That's what I'm here for.

 幾度の失敗、幾千の犠牲、絶望に膝を折った日もあった。しかし長く苦しい夜は過ぎ、ついに我々は夜明けを迎えた。

 ――休みだッ!

 天秤祭2日目にして私はようやく休みを手に入れたのである。



16



 労働基準監督署も真っ青になる様な連勤が終わりを告げた反動に、どうやらテンションが上りすぎてしまった。既にギルドの面々は出かけている様で、ギルドホームは静かだ。どうやら寝過ごしてしまったらしい。
 <円卓会議>が初めて主催するアキバでの祭りに予定どころか一緒に回る友人もなく切なくなるが、そんな事はどうだっていい。私は一人だって楽しめる人間だ、とそっと自分に言い聞かす。ソロプレイは得意だった筈だ。
 手始めに空腹を主張する腹を宥めるべく、屋台を冷やかす。<大地人>の屋台には素朴ながらも暖かみを感じる郷土料理が、<冒険者>の屋台には現実を思い出させる様な和洋中入り乱れた料理がそれぞれ軒先を彩っている。それと同様に、道を行き交う人々もまた様々な人種で溢れていた。<冒険者>は勿論、上質な衣装を纏った貴族らしき男や、この辺りではあまり目にする事のない装束の商人、露天を物色する女性は目が輝いている。

 私はと言うと、やはり朝食――時間的には昼食に当たるが――くらいはゆっくり座って食べたいと、<西風の旅団>の少女達に聞いた和食店へと足を運んでいた。
 ガラガラ、とわざわざ改装したのか、横スライドのドアを開け空席を探す。時間帯故か評判故か、店内は多くの人でごった返していた。

「あ」

 と思わず声を漏らす。先客にシロエがいたのだ。シロエだけなら問題はないのだが、シロエの対面に<D.D.D>のクラスティと、<黒剣騎士団>のアイザックが座っていたのだ。いくら混んでいるとはいえ、あそこに相席はごめんである。シロエに会釈だけしてカウンターの空席に絞り込もうとした私を目ざとく見つけたのは、"狂戦士"クラスティだった。

「お知り合いですか?」
「ギルドの仲間です」
「混んでるんだし、相席すりゃあいいだろ」

 要らぬ気を回すアイザックにシロエが頷き、小さな動作で手招きする。それを無視する術は私にはなかった。内心気落ちしながらシロエの隣、アイザックの正面へと座る。4人がけのテーブルは片側の圧迫感がすごい事になっている。

「こちらは、<記録の地平線>のです」
「初めまして、と申します。御二方のご高名はかねがね聞き及んでおります」
「<黒剣騎士団>のアイザックだ」
「<D.D.D>のクラスティです」
「なんだ"腹ぐろ眼鏡"、お前んとこのギルドにこんな奴いたのか」
「彼女はギルド内での仕事を任せているので、ご紹介が遅れました」

 シロエがちらりとこちらに視線を寄越す。まあ確かに、<円卓会議>に直接赴いてやらなくちゃならない業務は全てご丁重にお断りしておいたので彼らとはほぼ初対面だ。

「"智の神官"、さんですね。お噂は聞いていました」
「"狂戦士"クラスティ様に名前を覚えて頂けているとは、恐縮です」
「しかし、お会いするのは初めてではありませんよね」
「若輩者ではありますが、以前<D.D.D>の突発レイドには何度か参加させて頂いた事がございます」
「しかしシロエ君に引きぬかれてしまうとは。<D.D.D>としても惜しい人材を逃しました」
「ご冗談を。レイドで私はただ息を呑むばかりでした」

 穏やかな笑みを浮かべてはいるが、腹ぐろってシロエよりもこの人の方が似合う気がする。兎も角、自分の存在を少しでも薄くすべく料理に集中する。私は空気、私は空気。アカツキに<隠行術>を習わなかった事を後悔する。
 焼かれて照りを増した鯖のみりん干しも、ふわふわの出汁巻き玉子も、こんな面子じゃなければゆっくりと味わって食べれていた筈なのに……自分のタイミングの悪さとシロエを呪う。ちらりと視線を向けると既に男性陣は食べ終えており、店員の出した熱いお茶を飲みながらなんだか小難しい話をしている。どうやら<円卓会議>結成時色々とあったらしい。
 彼らの興味が完全にシロエに移った事を確認して、味噌汁を味わう。日本の朝は白いご飯に味噌汁に尽きる。

 傍らでシロエの言葉を聞き流しながら、彼が"腹ぐろ"と呼ばれる所以はこういう所にあるのだなあと独り言ちる。私は……いや、私達<記録の地平線>メンバーはシロエを腹ぐろとは思っていない。性格的には押しに弱い、根っからのお人好しだろう。<ゴブリン王の帰還>イベントからは<円卓会議>のシロエは冷徹で狡猾で、地獄の兵卒すら手玉に取るなどとアキバの街では言われているが、その評価は彼をよく知る人から言わせると何とも的外れであった。
 シロエは頭が良い。これは私にもわかる。でも多分それは生まれ持った天賦の才と言うものではなく、彼の培った知識とか経験に寄るものだろう。生真面目に机に向かう姿は、私の中の彼の印象を天才から"努力の人"に変えた。彼がうんうん唸って悩んで、たまにそのまま不貞寝する事だって知っている。ただの人間なのだ。
 ただ一つだけアキバの街の噂を肯定するならば、シロエは目標を達成する為の手段を厭わない点だろう。勿論、倫理だとか道徳を守らない訳ではない。どちらかと言うと彼はそう言った何かを守る為に悩み、策を練り、行動するのだろう。
 シロエの根本である良心の存在を知っている私達からすれば、ただ彼は優しいだけの人なのである。

 そう自分の中で結論付け、最後の味噌汁をすすりながら集まる視線をやり過ごす。いつの間にか彼らの話は終了していて、私の食事の終わりを待っていた様だ。
 お待たせしてしまい申し訳ありません、と彼らの視線から逃げ出すように腰を折った。





 朝食は散々だったが街中の露天では中々の成果を得た。日持ちの効く菓子を買い溜めしたり、<三日月同盟>で新作衣装のモデルを務めていたアカツキ達をひやかしたり、本格的な冬に向けて衣装も買い込んだりもした。
 道中何度か怒鳴り立てる<大地人>を口八丁で諌めたり、しつこい程絡んでくる男を小突いたり等はあったが概ね平和だ。<大地人>も浮き足立っているなあ、なんて考えていたのでシロエの念話は理解するのに時間がかかった。

「は? 攻撃?」
『そう、無差別に攻撃が行われているみたいだ。おそらく<円卓会議>の信用を失墜させる事が目的だろう』
「お店の方に在庫ごと売れと騒いだり、むやみやたらに絡んで来る事がでしょうか?」
『うん』
「くだらない」

 思わず汚い言葉が本心として口から漏れ出る。

『まあね。でも効果はある。はそのまま街の見回りを続けて』
「承りました」

 シロエからの念話が途切れると、はあと息を吐く。まだ見て回りたい店はいっぱいあったのに。

「……見回り、見回りですから」

 人気の多いスペースは更に揉め事が起こっているだろう。そう自分に言い訳して、雑踏に姿をくらませる。
 新たに6着服を買う間に、片手の数では足りない程の諍いが起こった事をここに報告しておく。

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