That's what I'm here for.

 客室のベッドに倒れこむ。階下は少し騒がしい、デミクァスがシロエを見つけたのかな、と独り言ちる。ススキノでシロエに会う事になるとは思わなかった。シロエの拠点はアキバであるし、ススキノまで足を伸ばす必要のある用事も思いつかない。そこまで考えて、少し落ち込んだ。また秘密にされてたんだな、と。
 <待ち侘びる隠者の指輪>はずっと私の指にはめられているから、シロエが私を追って来た、なんて事はありえない。それにあんな事があったのだ。彼が迎えに来る筈もないのだ。
 ウィリアムはシロエとレイドに挑むと言っていた。つまり何らかの理由でススキノ付近のレイドを行う事になり、そのメンバー集めにシロエはここに来ただけなのだ。つまり、私には全く関係のない話なのだ。



20



 どれくらい時間が経ったのだろう。控えめなノックの音で下へ下へと降下していた意識が現実へと引戻される。それを無視すると、今度は声が聞こえた。



 シロエの声だった。堪らず泣き出しそうになってしまう。アキバを出てから毎晩焦がれていた声だ。もう二度と会ってくれないないと思っていたから、名前を呼ばれただけで彼に縋り付いて謝りたくなった。
 私の考えを押し付けてしまってごめんなさい。そう謝れば、今までの関係に戻れるだろうか。私にはそうだとは到底思えなかった。私はシロエと今まで積み上げたものを壊してしまったのだ。

 あんな事、言わなければ良かったのだろうか。いや、シロエは私の隠していた秘密に疑心を抱いていたし、放っておいても結果は同じだっただろう。
 では、素直にシロエに相談すれば良かったのか。そんな事はない、これ以上シロエに負担をかけることは出来ない。それは私の中での決定事項。今までも、これからも揺らぐことのない信念だ。
 じゃあ一体、どうすれば良かったのだろう。どうすればシロエの不安を拭い、負担を減らす事が出来るのだろうか。そんな終わりのない問答は、シロエの来攻により打ち切られる。

「なんで……」
「鍵、ウィリアムに借りた」

 シロエの素っ気ない言葉に、涙が一粒零れる。私を指弾しに来たのだろうか。シロエの鋭い視線に、言いかけた言葉を飲み込んだ。

、僕から逃げるのか?」

 真っ直ぐな視線を受け、足が竦む。声が震える。

「に、げるわよ! シロエの顔を見なくて済むなら、ミナミにだって、ナカスにだって行くわ!」

 シロエは一瞬むっとした様に片眉を上げるが、すぐにまたあの怖い顔に戻った。

「私は……<記録の地平線>を抜けるわ」
「僕は許可しない」
「その方がお互いの為なのよ。私も、これ以上皆に迷惑かけたくない」
「誰がっ!」

 珍しく彼が声を荒げる。

「誰が迷惑だなんて言ったっ! 少なくとも僕は、をそんな風に考えたことは一度もない! 心配くらい、させろよっ!」
「心配なんてされたくない!」
「仲間なんだぞ!」
「仲間だからよ! 好きだから、大切だから……っ、負担になりたくないの! 弱いから、馬鹿だから、私はギルドに貢献できない。それなのにただ皆に迷惑かけるだけ。心配事を増やすだけ。あなた達は私と――」

 ――出会わなければ良かったのよ。

 小さな破裂音が部屋に響いた。シロエが私の頬を叩いた音だった。





 呆然とする彼女を引き寄せ、僕は極力優しく聞こえる様に努める。

は馬鹿だよ」
「〜〜ッ知ってる!」

 ついに泣き出してしまった彼女の背を擦る。とこうして触れ合うのは、彼女を<記録の地平線>のギルドホームに連れてきた日以来だ。あの時もこうして、傷ついた背中を宥めていた。

「戦闘中向けられる視線も、ギルドの皆といる時は人一倍動く口も、疲れた僕を優しく部屋に追い立てる手も……僕はみんな好きだよ。だから心配もする」

 そこまで口にして僕は気づいた。僕の伝えたい思いと、天秤祭の夜彼女に言われた言葉が重なる。

「好きだから、の力になりたい。負担を減らしてあげたい。……ああ、馬鹿だな僕。これじゃあから貰った言葉をただ、繰り返しているだけだ」

 彼女が姿を消した後、本当は何度も連絡をしようとした。彼女のステータス画面を開いては表示されない所在地に溜め息を吐き、メニュー画面の念話を開いては閉じ、かけるべき言葉を探した。でも見つからなかった。

「僕達は同じことを考えていたんだ。でも、すれ違ってしまった。僕は頼りたくなかった訳じゃない、にかっこわるい所を見せたくなかっただけなんだ」
「……私も」
「お互い、意地の張り合いはやめよう」
「うん、うん……ごめんねシロエ」

 控えめな腕が僕の背中に回される。それから彼女が泣き止むまで、僕らはお互いの体温を分けあった。

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