That's what I'm here for.

「マイハマの都、ですか?」

 買い出しと称して、を外へと誘ったのには訳があった。素の状態の彼女であれば僕に二言言わせる間もなく切り捨てるが、"神官モード"の彼女は少し遊びが生まれたとは言え人の頼みは断らないか、もしくは非常に濁した言葉で遠回りに回避するのだ。

「非常に心苦しいのですが、私にその様な公式の場への出場が務まるとは思えません」
「そうかな? 僕はなら問題なく務まると思うけど」
「しかし<円卓会議>の代表、<記録の地平線>のシロエさんの従者として伺うには、私では役者不足でしょう。何か失礼があってはなりませんし」

 丁寧な言葉を紡ぎながらも、彼女の瞳にはありありと「面倒臭い、行きたくない」と描かれている。

「一応代表としては、従者を何人か連れて行かないと格好がつかないんだよね」
「でしたら他の方の方が適任では……」
「直継には年少組の訓練を任せてあるし、訓練で疲れて帰ってた皆の世話は班長にお願いしてる。だから、しかいないんだ」

 ぐ、と彼女が言葉を詰まらせる。"智の神官"にしてはありえない失態だ。

「そ、そう言う事でしたら……謹んで、拝命致します」

 苦虫を噛み潰した様な顔で答えた彼女に、僕は内心「勝った!」とガッツポーズをした。



13



 マイハマの中心、「灰姫城」の大広間では楽団の奏でる厳かな調べに乗って大舞踏会が開かれようとしていた。そんな華やかな会場に、何故か私が白のドレスを纏い参加しているのだ。それもこれも、"腹ぐろ"シロエの陰謀だった。

「まだ怒ってるの?」
「何の事でしょうか?」
「僕だって、周りから"智の神官"を出せってせっつかれたんだよ」
「名前だけが独り歩きしているだけの事ですのに、皆様少し大げさです」

 不機嫌を隠さずに、シロエに愚痴を漏らす。
 華やぎの中心では、ゴブリンの脅威から<自由都市同盟>を救ったアキバの街の若き英雄クラスティと、<自由都市同盟>を代表する都市マイハマのコーウェン公爵家の孫娘で単身アキバの街へと乗り込み冒険者の協力を嘆願したレイネシア姫が優雅に寄り添っている。丸で異世界に来たみたいだ、と一人ため息を吐いた。

「主君は行かないのか?」
「僕は今回はパス。今日の主役はクラスティさんだよ。僕が行っても、なかなか場が持たないし……。疲れるしね」
「私はお誘いを頂いていますので、少し顔を出してきます。ごゆっくり」

 アカツキはシロエと踊りたそうにしていたので、気を効かせて席を外す。2階席から広間へ降りると、一人の男が駆け寄ってきた。

さん、お探ししておりました」
「少々連れとおりまして。お待たせしてしまった様で申し訳ありません」
「いえ、来てくださっただけでも嬉しく思います」

 言い訳じみた言葉を残してきたが、誘われていたのは本当だった。どこかの貴族の息子らしく長ったらしい名前を名乗られたが忘れた。どうやら貴族は<冒険者>に興味津々らしく、今日ばかりは私ですら引く手数多だ。猫を被っている私はあまり冒険者らしくなく、彼らも声をかけやすいらし。

「踊って頂けますか?」

 映画のワンシーンの様な仰々しい動作で手を差し出される。

「お恥ずかしいのですが、ダンスは初めてですので……」
「是非とも、私めにエスコートさせてください」

 頭を垂れそう言うので、彼のメンツを潰す訳にもいかずその手をとる。いくらリードされているとは言え、その後のダンスは散々であった。





 今私は貴族の子息やら子女やらに囲まれている。こちらは何々卿の息子だとか、誰々卿の娘だとか、実りのない会話が続く。しかし一度私が口を開くと、彼らは<冒険者>の生活に興味があるのか、目を光らせて質問攻めにあった。

