That's what I'm here for.

、ちょっと手伝って欲しいんだけど……」
「あー今からアカツキと出かけるから無理だわ。一人で頑張ってね」

 アキバへと帰ってきた私達は、書類整理に負われていた。<円卓会議>のギルドマスターの一人であるシロエには、毎日山の様な書類が舞い込んでくる。それを主に片付けるのは当人であるシロエだが、一人では流石に処理しきれない量である。それを補佐するのは書類整理の得意なミノリだが、ミノリは年少組と共に行う訓練がある。四六時中シロエの仕事に構ってられない。そして様々な消去法で仕事が舞い込んできたのが、私だ。
 確かに書類整理は苦手ではない。苦手ではないと言っても、それは長時間机に着く事が出来ない直継やエルダー・テイル歴が浅く、知らない単語の多いトウヤと比較してだ。決して得意な方ではない。精々学生の事務バイトに毛が生えた程度だ。しかしそんな微妙な戦力の私を駆りださねば仕事が回らない程、<記録の地平線>は人出不足だった。私ももう何日も拘束されていて、マイハマでアカツキとした約束すら果たせていない状況だった。
 書類に埋もれるシロエは哀れではあるが、我が身の方が可愛いのだ。全身鎧に身を包み、アカツキの部屋のある3階へと赴く。

「お待たせ、行こうか」
「ああ」

 既にいつもの装備に身を包んだアカツキは、短い返答を返し階下へと降りる。暗殺者であるアカツキは身軽で、3階から飛び降りた衝撃を殺しきれず膝をついた私には少し羨ましく見えた。私の名誉の為に補足しておくと、鎧が重いからである。



14



「私もアカツキみたいに素早く敵を切り捨てる様な攻撃がしたいんだよね」
「しかし、の剣からしてそれは難しい」

 フィールドの人気のない場所を選んで、互いの獲物を見比べる。率直な意見を言い合う場合に私の"神官モード"は邪魔だ。なのでこの場所を選択した。

「細身ではあるが、<オートクレール>は両手剣ではないか?」
「うーん、多分そう。ギリギリ片手で触れる重さだけど、疲れてる時は剣が吹っ飛びそう」
「いっその事、両手で持ってみてはどうだろう?」
「盾を捨てる、か。まあ施術神官の防御力なら問題ないんだろうけど、盾固有のスキルを使えなくなるのは痛いわね。両手剣を十分モノにできたらいいんだけど」

 アカツキの意見は正直目から鱗だった。攻撃主体の暗殺者である彼女故考えついた事だろう。私達施術神官は、盾を増やす事は考えても無くす事は思いつかなかったのである。

「でも、ちょっと面白そうかも。ちょっと試してみてもいいかな?」

 アカツキが頷く。手始めに、私が盾役と回復を勤めながら74レベルのモンスターを数体討伐してみる。このレベルでは盾を無くした事によるダメージは然程問題ない。確かめる様に両手でしっかりと武器を握りしめて、色んなスキルを試しながら、最後の1体を切り捨てた。

「反応速度は少し上昇した」
「そうね、いつも少し遅れてついてきていた剣と、初めてタイミングが合った気がするわ」

 剣を用いたスキルの攻撃力も、少し増加した様に思えた。ゲームだった頃のエルダー・テイルでは、盾を捨てたとしても片手での攻撃であったし、ある一定の重さの剣は持てなかった。これはつまり、この世界だけの裏ワザだ。

「でも、こうやって型にはまらない戦闘をするのは緊張するわ」
「主君が言っていた。は攻略サイトのお手本の様なプレイをすると」
「良く言えばそうね。野良の方が多かったから、どんなプレイにも合わせやすい様なスタイルを取っていたの」
「でも私は、重装甲型と言うよりは守護戦士に近いように感じた」

 アカツキの指摘に、思わず口篭る。エルダー・テイルが現実となってから<記録の地平線>の加入するまではずっとソロプレイだった。その癖が残ってしまっていたらしい。

「最近のは、自分がダメージを受けても回復よりも攻撃の方を重視しているように思える」
「そうかな?」
「ああ。そしてその戦い方に、私はあまり賛成できない」
「どうして?」
「痛い、からだ」

