That's what I'm here for.

 ススキノでの生活は楽しかった。皆で飲んだり、エルテンディスカとポーションの調合をしたり、デミクァスをからかったり、最近はあまり組む機会のなかったフルパーティーで訓練したり。何より、シルバーソードの皆はこのエルダー・テイルが大好きなのだ。アキバを忘れる様に私は遊び倒していた。

 今日も私よりもレベルの高いメンバーに連れられて雪山で戦闘を行った。吹雪く山は視界が悪く、吹き寄せる風に敵の足音どころか少し離れた味方のパーティ念話も聞き取り難い。戦闘中何度も雪に足を取られ転んだり、敵の遠吠えで雪崩れ込んできた雪に埋もれたりもした。

は足腰が弱いんだよ、だからすぐ転ぶ」
「それも足元の確認がおざなりだって、前も言ったよなあ?」
「……聞きました」

 アキバ近くのフィールドでは足場の様に見える深く降り積もった雪も、踏みしめた時につるりと滑る氷もないのだ。パーティの面々の注意を少しふてくされながらも受け取る。

「あと、回復しすぎだ。ここいらのモンスター相手じゃ、盾役のHPなんて3割キープしとけば十分だ」
「でも、痛いでしょ?」
「少しくらい痛くても死ぬ訳じゃない。他のやるべき事をやれ」

 ススキノの街に帰還した後は大抵私の反省会だ。シルバーソードの皆の言う事は少しきついが、正論でもある。

「だけど<フェイスフルブレード>>の成功率はすごいわ。わたしじゃ回避しながら溜めを行うのは無理だもの」
「回避と攻撃はいっちょ前だな! お前回復にしとくには勿体無いぞ!」
「ああ、そうだなあ。<施術神官>にしては、敵に与える総ダメージも多いしなあ」
「ちょ、やめてよっ」

 がしがしと無骨な手が頭をかき混ぜる。子供みたいな扱いだが、ここでは私は面倒を見られる立場だ。少し面映いが、悪い気はしない。日も暮れぬ内から酒を飲みながら、私達の団欒は続いた。



19



 が<記録の地平線>のギルドホームから姿を消してから、ギルドのメンバーは頻りに首を傾げていた。少し留守にするだけなら何の問題もないのだが、誰が念話をかけても繋がらないし、プロフィール画面にはどこにいるかも表示されない。皆が彼女の行き先を按ずる中、僕は一人居心地の悪さを抱えていた。
 ――紛れも無く、彼女の失踪の原因は自分だ。様々な心配事が交差する不安も、天秤祭の晩の濡羽との邂逅の不快さも、全て苛立ちとしてにぶつけてしまった。
 彼女の抱える問題に関してはずっと前から、が打ち明けるまで待つつもりだったのだ。恐怖というものは善意としても容易く触れるべきではない。そう思っていた。だけど僕は彼女の根深い問題に、苛立ちを突き立ててしまったのだ。

(最低だ)

 彼女の閉ざしていた一番やわらかい所を無理やり暴き立て、土足で踏み躙ってしまったのだ。が僕の顔を見たくないのもわかる。僕も合わせる顔なんて持っていなかった。

 しかし彼女に憤りを感じている自分も存在した。
 勝手に僕を"すばらしいもの"である様に崇めたて、祀り上げた。の正直な言葉は嬉しかったが、逆に恐ろしくも感じた。僕は彼女の思っている様な人間ではない。もっと姑息で、打算的で、肩書ばかりが先行しているだけの、ちっぽけな存在だ。
 もし僕が選択を誤ったら、は失望してしまうのではないだろうか。彼女は僕の正しさに惹かれているのではなく、僕自身が好きだと言った。でももしその正しさに反する僕に直面したら、きっと彼女は離れていってしまうと思うのだ。はそうじゃないと言うけれど、それは彼女がそう思い込んでいるだけに過ぎず、本心ではない、と。

 この場に及んでもを否定している。だって、彼女が僕をそんなにも"すばらしいもの"であると信じているのなら、どうして何も言ってくれないのだ。

 ――それをシロエに伝えれば、解決する?

 口元は吊り上がっているのに、泣き出しそうな目をした歪な笑顔でが僕に告げた言葉を思い出す。
 僕が彼女の中心を踏み躙った様に、彼女も僕に刃を突き立てていた。拒絶という長く鋭い刃は僕の急所にずぶずぶと突き刺さり、今もそこに鎮座していた。突き立てられた刃からは今もとまることを知らぬ鮮血が流れ出て、時間が経つにつれ化膿し膿が辺りを汚す。赤く腫れ熱を持つ傷口から、徐々に腐り始めていた。





 には僕達の行き先どころか、計画の存在すら告げていなかったので、僕らの邂逅は全て偶然の賜物だった。
 供贄との取引に失敗し、レイドの準備をする為に<シルバーソード>に協力を願い出ようとしたのだが、腰を据えて話をする為にと<シルバーソード>のギルドマスター、"ミスリル・アイズ"ウィリアム=マサチューセッツに案内された酒場に彼女はいた。

 昼間だと言うのに、酒を飲んでいる様な赤ら顔のは、僕を視界に入れると一瞬顔を強張らせた。僕も忘れようとした傷が、思い出した様に熱を持ち痛むので動けずにいた。

「バード、特攻支援!」

 次の行動へと移ったのは彼女の方が先だった。彼女が声を張ると、ほぼ反射的に猫人族の<吟遊詩人>が<ウォーコンダクター>を発動する。吟遊詩人の支援により行動速度を大幅に上昇させたは、机を足場にして天窓からの逃走を試みた。
 しかし、それは歴戦の<暗殺者>であるミスリルアイズに阻まれる。いくら行動速度を上げたからといって、重装甲型の<施術神官>である彼女は<暗殺者>の速度には敵わない。まるで猫の子を捕まえる様に彼女の首根っこを捕まえて、ウィリアム=マサチューセッツは彼女を僕の前へと引きずり出した。

「な、何で! 何するのよウィルっ!」
、俺はシロエとレイドに行く事に決めたぜ」
「だから何なのよ! 私には関係ないわっ」
「関係なくねぇだろ、こいつはお前のギルマスなんだから」
「しーらーなーいー!」

 そう叫びながら彼女は、寝転んだ状態から器用にウィリアムの頭を両足で挟み投げ飛ばし――所謂フランケンシュタイナーと言う奴だ――酒場の2階へと逃走した。

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引用元  loghorizon @ ウィキ