That's what I'm here for.

 ウィリアム達<シルバーソード>の面々とは随分とあっさりとした別れだった。私は予告していた通りシロエを屈斜路湖に沈めることもなかったし、デミクァスもシロエとは再戦しなかった。今回のレイドで彼はどこか変わったらしい。
 別れ際ウィリアムに「また家出したくなったらススキノに来い。今度は<妖精の輪>なんて使うなよ」と言われてシロエ達に<妖精の輪>をくぐった事がバレてしまい、しこたま怒られた挙句、今後色々な事がわかるまで妖精の輪の使用は禁じられた。別に私だって、好き好んで何処に飛ばされるかも予測出来ないゲートに何度も挑む気はない。

 行きはあんなに大変だったのに、帰りは随分と楽だった。それは<パルムの深き場所>からススキノへの旅路でもあるし、ススキノからアキバへの旅路にも当てはまった。
 グリフォンの背から降りて、どこかへと帰っていく彼らを見送る。私達は既にレスウォールにまで戻って来ていた。



25



 アキバの街に戻って来てからは大変だった。久しぶりに会う<記録の地平線>や<三日月同盟>の皆にもみくちゃにされて――そして現在私は、ギルドホームの一室で冷たい床に正座していた。目の前には、眉を吊り上げるミノリが立っている。

「聞いていますか、さん」
「は、はいっ!」
「だったら、家出の原因はなんだったんですか? ちゃんと答えてください!」
「シロエと喧嘩しました!」

 冷たい視線がシロエにも向けられ、私の隣に彼も並ぶ事となった。

「理由を知ってて言わなかったシロエさんも同罪ですっ!」
「そうだそうだー!」

 五十鈴が楽しそうに囃し立てる。お願いだからこれ以上ミノリを煽らないで欲しい。

「これは僕との問題で……」
「そう言う問題ではありません!」

 シロエが悪手を打つ。今のミノリには火に油だ。

さんもさんです! たかが喧嘩くらいで、とは言いませんがあまりにも軽率すぎますっ!」
「返す言葉もございません」
「突然いなくなって、念話も通じなくて、居場所もわからない。わたし達が、どれほど心配したのかわかりますかっ!?」
「その通りだ」

 アカツキが腕を組んで頷く。
 にゃん太がなだめてくれるまで、ミノリのお説教は続いた。





 クリームソースのかかった鹿肉のグリル。そベーコンの乗ったサラダに柔らかいパン。ほうれん草とコーンのキッシュはパイ生地に包まれていて、口に入れればバターの香りが広がる。

「猫神様のご飯を食べると帰ってきたって感じるわ」

 至福の時に、思わず感嘆の溜め息が零れる。にゃん太の手料理を初めて味わうてとらも満足そうだ。いつの間にか<記録の地平線>は10人の大所帯になっていた。
 大所帯と言ってもギルドの中では小規模なものだが、一部屋にこれだけの人数が集まるとやはり大勢の様に感じてしまう。シロエ、直継、アカツキ、にゃん太、ミノリ、トウヤ、五十鈴、ルンデルハウス、テトラ。それぞれ個性が強く、まだまだ成長過程の子もいるがレベルに応じた実力も伴っている。やっぱり、<記録の地平線>はいいものだな、と独り言ちた。

 ススキノでは忙しい毎日を送っていた為、食後空いてしまった時間が手持ち無沙汰に感じる。何だか働いていなければいけない様な、忙しく動いていなければいけない様な気分になるのだ。ススキノにいた頃はこんな時間は<シルバーソード>の皆と酒を飲んで潰していたのだが、アキバではそうもいかない。酒場に行こうにも、素の私を知っている人は少ないのでそれも憚られる。
 結局私は自室で一人寂しく酒を飲んでいた。行儀は良くないが、ベッドで寝転がりながら飲む酒も悪くない。ススキノで買い溜めした酒は少し啜るだけでススキノの皆の顔を思い出させる。楽しく飲むつもりだったのに、何だか侘びしくなってしまった。そんな最中、ノックの音が静かに響く。シロエだった。

「また飲んでるの?」

 怪訝そうな顔で彼は言う。

「ススキノで酒浸りな生活になってしまいましてのお」
「いくら<冒険者>の体だって、飲み過ぎると体に毒だよ」
「休肝日はその内設けるよ。それよりシロエも一杯どう?」

 一つのグラスを交互に交わしながら二人で酒を飲む。シロエは最初抵抗があった様だが、グラスを取りに行く手間を省いた最高の案だと思う。酒とは一度口にすると、人を怠け者にする魔法の飲み物なのだ。

「取り敢えず、おかえり」
「うん、シロエも」

 まるでアキバを出て行く時の再現にも思える静かな宴は、あまり会話もなく進む。シロエと飲む酒はいつもこうだ。静かに、言葉の合間の沈黙を互いに読み取る様に口数は少ない。だけど今回は前回とは違い、穏やかな空気が流れていた。

「それで、何の用だったの?」
「アキバに帰ってきたら、に言いたいことがいっぱいあった筈だったんだけど、忘れたよ」
「私もシロエに会ったら屈斜路湖に沈めるつもりだったんだけど、忘れてたわ」
「それは幸いだよ」





 簡素なベッド、木製のワードローブにはコートやカーディガンといった彼女が普段着用している街着が数着かけられている。窓際には真新しい大きなデスクセットと本棚が鎮座しているが、部屋の広さから考えると随分と物が少なくがらんとした寂しい空間だった。
 彼女の自室に入るのは初めてではないが、こんなに長居するのは初めてで、女性の部屋にふたりきりというシチュエーションにも少し緊張する。そればかりか、ひとつのグラスを共有するという彼女のものぐさな行動も相まって、女性に対する免疫があまりない僕はベッドの上でひとりどぎまぎと緊張を押し殺していた。

の部屋はあまり物がないよね?」

 気を紛らわす様に彼女に会話を振ると、僕を欠片も意識していないであろうは足を組み替えながら返答する。既に入浴を済ませたらしき彼女は随分と軽装だ。膝丈のシンプルなワンピースに、同じ長さの厚手のカーディガン。このカーディガンは彼女がよく好んで着用している物だ。いや、服装の事はどうでもいい。彼女が足を組み替える度に露わになる白い足に、僕は見てはいけない物を見てしまった様に目をそらしているのだ。

「私は片付けが苦手だからなあ。あんまり物を増やすと散らかっちゃうのよ」
「そ、そうなんだ……」

 ギルドホーム内でのの行儀はあまり良くない。ソファーに寝転がりながらうたた寝していたり、地べたに座り込んでお菓子を食べながら本を読んでいたり、現に今だって、体勢を変えてベッドの上で胡座をかいている。外での彼女の姿しか知らない者には信じられない姿勢である。まくれ上がったスカートから露出している足が、目に毒だ。
 前線で剣を振るう彼女の体は鎧を脱ぐと、想像した以上にほっそりとしている。胸元だってマリ姐に比べるとそうでもないかも知れないが……出る所は出ている。筋肉が増えたと彼女はぼやいていたが、なだらかな曲線で描かれた体のラインからはそうは思えない。普段ギルドの仲間と騒いでいる時にはあまり感じられない女性的な部分が、ふたりきりになるとどうしてこうも意識してしまうのか。頭を抱えたくなった。

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