That's what I'm here for.

 私用によりしばらく留守にします。そう書いた短い書き置きを残して<妖精の輪>に飛び込んだのは誰を気遣ってだっただろうか。子供みたいな言い争いをして飛び出してしまった事がバレると情けないからだ、と自分に言い聞かせる。
 ミナミだろうとナカスだろうと構わない、そう覚悟して<妖精の輪>を使用したら<クシャロー湖>フィールドへと飛んでしまった様だ。言わずもなが北海道屈斜路湖である。雪が舞うフィールドは冒険者の体とは言え耐え難い。武器と魔法の鞄だけ掴んで出てきてしまったので服装も私服のままだ。外だと言う事実は無視して装備を身につけ、天秤祭で新調した長いマントを羽織る。天秤祭の戦利品をそのままにしていたのは幸運だった。
 ついでに鞄の奥底を漁り、秘宝級アイテム<待ち侘びる隠者の指輪>を指にはめる。このアイテムは秘宝級アイテムの中でも使い道が極めて限定的なもので、主に暗殺者がPvPの時に使用するものらしい。装備した者の居場所をステータス欄にもマップにも表示しないと言う代物だ。レイドに参加した際友人から貰い受けたが、まさかこれが活躍する日が来るとは思わなかった。
 ここから近い街は、と思い出そうとするが北海道にある都市なんてススキノくらいしか覚えていないし、方角も曖昧だ。確か、いや多分西、と現実の日本地図を必死に思い出そうとする。しかしながら旅支度などしてきていないし、方角がわかる道具も持っていない。太陽が東から登る筈だから、それを背にして進めばいいかと大雑把な方向を定める。
ひとまず今は深夜だ。星を見て方角がわかる人もいるらしいが私にはそんな知識はない。夜明けから行動すべく、風を避ける様に木の根元を掘り、そこに体を横たえる。朝目覚めても猫神様の料理は用意されてないんだな、そう考えると濡れた睫毛が凍った。



18



 丸二日かけて辿り着いたススキノの街は以前訪れた時よりも穏やかだった。大地人を蹂躙していた冒険者の姿も今はない。そう言えばシロエが、シルバーソードがススキノへと拠点を移して治安が改善されたらしいと言っていた気がする。こんな時でも思い出すのはあの男の事なのだ。どこまでも私の心を侵食してくる。腹立たしい。
 二日間の旅路は私に忘れていたものを思い出させた。ソロプレイでの立ち回り方や、背を預ける仲間のいない事の寂しさだ。<雪狼>を始めとする高レベルモンスターを一人で相手取っていると、いつの間にかレベルは92になっていた。アカツキと訓練中に話した事を思い出す。

「もう少しで92ですね。どちらが先にレベルが上がるか、競争しませんか?」
「競争?」
「負けた方がダンステリアのカフェでケーキをご馳走すると言うのは如何でしょう」」
「わかった。負けないぞ」
「ええ、約束ですよ!」

 勝負は私の勝ちだ。だけどアカツキはここにはいない。会えない。私がケーキをおごったっていいから彼女に会いたかった。





 ススキノの街の中心地である大きな酒場へと足を踏み入れる。疲れた体を休めたかったし、やわらかい布団のある宿の場所も知りたかった。
 軽食も扱っているらしい酒場で、まずは体を温めるべく少量の酒とスープを注文する。日も暮れたと言うのに街の中心であるからか、冒険者が多く、彼らは私の方を伺ってはヒソヒソと密談を交わすので居心地が悪い。給紙の大地人を捕まえて情報を乞うと、ここはどうやらシルバーソードのギルドホームとしても機能している様だった。シルバーソードはシロエと交渉決裂してアキバを去ったギルドだ。<記録の地平線>メンバーである私への敵意も納得だ。

