That's what I'm here for.

「何かお前、最近噂になってるぜ?」
「へえ? 何で?」
「なんつーか、実はすっげぇ怖いとかって。本性バレバレ祭だぜ!」
「だーれの本性だってぇ?」

 そう言いながら机の下の俺の足をゲシゲシと蹴るのは目下、アキバの街で噂の"智の神官"様だ。街中じゃあ上手く猫を被っているが、<記録の地平線>のギルドホームではこんなもんだ。下手したら年少組よりも更に子供っぽい。

「で、何かやらかしたのか?」
「あー……ちょっと鬱陶しかった奴らを黙らせた」
「街の人間が青ざめるような方法でか?」
「男の大事な所を蹴りあげてやったわよ」

 の言葉に、大げさに股間を抑える動作をしながら椅子から立ち上がった。

「おまっ! それは悪魔の所業だぜっ! えげつない祭だっ!」
「大げさね……直継とアカツキのスキンシップと大差ないでしょ。挨拶みたいなものじゃない」
「はーい、こんにちは、で大事なとこ蹴られたらたまったもんじゃねぇよっ! 断じて違う、違うからなっ」
「あら、直継との挨拶を一新しても良いと思ってたんだけど、その様子じゃ見送る必要があるみたいね」

 足を組み替えながら悪魔がカラカラと笑っている。こいつはいつもこうして誰かをおちょくっている気がする。その被害者は概ねシロだが、シロは今部屋に篭って小難しい紙と格闘しているので俺にお鉢が回ってきた訳だ。黙っていればそこそこナイスおぱんつなのに、言動が全てを台無しにしている。

「俺、お前をおぱんつとしては見れないわ」
「私も直継をブリーフだなんて思えないわ」
「ブリーフじゃねぇよっ!」
「ふんどしだったっけ?」
「そう言う意味じゃねぇよっ! って、じゃあ何なんだ?」
「……肉の盾かな」
「っひっでぇな、おいっ」
「ああ」

 直継には既にいいおぱんつがいるみたいだものねぇ、とからかうような声色で口元を吊り上げるに、俺はその場をそそくさと逃げ出した。



28



 噂をすれば影とは言ったものだ。<円卓会議>本部に書類を届けに行った折、<三日月同盟>のマリエール、そしてヘンリエッタと遭遇した。マリエールはいつものハイテンションで私が口を開く暇すら与えないまま、彼女らのギルドホームであるギルド会館5階へと引きずり込まれた。

「随分長いことアキバにおるけど、こうやってゆっくり話すのは初めてやね」

 そして現在、食堂の様な広い一室で顔を突き合わせて温かいハーブティーを飲んでいる。彼女達との接点はあまり多くなかった為、突然の有無を言わせぬ招待に正直驚いていた。

「そうですね、<三日月同盟>さんとはあまり関わる機会がありませんでしたので」
「それや、それっ! まずはその口調がいかんのよっ」
「口調、ですか?」
「"神官モード"やろ? そんなかったい言葉遣いやめてぇな」

 思わず笑顔のまま固まる。マリエールは私の態度が演技である事を知っている様な口ぶりだ。いったい何処から話が漏れ――ああ、直継だ。確かに私は口外するなとは言っていない。直継も人の秘密をぺらぺらと話す様な愚か者ではない筈だ。どうせレイド中に毎夜こっそりとしていた彼女との念話中、うっかり口を滑らせたのだろう。もしかしたら<シルバーソード>の面々と騒ぐ私の声が漏れたのかもしれない。彼を責めるつもりはない。

「うちもすっかり騙されとったけど! お友達やん? お友達同士にはそんな礼儀とか外面とかぽーいって捨て去るもんなんよっ! なぁ、わかるやろ?」
「マリエールさん、何か勘違いされているのでは? 何の話か、私に心当たりはございませんが」
「とぼけても無駄やっ! ネタは上がっとるんよ!」