「では、様も剣を振るわれるのですね」

 どこぞのご令嬢が信じられないと口元を隠しながら感嘆する。

「ええ、若輩者ではありますが、此度のチョウシの街防衛にも一兵卒として参加させて頂きました」
「チョウシの街防衛は少数精鋭だったとお聞きしております」
「貴女のような可憐な女性が、なんとも勇ましい!」
「武の道を極めておられるのですね」
「いえ、武道も教養もどちらも未熟でございます。それ故、皆様に何か失礼があってはならないと気を付けておりますが、ご容赦ください」
「女性は少しくらい欠点がある方が可愛らしいと言うものです。あなたの小鳥の様なダンスも、とても可愛らしかったですよ」

 ダンスのペアを組んだ青年の言葉に、思わず含んでいた微炭酸のワインを吹き出しそうになる。一体何を食ったらこんな恥ずかしい言葉がスラスラと出てくるのだ。花か、花の蜜でもすすって生活しているのだろうか。

「冒険者の方がお噂しておりましたわよ、"智の神官"、と」

 どこぞのご息女がうっとりした様な表情で放った言葉に、また一同が沸き立つ。取り敢えず私は噂の出元をぶん殴りたかった。



 貴族達の会話にぐったりとしながら相槌を打っていると、私がここにいる元凶、シロエが飄々とした顔でやって来た。会話の中心にいる私に話しかける事により、周りの貴族達の視線も自然とシロエに集まる。

「そろそろ部屋に……」
「皆様にご紹介致します。今回のゴブリン討伐の参謀を務めました<円卓会議>が一柱、<記録の地平線>のシロエです」
「まあ、まあ」
「参謀とは……」

 噂好きの貴族がシロエへと群がる。額に汗を浮かべながらも貴族をやり過ごすシロエを生贄に、私は一足先に用意された部屋へと戻る。部屋にはいつもの服を来たアカツキが一人佇んでいた。

「主君は? を迎えに行った筈だが」
「好奇心旺盛な貴族達の生贄として捨ててきました」
「では私も護衛に……」
「大丈夫、シロエさんならすぐに切り抜けて戻るでしょう」
「そうか……」

 アカツキを窓際のテーブルへと座らせて、用意されていた紅茶を入れる。クッキーとスコーンを並べて、私も彼女の向かいへと腰掛けた。

はいいな」
「何がでしょう?」
「こういう場にでても、ちゃんと対処できる。私には無理だ」
「人には向き不向きがありますから。それに、陰ながらシロエさんを守護するのは、アカツキさんにしか出来ない事ではないでしょうか」
「しかし、今回の任務で私はあまり役に立てなかった」
「それは幸いな事ではないでしょうか」

 しょんぼりとした顔のアカツキは、私の言葉に不思議そうに首を傾げる。

「アカツキさんの主な任務は、<記録の地平線>のギルドマスター……主君であるシロエさんの護衛です。アカツキさんが「役に立った」もしそう感じる事があれば、それは少なからずシロエさんの身に危険が迫ったという事です」
「別に私は主君の身に危険が迫って欲しいなどとはっ」
「存じております。アカツキさんが武勲を求めるのも、忠義心の現れであると言う事も。今回は"何も起きなかった"幸運を喜びましょう」
「そういう、ものなのか」
「ええ、そういうものです。しかし、いずれ訪れるであろう刃を振るうその時まで、我々は牙を研がねばなりません」
「牙を、研ぐ……」
「それは各々の鍛錬も然りですが、連携も然りです。スタンドプレイでは出来る事も限られますからね。ですのでアカツキさん」

 アカツキの空になったティーカップに紅茶を注ぐ。

「アキバへと帰ったら、一緒にフィールドへと向かいませんか? 攻撃のプロであるアカツキさんから、ご教授頂きたい事が私にはたくさんあります」
「私も……から学びたい事がある」
「社交辞令でも嬉しく思います。それでは、この話はここまでに致しましょう」

 シロエさんもそろそろ帰って来てしまいますしね、と付け加え微笑む。
 数分後、疲れ切った顔で戻ってきたシロエを二人で迎え入れ、交わした密談を確かめ合う様に視線を合わせた。

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