2度目の人生で私は、所謂良いとこのお嬢さんだった。
 家はここら一帯を治める地主で、父自身は質素倹約を好む質だったが、先代の集めた調度品の中には1つで家が建つほど高価な物もあるらしい。そのため、広い敷地内には数人だが、守りの武士もいる。武士、そうなのだ。私の生きた1度目の人生、平成では聞く事もなかった武士という生き物が存在する世の中なのだ、今は。


様、お花のおけいこのお時間ですよ」
「……」
「早くしてくださいな、先生がお待ちですよ」
「……だって私、お花のセンスなんてないもの」


 ここは不思議な世界だ。電気はない、車もない、本だって物凄く高価なものだ。逆に武士がいる、山賊がいる、戦だってある。だけど、カタカナ英語が通じる。前の世で学生であった頃の遠い、それはもう果てしなく遠い記憶を掘り返してみてもこの時代に貿易があっていたと聞いたことはない。この時代に違和感なく溶け込むカタカナは、異物にしか感じられなかった。
 悩みに悩んだ結果、つまりここは前世の私が生きた世界ではないのかもしれない、と解釈した。納得や解釈よりも、どちらかと言うと思考の放棄の方が近いだろうか。


「そんなこと言わずに、続けていけばそれなりに上達しますよ」
「センスがないのは否定してくれないのね。
 7歳の時からもう3年も教わっているのよ? いい加減、先生も私の才能の無さを認めて、諦めてくれないかしら」


 先程から私を客室へ引っ張って行こうとしているのは、使用人の菊だ。彼女の言葉に私が脱力したように呟くと、乳母のような存在でもある菊はふふと苦笑を漏らす。さあ様参りますよ。はいはい。と、ぐいぐいと引っ張る菊のお小言を聞き流しながら軽口を叩く、それがいつもの光景だ。
 私がどこかに嫁ぐまで、ずっと続くかと思っていたやり取りはその日の晩、高い金属音と悲鳴、それに下卑た笑い声によって壊されてしまった。

 草木も寝静まった頃、そいつらはやってきた。
 家人を殺し、家財を奪い、笑いながら女を犯す。私の上に乗る男が何度目かもわからない精を吐きだした頃には、涙もとうに枯れ果てていた。体の痛みなど気にならない。早く、早く終わって欲しい。もう何人の男の相手をしたかすら定かではない。隣には菊の亡骸が転がっている。両親もきっと生きてはいないだろう。そして私も、殴られ嬲られ殺されるだろう。
 ぎらりと男の持つ刃がきらめき、体に熱が走る。袈裟がけに切られたのだと察した時には、やっと死ねると口元に笑みさえ浮かんだ気がした。