は、荒くれ者の溜まり場として有名だ。私がその名前を口にすると、源蔵さんは何か考えるように目を細める。これは多分、不快だとかそういった類の仕草だろうか。


「……どうしてもか」
「はい、どうしてもです」


 たっぷりと考えた後、源蔵さんは深いため息を漏らした。私が1度決めたことは、梃子でも動かないと知っているからだ。台所仕事を始めた時も、畑仕事を始めた時もこのやり取りを繰り返している。


「理由は?」
「そうですね、建前としては護身のためです」
「俺は建前を聞いてるんじゃねぇ」
「そうですね、本音としては復讐のためです」
「……何も、生まねぇぞ」
「はい、理解しています。家を襲った野党を割り出すのも難しいと思いますし、今の私が勝てるとも思いません。ただ、この燻る感情を何かに向けるのもいいか、と思いまして」
「相変わらず、子供らしくねぇ子供だ」
「自覚はあります」
「……お前がそこまで考えてるのなら俺は何も言わねぇ」
「ありがとうございます」
「ただ、あいつは知らねぇぞ」
「……トメさんには、内密にする方向で」
「無理だな」


 帰宅して源蔵さんに短刀を習うと告げると、トメさんはちゃぶ台をひっくり返して激怒した。それを何とか宥めすかし、私が護身術の稽古を受ける許可をもぎ取るには、それからひと月あまりかかったことをここに記しておこう。