That's what I'm here for.

 人の作業を見るというのは何とも楽しいものである。舞うように動く包丁があっという間に林檎の形を作り替え、フライパンでフランベされる。その手際はまるで予め定められていたプログラムの様に正確で無駄がない。しかし踊る様に優雅で見るものを魅了する。まるで魔法だ。

「さて、出来ましたにゃ」

 そう言いながらシェフ、いやこの場合アップルパイを作っているのだからパティシエと呼ぼう。パティシエの彼が洗練されたフォルムを持つアップルパイの1ピースを私の前に差し出した。それを一口含み、思わずほうと溜め息が漏れる。神の領域だ。

「結婚して下さい」
「それは困りますにゃ」

 ぱちりと片目を閉じてにゃん太が呟いた。



29



「セララは正しかった。猫神様は優良物件よ」
「何、突然……」

 本日2個目のアップルパイを頬張りながら正直な気持ちをシロエに伝えると、彼は書類仕事でぐったりとしていた顔を更に青くして溜め息を吐いた。失礼な男である。猫神様の差し入れを理由に無理やり休憩を取らせたというのに。

「だって見なさいよこの洗練されたアップルパイを! こんなのフランス帰りのパティシエだって作れないわよ!」
「フランス帰りのパティシエのケーキを食べた事はないけど……まあ美味しいのは確かだよね」

 呑気に紅茶を口に運ぶシロエに呆れる。わかってない、どこまでもわかっていないなこの男は。高級レストランのシェフ級の味が毎食堪能できるので、にゃん太のすごさを忘れてしまっているらしい。「これだからシロエは……」と呟くと、彼は怪訝な視線を向けてきた。

「考えてもみなさい、ここに来る前、こんな料理を三食おやつ付きで食べれていた?」
「流石にそれはないね」
「私なんか三食コンビニ弁当、カップラーメンなんてざらだったわ。ここに来てみるみる食生活が改善されているわ。<エルダー・テイル>内では手に入らない食材があったとしてもね」
「ああ、料理しないんだっけ」
「か、簡単なものなら作れるわよ」
「目玉焼きとか?」
「それ焼くだけじゃない。失礼ね、もうちょっと高度よ!」

 どうだか、と言ったような表情でシロエが笑う。確かに私はにゃん太みたいなプロ顔負けの料理の腕は持っていないが、人間が人間らしく生きる程度の調理はできる……つもりだ。<エルダー・テイル>内ではアキバの街を歩けば美味しそうな露店があったり、<記録の地平線>ギルドホームではにゃん太と言う最高のシェフが君臨している為腕を振るう機会がないだけである。最近はサブ職業料理人意外も簡単な料理が作れるようになってきたと報告にはあるが、あくまでも簡単な料理だ。私が草をちぎって更に盛っただけのサラダを作るよりも、にゃん太が栄養管理の行き届いたフルコースを作った方が余程生産的である。そうこれは、適材適所なのだ。

「兎も角、私の料理レベルなんてどうでもいいのよ」
「そう? 僕としては気になる所だけど」
「いいから! 本題は猫神様の調理スキルね。エルダー・テイル内で料理人のスキルが高いからって作れるレベルの物ではないわ。きっとリアルでも料理人か何かなのよ」
「そうとは限らないと思うけど」
「別に猫神様のリアルを詮索する気はないわよ? ただね、にゃん太みたいな大人で家事スキルの高い人とリアル結婚となれば人生安泰だろうなーって思っただけよ」
は班長みたいなのが好みなのか」

 シロエが居心地の悪そうな顔で呟く。

「大丈夫、私はギルド内で恋愛なんてややこしくなる事はしないわ」

 恋愛で拗れるギルドは少なくはない。何より現状がリアルみたいなものなのだ。軽率な惚れた腫れたは控えた方が身の為である。

「猫神様はそうね……親戚の素敵なおじさんって感じかしら。自分で老人老人って宣言してるから、実年齢がどうだとしても色恋の対象にはならないわ」
「あーそれはわかる気がする」
「まあ好物件だとは思うけど……あ、ごめん念話だ」

 突然視界に念話通知画面が展開された。アカツキからだ。シロエに一言断りを入れてそれを受ける。

「はい、です。ご用件をどうぞー」
『今日の訓練で<ドゥヴァーチャーのバードランド>に行こうという話が出ているんだが、もどうだ?』
「え、そんな高レベル地帯に? レベル上げでもするの?」
『踏破は視野に入れていない、連携確認だ』
「メンバーは?」
『直継、てとら、私だ。老師は年少組の手ほどきをしている』
「そうね、流石にミノリ達は連れていけないわね。シロエは誘わなくてもいいの?」
『主君は、お忙しい、だろう?』
「聞いてみるわ」

