私は一人見慣れた街を歩いていた。またここか、と独り言ちる。以前PKされた時も、私はこの道を一人で歩いた。誰もいない街は、よく知っている筈の場所なのに見知らぬ場所にも見える。
私は元の世界に帰ってきていたのだ。
ここに来ると、昔の失敗が私を攻め立てる。後悔しても無駄な事を、再び思い出させるのだ。それだけ思い出の詰まった場所なのに、この街は私に対して知らん顔をする。それがとても嫌だった。
「くそくらえ、だ」
そう小さく呟いて、街を後にする。私はここに留まっている暇などない。先に進むのだ、仲間と共に。
23
<奈落の参道>の入り口で、一番に目が覚める。倒れるメンバーは皆、辛そうな悲しそうな顔だ。涙を浮かべている者だっている。おそらく私も同じような、最低な顔をしているのだろう。小さく自嘲する。
目を覚ましたメンバーの顔は変わらず、最悪だった。レイドにおいて全滅なんてよくある。むしろ今までなかったのがおかしいのだ。それにもかかわらず、皆の顔は曇っていた。
「これが終わりかよ」
誰かが、つぶやくような声が聞こえた。クリアできない。皆の想いを代弁した、悲壮な声だった。
「そうかもしれない。そうなんだろうな。そのとおりだと思うよ。――でもそれがどうした。くそくらえだ」
ウィリアムが苛立ちに任せて口を開く。
「負けちまったぜ。全滅だぜ。もうお終いかもな。無駄だったんだろう。連中がいつも言うように、俺たちがバカで、愚にもつかない事をやり続けてきただけなんだろうよ。ひきこもりのゲームキチガイだ。廃人だぜ。――でも、それがどうした。そんなことは先刻ご承知なんだ。わかっててやってるんだ。でも、俺たちはゲームが好きなんだ。これを選んだんだ」
彼が血を吐く様な声で訴える中、目を覚ました直継と顔を見合わせる。この演説は私達が聞いてはいけない。未だ目を覚まさないてとらとシロエを連れて、彼らから距離を取る。
ゾーンの端で、腰を降ろすと何故だか長い溜息が出た。
「俺は初めて死んだんだけど……なんかアレだなっ 気分良くない祭だな!」
あんな事があったのに、いつものペースを崩さない直継に笑みが零れる。
「<望郷派>はあんな所でも、帰ってこれたって喜ぶらしいわよ」
「はー理解できんわ」
「そうね、私達が帰りたい場所は、あんな冷たい所じゃない」
「は、帰りたいのか?」
直継の質問に、少し考えて素直な言葉を口にする。
「……わかんない。最初は帰りたかったけど、最近は毎日が楽しくて」
「楽しい、か。まあそうだよなっ! 帰りたくても帰る方法もわかんないんだし、楽しむしかない祭だぜっ」
「そのとーりっ!」
いつの間にか目を覚ましたてとらが会話に加わる。こんなに騒がしい二人と一緒じゃ、落ち込む暇もない。シロエが目を覚ますまで、てとらの鈴の転がる様な笑い声は響いていた。
◆
偵察、会議、偵察、会議。何度繰り返したかわからないが、ついに再び<七なる庭園のルセアート>とまみえる時が来ていた。敵が鎮座するコロセウムから少し距離を取って作られた野営地は緊張と、そして高揚で溢れている。そんな中私は、料理人の作る食事に舌鼓を打っていた。
「できるかな?」
「できますよっ」
私の問にてとらが元気よく返す。流石は自称アイドル、彼の言葉で鼓舞された笑顔がまたひとつ増える。
「さんは心配性ですなー」
「てとらは元気よね」
「ボクはアイドルですからっ! アイドルは、いつも笑顔なんですよっ」
彼の言うアイドル理論はよくわからないが、確かにてとらの笑顔には励まされるものがある。アキバにいた頃の私は確かに笑顔を浮かべていたが、私の笑顔に対する評価はギルドのメンバー曰く、なんだか緊張するとか、威圧されるとか、あんまり良いものではなかった。
「てとらを見習わないとなあ」
「えっへん」
てとらが胸を張る。それと同時に堪えきれない様に話に聞き耳を立てていたらしいシロエが吹き出した。
「何よ」
「いや、別に」
「シロエも私がてとらに劣る女子力だって笑うのね……」
「そ、そういうことじゃないよ」
「そうですか? ボク、さん可愛いと思いますよっ!」
ねえ、シロさん。と同意を求めるてとらに、シロエがバツの悪そうな顔をする。彼は視線を逸らしながら、そうだね、と心の篭っていない声で同意する。
それが何だか物凄く腹立たしくて、この怒りは<七なる庭園のルセアート>で発散してやる、と心に決めた。
引用元 ログ・ホライズン(橙乃ままれ著) loghorizon @ ウィキ