That's what I'm here for.

 簡易設置した野営地で行儀が悪いのも承知で地面に足を投げ出す。一日の戦闘回数は多くはないとは言え、毎度命がけなのだ。死者だって出る。特に私の担当する第四パーティは攻撃部隊の為、防御力ではなく攻撃力に重きを置いた装備をしている者が殆どだ。紙の様に飛んで行く命に、今日だけで何度蘇生呪文を唱えたかわからない。

「疲れたー!」

 子供の様に床に転がる私をパーティの皆が笑う。皆の笑顔は疲れ切っていた。そりゃあ三週間も毎日パーティが全滅しかねない敵と戦っているのだ。神経がすり減って、途中からは命を削って剣を持っている。あまり表には出さないが、中々進行しないレイドに皆ピリピリしていた。



22



 敵の範囲攻撃を避けながら、パーティのHPを回復する。私達が今対峙しているのは<奈落の参道>がボスの一体、<七なる庭園のルセアート>だ。回復役が攻撃する余裕は、一切ない。

セイクリッドウォール!」

 <七なる庭園のルセアート>が大斧を振り上げると同時に、距離を取りながら盾役にダメージ軽減を行う白く輝くドーム状の盾を付与する。しかし<武士>の羅喉丸はHPが5割を切っており、耐え切れるがその後の立て直しが難しいと判断して立て続けに<デボーション>を詠唱する。あらかじめ指定した仲間がダメージを受けた際に、それを自分に移し変えるスキルは無事着弾前に発動し、フルに近かった私のHPを半分以上を削った。

!」
「大丈夫っ! 少し下がる!」

 <吟遊詩人>のサポートを受けながら、パーティ全体のHPを回復する。大丈夫、MPは余裕があるし、HPが減っても私は回復できる。ひりつく痛みを自覚しながら、パーティ全員が拘束なく動ける様に呪文を唱えた。

「気をつけろ、足元だ!」

 <盗剣士>のフェデリコが叫ぶと同時に、<七なる庭園のルセアート>の足元から黒い靄とも液体ともつかないものがあふれだす。うねくるような動きを見せたそれは闘技場の床を浸すように急速に広がってきた。

「ダメージあり、属性〈邪毒〉っ! 行動、いや、移動阻害っ。攻撃速度も威力も低下っ」
「範囲遮断っ! 範囲回復っ!」

 ディンクロンの声の後に、何かに気付いた様なウィリアムの叫びが聞こえる。弾かれた様に詠唱時間の長い<オーロラヒール>を唱え始める。<七なる庭園のルセアート>はその重苦しい鎧に身を包んだ姿からは考えられない程の俊敏性で跳ね回り、地面を舐める様に大斧を振るった。おもちゃの様に軽々と振り払われる仲間達と徐々にこちらに近づく<七なる庭園のルセアート>を視界に入れながらも詠唱を続ける。
 <七なる庭園のルセアート>のハルバートが迫るが、既に私の足元には光り輝く方陣が刻まれている。

「オーロラヒール!」

 大斧に弾き飛ばされながらも、<エリアヒール>よりも更に広い範囲を七色のオーロラが包み込み、仲間達のHPを回復するのを確認する。床に叩き付けられ息が詰まるが、HPはギリギリ残っていた。

「第一のヒーラーは前線維持っ! 二班下がって蘇生復旧、三、四はダメージ落とせ七割だ、復旧優先っ!」

 ウィリアムの指示に従い、床に這いつくばりながらも回復魔法を連発する。まずは残存するパーティのHPを回復して、次に死亡した仲間の復活だ。頭の中で定石をなぞりながら、<七なる庭園のルセアート>から更に距離を取る。
 私の耳に、<吟遊詩人>の優しい歌が聞こえた。<慈母のアンセム>と<瞑想のノクターン>だ。HPとMPを回復する効果のあるその歌に励まされ、倒れ伏した仲間達を起こしていく。

 第四パーティの全員の復活終わった頃、<七なる庭園のルセアート>が重い鎧を脱ぎ、白い体を露わした。それと同時に、足元から黒い影の様な戦士を呼び起こす。ここで新たな問題が生じた。その影の戦士を倒すと、ルセアートはHPを少量だが回復するのだ。しかし影の戦士を放置してはいられない。一進一退を繰り返しながら、誰もが苦しそうに武器を振るう。

 その状況を打開したのはシロエだった。
 ――黒のルセアートにダメージを与えた人数と等しいだけ、影の戦士は発生する。
 その発見で<シルバーソード>は盛り返した。強力な攻撃役に攻撃をまかせ、回復役や非力なメンバーは攻撃を差し控える。そうすればルセアートが白い姿になった時、影の戦士の発生は十体前後にまで減らすことが出来る。

 ――倒せる。誰もが希望を持った時、絶望は背後からやってきた。

 コロセウムの東西に配置された巨大な鉄格子は今や完全に開き、そのぽっかりと開いた闇の中から、白い眼球と凍りついたひげを持つ霜の巨人<四なる庭園のタルタウルガー>と、生きてうねり出すコロナのような炎蛇<三なる庭園のイブラ・ハブラ>が現れたのだ。
 気づいた時にはもう遅かった。<七なる庭園のルセアート>の攻略法が発見されて高揚していた気持ちは瞬時に凪いだ。避ける、そう判断する時間すら与えてくれず、私は乱入者二体の氷と炎の嵐に飲み込まれた。

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引用元  ログ・ホライズン(橙乃ままれ著)   loghorizon @ ウィキ