「おいてめぇ」

 不意に腕を捕まれ吊り上げる様にして無理やり立ち上げられる。

「<記録の地平線>だァ? あのクソ野郎のギルドじゃねぇか! それにお前の顔は見た事があんぞ!」
「私もあんたの顔は知ってるわ。無様に負けた男だってね」

 怒りのまま投げ飛ばされるが、重心を返し片手をついて着地する。目の前の男はシロエとにゃん太に倒された<武闘家>のデミクァスだ。

「何でてめぇがここにいやがる! シロエはどうした!」
「知らないわよあんな堅物眼鏡!」
「あぁ? アイツは俺がぶっ殺すって決めてるんだよっ!」
「はぁ? 舐めないでよ、あんたより先に私が屈斜路湖に沈めてやるわよ!」

 お互いの言い分を聞いて黙り合う。外野から「お前ら気が合うみたいだし、一旦落ち着けば?」ともフォローが入った。確かにお互い同じ相手を潰すと言っているのだ。敵の味方は敵だが。敵の敵は敵にはならないだろう。

「無駄な争いは避けましょう。なんだかこわーい人が目を光らせてるみたいだし」
「ちっ」

 小さく舌打ちしながらもデミクァスは戦闘姿勢を解いた。どうやら先程からあちらで睨んでいるエルフは彼にとって脅威なのだろう。私も倒れた椅子を戻しながら、給紙の大地人達に詫びる。

「騒いで悪かったわね」

 シルバーソードのギルドマスターである"ミスリル・アイズ"は楽しそうに口元を歪めた。





 何杯目になるかも分からない杯を煽る。北国の酒は強いと聞くが、度数もさることながらその味もすばらしかった。

「<記録の地平線>"智の神官"は聖人の様な女だって聞いてたが、アキバからススキノへと噂が辿り着くまでに随分と様変わりしたみてえだな」

 私とウィリアム=マサチューセッツ、そしてデミクァスの3人で卓を囲んでいる理由は酒でぼやけた頭では思い出せない。

「これでもアキバでは猫被って聖人やってたわよ。でもこんなとこまで来てやってらんないっての!」
「こいつに猫が被れるなんて思わねえよ。虎の間違いだろ、虎の」

 泥酔しているデミクァスは随分とごきげんだ。私達の間に友情はないが、今の所敵意も存在していない。憎い男を肴に酒を飲み合う程度の仲だ。

「で、結局はシロエの野郎に何されたんだよ。なにかあ?」
「は? セクハラで処刑してもいいんだけど? 別にそんな関係じゃないわよ、ただお互い一番痛い所を抉り合って、逃げてきたの」
「おいおい、同じギルドの仲間なんだろ?」
「仲間だったら念話してきたっていいじゃない! 直継やアカツキや猫神様やミノリやトウヤや五十鈴やルンデルハウスどころか、<三日月同盟>のマリエール達だって連絡してくるのに、シロエは一度もないのよっ!?」
「最低なクソ野郎め!」
「そうだ、あんなクソ野郎のギルドなんてやめてシルバーソードに入ってやるっ! デミクァスの方が千倍マシよ!」
「あぁ、てめぇマシってなんだよマシって!」
「以前の行いを顧みずともあんたは結構なクズよ」
「なんだとっ 表へ出ろ!」
「一人で行け、そして凍死しろ」

「お前ら、酒は静かに飲め」

 鶴の一声、ならぬウィリアムの一声で一気に酔いが覚める。

「でもねウィル、デミクァスを煽ると少し気が紛れるのよね」
「そうな、なら仕方ねえな」
「仕方なくねえよっ どんな理論だ!」

 シルバーソードの面々は気の良い奴らだ。私がデミクァスを弄ると合いの手が入ったり、ヤジが飛んで来たりする。静かに飲む人が多い<記録の地平線>とは大違いだ。逃げ出した先がこんなにも楽しい所なら、居着いてしまうのも悪くはないのではなだろうか。ふわふわとした頭でそんな事を考えた。

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