That's what I'm here for.

 <円卓会議>代表ギルドの一つである<記録の地平線>の仕事は多い。何せ会議の参謀である"腹ぐろと"シロエが率いるギルドなのだ。多い時は朝から晩まで机に向かっても終わる気配のない書類を相手取る事もある。主にシロエが。
 この仕事は私も微力ながら手伝わされている。ギルド内ではシロエの次くらいに、紙束に埋もれていると言っても過言ではない。お陰で殺風景だった私の部屋にも大きめのデスクとチェアが真新しい光沢を伴って鎮座している。椅子に関しては何時間座っても疲れない様にと少し奮発した。備えたくはないが準備は万端である。

「だから、シロエはもう出かけていいわよ」
「書類がまだ」
「あのね、だいたいの事務処理くらいはシロエがやらなくても私ができるわよ。じゃあ今、シロエしか出来ない事は何?」
「アカツキとミノリと、出かける事です」
「そう、女を待たせる男は最低よ! 神殿送りににされても文句は言えないわ! 分かったら駆け足!」
「は、はい!」

 仕事の虫であるシロエを彼の書斎兼自室から追い出して階下を見やると、めかしこんだ二人と目が合った。随分とわかりやすい視線を寄越すミノリに、苦笑しながら手を降る。

「いつも遊んでるんだから、人が遊んでいる時くらいは働かなきゃね」



15



 彼女は解りづらい人だ。ギルドホームではいつもだらだらと怠けている様に振舞っているが、わたしは知っている。眠れないからと理由をつけて、夜中にわたし達の為にこっそりポーションを調合していたり、体を酷使するシロエさんをからかうふりをして休ませたり。今だって、忙しくて席を外せない筈のシロエさんがわたし達と出かける時間を作る為に「人が遊んでいる時くらいは働かなきゃね」と冗談みたいに笑ってわたし達が気にせず遊べるように送り出してくれている。

 最初は、わたし達の訓練を監督しないから口では「可愛い後輩」と言いながらも距離を置かれているんじゃないかって思ってた。口調は砕けていても、ギルドの外の顔をわたし達に続けているんじゃないかと。トウヤには直継さんがいて、五十鈴さんとルンデルハウスさんにはにゃん太さんがいる。<記録の地平線>に回復職は私と彼女だけだから、より一層そう感じた。
 だけど彼女はある日、私に言ったのだ。

「ミノリが回復職としての師を望んでるのは何となくだけどわかるわ。だけどね、ミノリ。私は<冒険者>としてのレベルは高いけど、プレイヤーとしてのレベルはあまりないのよ。ミノリ達はレベルが足りてないから、私が強く見えるだけよ」

 そんな事はない、と大声で否定したかった。さんはいつも冷静で、正確なプレイをしているのだ。正確、それが出来る冒険者はあまり多くない。わたしはいつも自分の判断が正しいかがわからなくて、選んだ選択肢が正解だったか気にしている。だから、それができるさんに――!

「そう、もし私が強く見えるのならば、それはシロエのせいね。正しい選択肢を選べるだけじゃ、最善ではない。私を最善まで引き上げてくれるのは、全てシロエの手腕なのよ。貴女は正解を目指すべきじゃない。シロエに師事しているのなら、チームの最善を目指すべきなのよ。私はミノリに何かを教えられる器じゃないわ」

 彼女の率直な言葉を自分の中で更に噛み砕いて、組み立ててみたけど彼女が言った事は変わらなかった。自分は劣っている、更に上を目指せ。とてもショックだった。<記録の地平線>の回復役を果たしている彼女が、私からとても遠い存在が、ただの通過点に過ぎないなんて。一体どこまで頑張れば正解に辿り着けるのだろう。一体どこまで走り続ければ、彼女の言う最善へと向かえるのだろう。
 わたしを思考の渦へと突き落としたのは彼女であったが、引き上げたのも彼女だった。

