That's what I'm here for.

 何とか終わった買い物に溜め息を吐く。再び合流した彼女は店から離れていたらしく、二つのクレープを握っていた。

「お決まりになられましたか?」
「まあ……うん、なんとかなったよ」
「それは僥倖です。では、食べ歩きとはあまり推奨できる行いではありませんがこの気温です。ギルドホームに帰りましょう」

 からクレープを受け取り、二人並んでホームへの道を歩く。鞄の中で揺れる装飾品の中には、勿論彼女へと宛てた物もあった。銀で編まれた細い鎖の先に、深い緑の石が控えめに彩られているペンダントだ。デザインはシンプルな物だが、彼女に似合うと思った。その石――透輝石の宝石言葉に少しだけ照れくさくなったが、無事綺麗に包装され手元にある。

「甘いものはお嫌いでしたか?」

 クレープを握ったままの僕を見上げながらが問う。それに首を振り一口含むと、クリームの甘さが口の中に広がった。



27



スノウフェル終盤と言えど、街中には屋台が立ち並び定番であるスノウフェル・チキンや数種類のベリーを漬け込んだ酒を取り扱う店が目立つ。それ意外にはカラーゲ、肉まんなども並んでいて<冒険者>だけでなく、<大地人>も物珍しそうに屋台を眺めていた。
 誰が設置したのかはわからないが、<エルダー・テイル>時代のいたずらアイテムである樽に入った雪球も街のあちこちにある。この雪球は投擲攻撃アイテムだが、ダメージは発生せずに派手な音を立てると言う代物で攻撃判定には当てはまらずに街中で使用できるものだ。ゲームだった頃は仲睦まじい男女ペアにぶつけても良い、というローカルルールが日本サーバーではあったが、現在はどうなのだろうか。直継とマリエールにでも投げつければ良いのだろうか。

 そんなくだらない事を考えながら街を散策していた所、もっとくだらない奴らに絡まれてしまった。今はなき中規模ギルド<ロスト・メモリー>の残党だ。あのギルドマスターに未だ信頼を寄せているらしい数人は、彼がアキバの街を去った今でもこうして憂さ晴らしに突っかかってくる。
 街の往来にも関わらず彼らは私を取り囲んで、口々にどうしようもない罵倒を投げつける。私はそれを聞き流しながら、適当な屋台へと意識を向けていた。

「だからよ、お前のせいでバラバラになったも同然の俺らに、迷惑料とか払ってもいいんじゃねえのか?」

 最近はこうして金の無心が多い。

「困ります」
「困ってんのは俺らの方なんだよっ!」

 徐々に集まる周りの視線に溜め息が出る。ああ、もう面倒臭い。





 みんなで訓練をした帰り道、アキバの中心街で三人の男性に絡まれているさんを見つけたのは偶然だった。双方とも街着で丸腰だけど、雰囲気はピリピリとしている。何より、さんが足でゆっくりとリズムを取る仕草は、彼女がイライラしている時の癖だった。刀を抜こうとするトウヤを止め、駆け寄ろうとした時、さんは無防備な男の急所……男性の持っている急所だ、そこを躊躇いすら見せず蹴り上げた。
 悶絶する男を尻目に、彼女は残る二人を軽々と倒してしまう。さんと男たちのレベル差は5つ開いていたが、それ以上に技量が違った。
 地に伏せる男の頭を踏みつけながら、さんは困った様に頬に手を添える。

「困りました。この様な振る舞い、神に裁かれるべきなのですが天罰が下る様子はありません」

 そう言いながらもぐりぐりと男の頭を踏むさんは、少し楽しそうだった。彼女の言う神の裁きも、訪れる筈はない。アキバの殺人鬼事件以降、衛兵システムは停止していた。一般の冒険者には知られていないが、<円卓会議>に携わるわたし達は熟知している。

「罪深いこの身を神へと捧げるにはどうすれば良いと思いますか? ああ、そうですね。取り敢えず、あなたの頭をこのまま踏み潰してしまいましょう」
「ひっやめっ!」
「さすれば、神も断罪の剣を持って処罰してくださるでしょう。さあ、お祈りなさい」
「――ッ!」
さん、そ、そのくらいに……」

 声にならない悲鳴を上げる男の人を哀れに思い、彼女を止める。さんは割って入ったわたし達にようやく気付いたらしく、男の頭に乗せていた足を降ろして穏やかな顔で微笑んだ。

「皆さん、お帰りですか? 調度良い所でした、私もホームへ戻りますので、ご一緒してもよろしいでしょうか」
「もちろんですけど……あの人たちはいいんですか?」
「問題ありません。さあ、帰りましょう」

 そう言ってさんに手を引かれ、人混みを後にする。ギルドホームまでの道すがら、さんに対人格闘を教わるトウヤの楽しげな声が響いていた。





 ギルドの仲間達へのスノウフェルの贈り物を配り終えた私は、夕食後にシロエの私室を訪れていた。シロエの部屋は片付けられてはいるが、如何せん資料や本の量が多すぎる。紙に埋もれる様にしながら書類を片付けるシロエは疲れ切った顔をしていた。

「まだ終わらないの?」
「ひとまず今日の分は一段落したとこだよ……」

 首を回しながらシロエが答える。冒険者になってからは体力が増えたとは言え、一日中机にかじりついていたら気も滅入るだろう。

「はい、これ。だいぶ遅れたけど、メリークリスマスって事で」
「ありがとう。僕からも、に」

 そう言ってお互いに綺麗に包装された箱を交換しあう。

「開けても?」
「そんなに大した物じゃないけどね」

 彼からの贈り物の包装を破かない様に丁寧に開けると、一本のネックレスが入っていた。銀色の細い鎖に小振りな深い緑の石がついているそれは、上品で場所を選ばずに身に付けられそうな物だ。わからないとぼやいていた割にはセンスが良い。

「ありがとう。大事にするわね」
「僕も」

 シロエに渡したのは後で買い足した最新式の万年筆とインク二瓶だ。万年筆の中にインクが補充できて、瓶を持ち歩かなくとも使用できる。現実世界にいた頃はありふれていた物だったが、あまり文明の発達していないここセルデシアでは希少な物だ。

「わっ! もうこんなのまで開発されてるんだ!」

 万年筆に付属していた説明書を読みながら感嘆の声を上げるシロエに、まるでそれが自分の功績である様に誇らしげに胸を張るのだった。

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ダイオプサイド(透輝石)の石言葉は、道しるべ・信頼。