 真っ直ぐな瞳でこちらを見上げるアカツキを、思わずぎゅっと抱きしめる。普段私はあまりスキンシップを良しとしない。元々私が人見知りであるからだし、触れられるのを良しとしない人種がいる事を知っているからだ。しかしその事を忘れて、アカツキの頭を撫で回す。

「な、なんだっ!?」
「嬉しいの!」
「なにがだ!?」
「アカツキが、私を心配してくれた事が!」

 仲間なんだから、当然だろう! 顔を真赤にして言うアカツキを更にぎゅっと抱きしめる。今だけは彼女を構い倒すヘンリエッタの気持ちが理解できた。





 私がアカツキの訓練へのアドバイスはできないのよねえ。そう呟き、腕を組む。アカツキは2人の戦闘も訓練になると言ってくれるが、大きく前進した様に見える私に対し、アカツキのプレイスタイルはそのままだ。少し考えた結果、場所を移す事にした。

「と、言う事でやってまいりました<アキバ下水道>」

 ここに入った事があるのか、アカツキは微妙な表情を浮かべる。大災害以後、出現するモンスターのレベルは低いままだが、このダンジョンの環境を嫌って出入りする冒険者は少ない。

「そう嫌そうな顔をなさらないでください、アカツキさん。別に私は嫌がらせでこの様なダンジョンを選んだわけではありません。私も入るのに!」
「では、なぜ……」
「第一に、ここは視界が利きません。第二に、嗅覚も利きません。五感の内二つを封じられたのならば、アカツキさんの<広域知覚>も研ぎ澄まされるのではないでしょうか」
「なるほど」
「第三に、このダンジョンは足場がぬかるんでいます。足音で敵を察知する事ができますが必然的に、我々の足音も敵に察知される危険があるのです。このダンジョンで敵に気づかれずに背後を取るという事は、気配を消すスキル……<隠行術>の強化にも繋がると考えられます」
「わかった」
「ついでに低レベルダンジョンにしては高額なクエストもいくつか受けて参りました」
「う、ん?」
「では、参りましょう!」

 アカツキに疑問を抱く暇を与えず、真っ暗なダンジョンへと突入する。悪臭に鼻を曲げるが、それも数分ダンジョン内の淀んだ空気を吸っていれば、気にならなくなる。
 道中何度も遮蔽物に頭をぶつけ、ぬかるみに足を取られた私は<広域知覚>の才能はないと悟る。モンスターならば息遣いや香り、人間ならば何とも言えない薄ら寒さ――もしかしたらこれを殺気と言うのかもしれない――で近く出来る場合もあるのだが、それも100%ではなかった。

 ダンジョン内に散らばるクエスト指定アイテムを全て発見し、外へと出た時には私も、アカツキでさえも頭の先まで汚れていた。何か得られるものはありましたか、とアカツキに尋ねたが、彼女は小さく頷くだけで、大きなものは得られなかった様だ。力不足で申し訳ない次第である。
 互いに体にまとわりつく泥を落としても、悪臭は消えなかった。仕方がないのでアキバの中心地にある、冒険者が作ったらしい小さな銭湯へと赴く。アカツキは恥ずかしがってあまり近づこうとしなかったが、背中の流し合いっこは強制した。
 体にこびり付いた泥と共に、今日一日の疲れすら流しきった二人はクエストの換金へと赴く。暗く環境の悪いダンジョンでのクエストは受注する者があまりにも少ない為か、一日の稼ぎとしては二人で分けても十分過ぎる量の金貨を得る事が出来た。私はお金には困っていないが、あるならあるだけ欲しいのである。
 ギルドホームへと近づき、いつもとは少し違った一日も終了かと少し寂しく感じる。先を歩くアカツキを呼び止めると、彼女は身軽ん動作で振り返った。

「また、行こうね」

 彼女は無表情で頷く。それだけで満足だった。

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