That's what I'm here for.

 蓋を開けてみれば天秤祭は大盛況に終わった。少々トラブルもあったが、それには目を瞑ってもいいだろう。天秤祭は多くの<冒険者>と<大地人>を沸かせ終了した。その事実だけで十分だ。



17



 最終日、<記録の地平線>全員でのみの市を見まわったりと昨日の慌ただしさが嘘みたいな穏やかな一日だった。皆が寝静まった中、宴の余韻に浸る様に酒で唇を濡らす。酔う事よりも、時間を潰す方が目的だった。

「……起きてたんだ」

 強い酒を3分の1程消費した頃、待ち人が帰って来る。

「おかえり。夜遊びにしてはちょっと、遅すぎるんじゃない?」

 小さなお猪口をシロエへと投げると、彼は<冒険者>の身体能力で難なくそれを受け取った。硬い表情のまま、私の隣へと座る。

「取り敢えず天秤祭、お疲れ様」
「うん、お疲れ」
「これで書類仕事も一旦落ち着くでしょうよ」

 何も語らないシロエに、あまり意味のない事を語りかける。どこの服が安かっただの、あの店の食事が美味しかっただの、絡んできた男がうざかっただの。結局、天秤祭の間私が何をしていたかをシロエにすっかり話してしまったが、彼は無言で酒を呑むだけだ。話題をあまり持たない私もそれに習い沈黙した。

 酒も残り僅かとなった頃、ようやくシロエ硬い口を開く。

……は僕が何をしてきたか、何をしたいのか、知ってるの?」
「知る訳ないじゃない」

 愚問だった。だってシロエは何も話さないのだ。

「シロエの考えを私が推し量る事なんて無理よ。だって天秤祭の一連に関しても何度か遭遇しておきながら、「あー、大地人もお祭りで浮足立ってるんだなあ」程度にしか考えてなかったのよ?」
「ははっ」

 らしいよ、とようやく彼が表情を崩す。

「シロエはいつも勝手に考えて、勝手に悩んで、勝手に結論を出してる」
「そうかな」
「自覚がないなら病気よ。
 でもね、私はそれでいいと思う。シロエが考えて、やるべき事だと感じたなら私は黙ってそれに従うわ」
「……どうして?」
「信頼してるから」

 シロエの目が僅かに見開かれた。

「それに、感謝している。意固地になって何処へも行けず立ち竦んでいた私はここに連れて来てくれたのは、他の誰でもないシロエだから。貴方がいなければ私はここにはいない。貴方が私に居場所を与えてくれた。
 だからシロエが悩んで悩み抜いて決めた事だったら、倫理に反しても私は従うわ」
「僕はにそんな事させない。させたくない」
「うん、うん。私の知っているシロエだったら誰にもそんな事はさせないわ。でもね、わかって? 私は貴方の行う正しさに惹かれている訳じゃない。あなた自身が好きなの。例え悪の道へ堕ちたって、シロエが行くのなら付いて行きたいのよ」
「……」
「いつも思う。シロエみたいな深い知識や、ミノリみたいな聡明さがあればって。私はシロエが悩んでるのはわかる。でも、わかるだけ。私には貴方に何かできるだけの力はない」
には、すごく助けられてる」
「そう言う問題じゃない! 直継でも、アカツキでも、にゃん太でも、私じゃなくていい。誰かに少しだけ肩の荷を分けて欲しいの。
 重い荷物を背負うのも、手を汚すのも自分だけでいい。そう考えてるシロエを見るのは悲しい」
「そう言うだって」

 彼が強かに杯をテーブルへと叩きつける。シロエは小さく怒りを露わにしていた。

「僕は、知ってるんだぞ! 夜中魘されて起きる事も、気配のないアカツキに少し怯える事も、昔のギルドの奴に付きまとわれている事も! 僕は、全部知ってるんだ……っ」

   何かを噛み殺す様なシロエの声に、私は口篭る。だって、言ったらあなたは心を痛めるじゃない。<円卓会議>の仕事、<記録の地平線>のギルドマスターとしての仕事、これからの事。たった二本の腕で色んな物を抱えているシロエに私のちっぽけな、でも解決するには時間がかかる問題なんて預けられない。ただでさえその重みに押しつぶされそうなシロエに、押し付けられない。

「……それをシロエに伝えれば、解決する?」
「僕に関しても、同じ事だっ」

 そう小さく吐き捨てて、彼は自室へと戻ってしまう。残された杯の破片を一つ拾う度に涙が溢れて来る。苛つく。頑ななシロエにも、自分にもだ。シロエから上手く言葉を引き出せない自分に腹が立つ。殺してやりたいくらいだ。どうして上手に出来ないんだろう。どうして素直になれないんだろう。どうしてこんなにもシロエを想っているのに、上手く噛み合わないんだろう。
 情けない。頭の悪い自分も、素直になれない弱い自分も、嫌い、大嫌いだ。

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