 前言撤回。ここまで自信たっぷりにマリエールが問い詰める程の情報量らしい。直継を少しばかり責める必要もありそうだ。

「では、そのネタとやらをお伺い致しましょう」
「例えばな、お酒が入ると関節技決めてくるとかな」

 うん、酒の席での直継があまりにもうるさかったのでサブミッション・ホールドで黙らせた事はある。

「甘いものが好きで、勝手に食べたらスキルで切り捨てられそうになったとかな」

 にゃん太の特性プリンを私の分まで食べた直継を<フェイスフルブレード>で切り捨てた事も記憶に新しい。衛兵が機能していないアキバだからこそ可能だった制裁だ。

「他にも……」
「いえ、情報元は特定に至りましたのでそれ以上は結構です」
「えっ! いや、う、うちは情報元なんて知らんよ〜……」

 マリエールは自分の失言に気付いたのか、視線を逸らして誤魔化す様に下手な口笛を吹いている。何とも古典的で典型的な誤魔化し方だ。

「別に、漏洩元を責めるつもりは余りありません。口止めしていた訳でもありませんから」
「そっかー! 安心したわ〜」

 少しはあるけどね。
 私の言葉に彼女はあからさまにほっとした顔をする。

「でな、どうなん? うちと仲良うしてくれん?」
「仲良く、ですか? 現状も特に不仲という訳ではないと思いますが……」
「ちゃうねん!」

 マリエールがドン、と机に手をつき立ち上がる。その瞬間、彼女の豊満なバストもたゆんと弾んだ。成程、巨乳とは遅れてついてくると噂に聞いてはいたが、真だった様だ。彼女の胸囲がリアル由来かアバターだけのものなのかは知らないが、少し羨ましくなった。私も無い訳ではないけどね、無い訳では。話が逸れた。

「もっとこう、一緒にお茶したりとか! お買い物行ったりとかしたいんよ!」
「はぁ、そう言った事柄に関してはやぶさかではありませんが」
「それに着せ替え人形にしたり!」

 それに関してはやぶさかである。

「恋話とかもな!」
「私につきましてはマリエールさんの様な浮ついた話はありませんが」
「う、浮ついたって……別に直継やんとはそんなんじゃ……ってうちの事はどうでもええねん!」
「そうですか」
「だから敬語はやめてぇなっ! ちゃんはうちの事、嫌いなん?」

 マリエールが捨てられた子犬の様な瞳でこちらを見つめてくる。私としては彼女は好ましい部類に入るし、彼女の隣で静かに話を聞いているヘンリエッタも<円卓会議>では大変お世話になった頼りになる女性だ。

「直継からの情報を認めるとしましても、マリエールさん達は年上です。目上の方への敬意を敬意を払うのは当然の事です」
「年上っ! う、うちが年増なんが悪いんか……っ!」
「い、いえ、そう言う事ではなくてですね」
「ううぅ、どうせうちは年増やぁ……」

 酔っぱらいの様にくだをまくマリエールにひとつ大きな溜め息を零す。こう言われては弱い。流石は"アキバのひまわり"マリエール、天然だとしても人の心を動かすのが上手い。私は諸手を上げて降参する。

「わかった、わかったわよ。友人間に敬いは不要ね」
ちゃん……!」
「マリエールさん。いえ、マリエと呼んでもいいかしら?」
「勿論や!」
「では、私もと呼んで頂戴。ヘンリエッタさんは……」
「梅子やで」
「マリエ! 梅子と呼ぶのはやめなさい! も、私の事は呼び捨てで構いませんよ」
「うん、わかった。別に二人の事が嫌いだとかって理由で猫被ってた訳じゃないのよ? 色々と都合が良いからそうしているだけ。二人の事は前から……こ、好ましいと思っていたし」

 人に好意を告げるのは少しばかり躊躇いがある。恥ずかしいのだ。思わず言葉尻が弱々しくなってしまう。二人は何を思ったのか、マリエールは満面の笑顔で私に抱きつき、ヘンリエッタはわしゃわしゃと髪を撫で回した。

「随分と気を張っている様で心配していましたが、猫を脱いだらこぉんなに可愛らしい中身が出てくるとはっ!」
がデレた! ええやん、ええやん!」

 私のやめろと言う声は届かず、結局彼女らが飽きるまで構い倒されぐったりした頃ようやく解放された。

back  main  next