That's what I'm here for.

 ヒュッと風を引き裂いた刃は呆気無く<獅子王の剛盾>に阻まれた。この盾を退ける力は生憎持ちあわせておらず、相手の鋭い突きを紙一重で避けバックステップで距離を取る。肺の中の空気を吐き出し敵を見据えると、彼は余裕げに口角を上げた。癪に障る動作だ。地を蹴って距離を詰めると、敵は緩慢な動作で剣を振り上げた。
 ――行ける、これなら私の方が早い。
 がら空きの胴へと剣を走らせた。そう確信した瞬間、先程の動きからは考えられないスピードで剣が振り下ろされ、右手の<オートクレール>が弾かれた。逞しい体躯から繰り出される斬撃はじんと体の中を雷のように駆け巡る。緩んだ手のひらでは掴みきれなかった剣は、敵の繰り出した第二撃によってあっさりと私の手から離れた。

「俺の勝ちだな」
「……謀ったな」
「敵の隙を作るのは基本だぜ。ホイホイと誘われるが甘いんだよっ」

 そう言って勝ち誇るように笑う直継の向こうずねに蹴りを入れる。硬い甲冑に阻まれてダメージを与えられない事はわかっていたが、八つ当たりせずにはいられなかった。

「レベルは同じなのに……やっぱりプレイヤースキルでは直継には敵わないわね」
「おいおい、俺は戦士が本職では回復職だろ? 負けたら面子が立たない祭だぜっ」
「それでも! こうあっさりと無力化されたら悔しいわよ!」

 予想はしていたがスキル無し、互いの剣技だけでの試合では直継と私には天と地程の差がある。確かに私は回復職ではあるが、重装甲型ビルドの施術神官として前衛で戦ってきたのだ。それなりの意地がある。

「ゲームの時はあまりプレイヤースキル……技術力って然程意識してなかったけど、やっぱり生身だと明確に表れるわね。私もドン臭いって訳ではないんだけど……瞬発力? 反射神経かしら。兎も角、それが圧倒的に足りないわ」
「そうかー? もいい線言ってると思うぜ」
「いい線、ね……まあその程度よ」

 直継の正直な意見を受け止めて自嘲する。<奈落の参道>のレイドでてとらや<シルバーソード>の回復職の動きを見てからずっと考えていた。私はパーティーを抜けるべきである、と。シロエ達パーティのパワーバランス的には私よりもてとらの方が適任である。言ってしまえば、私はてとらよりも劣っているのだ。

「……悔しいなあ」

 弾かれた<オートクレール>を鞘に収めると、ポツリと本音が漏れた。



30



 何年も<エルダー・テイル>をプレイしてきて、大規模戦闘だって何度も攻略してきた。プレイヤーの中では中の上くらいかな、という自負はあった。初心者や内輪でまとまっている小規模パーティのプレイヤーには負けないつもりだった。幻想級アイテムだって手に入れた。それでも――。

「届かないか」

 自室の簡素なベッドに寝転がりながら手を伸ばす。昔は装備さえ整えば、トッププレーヤーになれると信じていた。しかし現状を見てみれば、<オートクレール>のステータス補正が入ってもまだ届かない。皆はどんどんと先へと進んでいるのに、私は同じ所にとどまったままだ。つまり私は、ここまでなのだ。
 伸ばし続けていた手を下ろす時が来た。胸の奥でくすぶる想いはあるが、何故だかその言葉は私の心の穴にすとんと入り込んだ。力不足は痛感していたし、<記録の地平線>のトップパーティの回復職は自分には荷が重すぎたのだと理解した。回復はパーティの要、そこが崩れれば自然とパーティも崩壊する。このポジションは盾役と並んでパーティ編成では最も重要視されるし、技量の伴った人間が選ばれる。今まではギルドに高レベル回復職が私しかいなかったからその地位に収まっていたが、これからはてとらがいる。それならば私は素直にその座を明け渡すのが道理なのだ。だから私は晴れ晴れとした気持ちで――は流石に無理だが、後ろ髪引かれる思いでパーティ離脱を決心した。





「えっパーティを抜けるっ!?」

 直継との業務連絡中に押し入った彼の部屋で告げると、シロエはぽかんと口を開けて私の言葉を復唱した。彼が勢い良く立ち上がったせいで、座っていた椅子は壁にぶつかりガン、と言う打撃音を残して室内は静まり返った。シロエがパクパクと魚みたいに口を開け閉めしている。逆に直継は冷静で、片目を閉じて髪を撫で付けていた。

「え、それじゃあ……ちょ、ちょっと待って」
「シロ、落ち着けよ。が抜けるのはあくまででかい仕事の時はって事だろ」
「勿論。気軽なレベル帯に殴りこみに行く時は参加するわ。あと人数不足の時も」
「ギルドを抜ける訳じゃねぇんだ、大丈夫だろ」
「あ、うん」
「だけど先日のススキノでのレイドみたいなのは不参加よ」
「それは、やっぱり……」
「てとらがいるんだもの。大事な場面では強い方が出るのは当たり前でしょ。いざ戦闘と言う時に私に気を使って編成に滞りが出ないよう、先に宣言しておこうと思ったの」
「そう、いう事か」

 脱力しながら椅子に座り込んだシロエだが、一体何にそこまで驚いたのだろう。私とてとらの技術差はパーティの指揮を取っていた彼なら承知していた筈だ。まあいい、それよりも重要なのは――。

「そこでひとつ、欲しい物があります」
「ちょっと待って、僕としてはまだパーティ離脱に納得してない所もあるんだけど」
「あれぇー? 腹ぐろで計算高く血も涙もないと噂のシロエさんは、パワーバランスに則った編成に文句があるんですかー?」
「そういう訳じゃなくて……てとらが加入したからを外すなんて、まるで追い出したみたいじゃないか」
「あーまあそれはあるわな」

 気まずそうな顔でシロエが呟き、直継もそれに賛同する。

「そう? むしろ私は肩の荷が降りたけど」
「肩の荷って事はもしかして、負担だった?」
「負担も負担よ。<円卓会議>参謀シロエのギルド<記録の地平線>のトップパーティのヒーラーよ? 一兵卒には役者不足よ」
「俺達はに不満を感じた事はないけどよ」
「それは今までの事でしょう? これから先もっと高レベルのダンジョンやレイドが出てくる可能性が無きにしも非ず。無理無理、対応出来ない。逆にてとらに押し付けて悪いとは思うけど、あの子はプレッシャー感じるタイプでもないみたいだし」
「まあ、それはね」
「大いにありあり祭だな」
「それに、てとらにも了承は取ってあるわ」

 ――あ、てとら。メインパーティの回復任せていい?
 ――もちろんオッケーですよっ!

「軽っ」
「そういう事だから、私は文官にでもなろうと思うの。書類仕事がメインね。勿論、調剤師としての責務も果たすわ」
「……決意は堅いみたいだね。それで、が欲しいものって?」
「権力」

 笑顔で述べた言葉に間抜け面した男達は顔を見合わせた。

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