「……自分が何が言いたいかよくわからなくなったわね。まあ、ミノリは頭が良くて、よく考えられる子だから、自分の立ち回り方は自分で見つけられるわよ」

 そう言って、彼女の少し日に焼けた手が頭を撫でる。
 突き放されているとも取れる言葉だ。だけどわたしには優しく見守られている様にも感じた。今は彼女の言っている事全てが理解できなくても、自分が成長して隣に立つ日が来るならきっとわかるのだろう。その日が少しでも早く来るようにと、その時、わたしは決意したのだ。

「――リ、ミノリ?」
「は、はいっ」
「どうしたのぼーっとして」
「い、いえっ決意表明をですねっ!」
「そっか。量は多いけど、がんばろう!」

 疲れた表情を隠しながらでわたし達を見送るさんへの罪悪感で、少し昔の事を思い出してしまった。
 ――今日はせっかくのシロエさんとのお出かけなのに!
 緊張感を取り戻すべく顔を叩いて、目の前に大量に置かれたホールケーキに向き直った。





 今日は一日頭の中で鈴が鳴り放題だった。業務報告とか、確認作業とか、確認作業とか、確認作業とか。シロエ達の休日を邪魔しない様にと、朝一で<円卓会議>へと連絡しておいたのは英断だった。こんなに念話が鳴り響いてたらいくらシロエでも休んではいられないだろう。トラブルで、紙束を抱えて街の端から端まで走った事もあったのだ。疲れ切った体をなめらかな革のチェアに預ける。

「シロエさんはこんな事までされてらしたのですね」

 <記録の地平線>代表代行は、取り敢えずは凌げたと思う。連絡がある毎に予めファイリングしておいた書類を探し出し回答するのは大変だったし、タイムロスもあった。シロエだったら一々書類を確認せずに答えられただろうが、私の頭じゃこれが精一杯だ。生憎、私のオツムは然程良く出来てはいない。

 いつの間にか外にはぼんやりとした光が灯っており、昼食を食べる暇すらなく日が暮れていた様だ。階下ではギルドの面々が帰還したのであろう、誰かの話し声が聞こえる。
 おなかへった。ねむい。おなかへった。呟きは空に溶ける。戦闘とはまた別の体力を使うのだ、仕事というものは。

さーん」

 元気の良いノック音の後、返事を待たずに扉が開かれる。五十鈴とルンデルハウスだった。

「五十鈴さん、ルンデルハウスさん。如何されましたか?」

 と、そこまで口に出してぎょっとした。今日は一日念話でよそ行きモードだったのだ。こんな単純な使い分けですら誤る程疲れていたとは。五十鈴は口を開けて笑っている。

「随分疲れてるみたいですねー」
「HPともMPとも取れない所を削られるのよね」
「MPだったら、わたしが回復できるのに」
「HPだったら自己回復できるしね」

 五十鈴と顔を突き合わせて笑い合う。

「で? 何か用事?」
「あっそうそう、ルディ!」
「受け取りたまえ!」

 ルンデルハウスが勿体ぶった動作で大きめの紙袋を渡す。中身は、キャラメルやクッキーを始めとしたお菓子、それにまんじゅうまで入っていた。

さん、今日一日缶詰って聞いたから!」
「折角色々な屋台が出ているのに、もったいないだろう? 特におすすめの物を吟味してきた」
「……あ、何か今、子育てに成功した母の様な気持ちになってきた」
「えー!」
「うちの子たちはいい子だなーって。おいで、なでなでしてあげるから」

 笑いながら駆け寄る五十鈴と、それに引きずられて近づくルンデルハウスの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。

「今ならなんでもお母さんが好きなもの買ってあげるからね!」
「ミスが母と言うのもおかしい気がするが……」
「年が近すぎるよっ」
「じゃあお姉ちゃん? 社会に出て一人暮らしで仕事が忙しくて使う暇のない貯金を、たまに実家に帰った時駆け寄ってくる可愛い妹達へと惜しみなくそそぐお姉ちゃんになるわ!」

 妹はカラカラと笑い、弟は少し恥ずかしそうに眉を寄せるが撫でる手を振り払う事はない。本当に、うちの子たちは良い子だなあ、と独り言ちた。

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