「という事でバードランド行くらしいけど、シロエ来る? 忙しい?」
「バードランドかあ……行きたいけど、仕事が……」
「わかった」

 シロエとの会話を早急に打ち切ってアカツキへと告げる。

「シロエも行くって。街の入口集合でいい?」
『ああ、わかった』
「すぐ行くわ」

 空いた食器を片付けようと立ち上がると、シロエがぽかんと口を開けていた。

「大丈夫、数時間くらいサボっても死にはしないわよ」
「そうだけど、ね」
「机にかじりついてる方がエコノミー症候群で死ぬわよ。さあ気合入れて! 回復2だから滅多な事では全滅しないだろうけど、80台のダンジョンなんだから」
「……ああ、うん。わかった、行こう」





 <エルダー・テイル>では自分と5レベル差のある格下の敵を討伐しても経験値は入らない。<ドゥヴァーチャーのバードランド>で出現する敵の大半もレベルが90を超えている私達にとってはアイテムドロップ程度しか恩恵はなく、高レベル帯の敵を相手取る訓練が主な目的であった。盾役一人、アタッカー一人、補助役一人、回復二人という殲滅力に欠ける編成ではあったが、そこは<記録の地平線>のトップパーティー、危なげなく敵を殲滅できた。

「このレベル帯だと、ちょっとオーバーヒール気味でしたねー!」
「てとら一人で十分過ぎたわね。私なんか途中から完全にアタッカーだったわ」

 馬に跨がりアキバへと小一時間かけて帰還した私達は、反省会と称してにゃん太の作った軽食をつまんでいた。シロエや直継は年少組に捕まって<ドゥヴァーチャーのバードランド>のダンジョン特徴や発生するエネミーの解説をしている。彼らがあのダンジョンへと行くのはもう少し先にはなるが、足を踏み入れたことのないダンジョンは年少組の羨慕を集めるには十分だったようで、皆目を輝かせてまだ見ぬダンジョンへの希望を募らせている。

「トウヤ達は楽しそうねぇ」
「そりゃあまだ知らないマップがいっぱいありますからね! <エルダー・テイル>でプレイしていたときとくらべれば、臨場感はばっちり!」
「この現状で臨場感もクソもないでしょう……まあ知識や経験がない事が悲壮感になる人種よりも全然マシよね」
「ボク達もばーっちりエスコートできますしねーっ!」
「私がもし初心者でこんな状況になっていたらと考えると……恐ろしいわね」
「そうですか? ボクはそれもまた楽しいと思いますけど!」
「ポジティブシンキングの人はいいわね。私はどちらかと言うと逆だから、間違いなく引きこもってたわ。怖いもの」
「こわい?」
「怖いわ。蘇生はされるとは言え、定石も知らずにこの世界に放り出されたらきっと一歩も動けなくなる。ゲームとしての知識があるから戦い慣れた敵との戦闘はこなせるけどね」
「じゃあ、この前のレイドは? ボスなんて初見でしたし」
「あの時は……シロエ達や<シルバーソード>の人たちもいたからね。皆の腕は信頼していたし、私が少し下手打ったくらいでは大丈夫かな、と。まあ本音としては参加したくなかったわ」
「たしかに最初は行くのいやがってましたよね。シルバーソードの隊長さんを投げ飛ばしちゃって、ボク、笑っちゃいました! でもそれは、シロさんとケンカしてたからだと思ってましたよ」
「シロエとの事もあったけど……レイドで足を引っ張るのは目に見えていたから」
「そうかなあ、ボクは適任だったと思いますけど」
「そうだったらいいけど。まあ私としてはあまり新規開拓とかはしたくないのよね」
さんは安全第一!ってカンジですよねー」
「基本的に保守的みたいね。最初の方は自棄になって単独行動なんて無茶な真似していた時期もあったけど、今となってはあの頃の無謀さを笑うわ」
「うーん、ボク、話を聞くかぎりではさんの無謀さはぜーんぜん、なおってないと思いますよ」
「……そう?」
「ボク達がアキバに帰ってきたときも、怒られてましたし」
「あれは、色々……そう、色々あったのよ!」
「こんな状況になっちゃってからボク、<妖精の輪>の使用報告なんて初めて聞きましたよっ」

 てとらがフライドポテトを頬張りながら腕を組む。ほうら、やっぱりなおってないじゃないですか。彼の表情がそう言っていた。

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