<七なる庭園のルセアート>との二度目の対戦は、緊張感に包まれていた。作戦会議も事前準備も万端な筈なのに、足が竦みそうになる。そんな自分を鼓舞するのは、パーティの仲間だったり、シロエの言葉だったり、そして何より勝ちたいと言う強い気持ちだった。
<七なる庭園のルセアート>から距離を取り、レイドパーティ全体の回復を行う。第四パーティの盾役である羅喉丸は別行動中だ。他の皆は後衛の為攻撃の被弾率は低く、私には余裕がある。
「臨界っ!!」
ウィリアムの声と共に距離を取り、鎧を脱ぎ捨て白く輝く<七なる庭園のルセアート>を見据える。
今までの所、計画は順調に進んでいた。しかし、これから先はどうなるかわからない。
「急げ! 切り込みはシロエ班だ!」
ごくりと唾を飲み込み、羅喉丸の開けた鉄格子の隙間へと体を滑りこませるシロエたちを見送る。戦いは始まったばかりだった。
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影の戦士達を処理して<三なる庭園のイブラ・ハブラ>の待つゾーンに足を踏み入れると、先行隊は既に炎を纏う大蛇と激突していた。私達第四パーティも負けじと駆け寄り、それぞれの役割をこなす。<リアクティブヒール>、<エリアヒール>。馬鹿の一つ覚えみたいに、味方を回復する呪文を唱えた。
「みんなー! ノリノリかーい?」
最前線にいるにも関わらず、てとらの明るい声が聞こえる。誰一人として返事を返す余裕はないが、皆が彼の声に答える様に攻撃の激しさは増した。
「よーっし、いっくよー! みんな、がんばれ! がんばれるから、がんばれぇ!」
てとらの声と共に、上空に光が満ちて七色のオーロラが降り注ぐ。彼の声援の通り、その光はレイドパーティ全体を明るく照らし、HPだけではなく気力までも回復させた。
◆
野卑な毛皮をまとう巨大な蛮族戦士、青ざめた巨人<四なる庭園のタルタウルガー>の参戦に、動揺がなかったとは言えなかったが、心の準備はできていた。コロセウムの東西先で自らの陣地を守るイブラ・ハブラとタルタウルガーは、コロセウムに入ることができるし、コロセウムではない別の奥まった通路を経由して互いの場所へ移動することもできる、と事前にシロエに示唆されていたからだ。
やっぱり、シロエは優秀だ。当たって欲しくなかった彼の言葉に苦笑いしながら、予め決められていた通りに陣形を変える。私達第四パーティは、<四なる庭園のタルタウルガー>へと標的を変える。
<シルバーソード>の誇る<守護戦士>ディンクロンは弾丸のように飛び出すと<キャッスル・オブ・ストーン>を使用して霜の巨人に突撃をした。直径だけでも数メートルはあるような棍棒の横薙ぎを、エルフの戦士は冗談のように叩き落として通路入口に自らの陣地を定める。歴戦のレイダーらしくその動きには無駄というものがなかった。
もつれそうになりながらも二方向からの攻撃を避けながら、私は神に祈った。祈りの言葉と印で略式の祭儀を執り行うことで、反応起動回復の効果を増幅する魔法<インヴォークリアクト>を発動後、直継とディンクロンに<リアクティブヒール>を飛ばす。勿論、他のメンバーの回復も疎かにはできない。
ルギウスの詠唱に耳を傾けながら、HPの減少が止まらない直継に<アドレイション>を発動する。アドレイションは対象とHPを分けあい、均一にする魔法だ。直継のHPが4割程回復するが、同様に私のHPは5割程減少する。
「四斑、寄れっ!」
MP不足による倦怠感にふらつきながらも、ウィリアムの指示の元、<生命のセコイア>へと駆け寄る。その木陰には緑の光が満ちて、周囲にいる仲間たちのHPを継続的に回復して行く。
――大丈夫、行ける。
再び戦場に駆け出すと、シロエの声が聞こえた。
「ダメージ出力はこのままを維持してください」
「お前ら聞いたか、腹黒がそういってんぞ! 気合いを入れろ、潰せ! 出し惜しみすんなっ!!」
シロエがそう言うのならば、もう勝利への道筋は見えているのだろう。どこか安心感に包まれる。ぎゅっと愛剣を握り直した私の視界に、何か異物が飛び込んでくる。
ぼとり。
ぼとり。
それはへばりついた地面から立ち上がると、非人間的な動きで武器を構えなおした。影の尖兵――<七なる庭園のルセアート>から生み出された分裂体戦闘能力はルセアートには遠く及ばないが、それでも<冒険者>数人は簡単に相手取ることができる。天井に広がったその闇は垂れ下がり、重油のような滴となって、影の戦士を生み落とす。
確かにルセアートは鉄格子のゲートを通り抜けることはできないのだろう。しかし、彼の生み出した人間大の黒き尖兵たちは、シロエらがそうしたように門の隙間を通り抜け、この戦場へと姿を現したのだ。
誰もが身を竦め、参謀であるシロエへと視線を寄越す。シロエも取り乱しながらも口を開こうとしたのだが、突如彼を何かが襲った。
一瞬、何が起こったのかわからず呆けてしまう。シロエが指示を出そうとした瞬間、彼はデミクァスに捕まりゾーンを引き回されていたのだ。それは彼の表情から察するに、シロエの意図に反するものだったし、デミクァスが何を考えてそんな事を行ったか理解できなかった。
「シロ――攻撃続行! 持ち場を離れるなっ!」
彼の名前を叫びたくなったが、ここで私が取り乱しても意味が無い。<付与術師>の攻撃呪文を影の戦士へとばら撒くシロエの意図を読んで、声を張り上げる。
「影の戦士は二人に任せろ!」
「全攻撃部隊イブラハブラへ集中させろっ! 〈妖術師〉っ! 構うことはねえ、ぶっ放せ!」
ウィリアムの指示に、全員が<イブラ・ハブラ>へと視線を向ける。そして刹那、全力の攻撃が大蛇を飲み込んだ。
◆
正直必死過ぎて途中から何をしていたのかわからない。ゴツゴツとした地面に寝転がりながら、誰とも知れぬ泣き声を聞く。確かに、嬉しくて泣いてしまいそうだった。私達は、勝ったのだ。
「勝ったぞ」
「おう」
「勝った」
「勝ちましたぞな」
勝利を噛みしめる様な仲間の言葉に頷く。デミクァスが影の戦士を引き連れて戻って来たりと途中アクシデントはあったし、心身を削りながらも、敵に打ち勝った。不思議と、笑い声が漏れる。
「デミクァス」
「あぁ?」
「シロエどこに捨てて来たの?」
「トンネルの奥の奥だ」
つまりシロエは最深部に辿り着いたのだろう。彼があそこへと何をしに行くのかは知らないが、シロエなら目的を達成して戻ってくる。
「ありがとね」
フン、とデミクァスは鼻で笑う。それが彼の照れ隠しの一つである事を私は知っていた。
引用元 ログ・ホライズン(橙乃ままれ著) loghorizon @ ウィキ