That's what I'm here for.

 夜が明けると、<オキュペテー>からの兵力の追加により、疲労困憊だった夏季合宿班はようやく腰を落ち着けて休息を取れる事となった。チョウシの街の住民の好意により、風呂が用意されたらしく、開放された宿屋と町長の家には疲れ切った冒険者が押し寄せている。
 そんな彼らの背を見送りながら、新しく追加された冒険者と簡易パーティーを組み、疎らに残されたサファギンを討伐して行く。痛む頭さえ無視すれば、昨日一人で駆け回っていた時よりも随分と楽な戦闘だ。

ー! まだやるのかー!?」
「私は連戦組ではありませんので、事後処理に回りたいと思います」

 何本目かわからないポーションを使用しながら、直継に返事を返す。もう少しで終わるだろうと気力を振り絞っていたが、夜半で撤退を始めたにも関わらず取り残されたサファギンの残党を処理が終えた頃には、すっかり胃が空腹を訴えていた。



12



 数日しか離れていなかったが、<記録の地平線>のギルドホームへと帰ってくると何故かほっとした。それは他の皆も同じ様で、トウヤに至ってはあからさまにはしゃいでいる。
 一足先にアキバの街に帰還していたルンデルハウスと五十鈴を迎えて、<記録の地平線>は9人となった。増えたと言っても零細ギルドから小規模ギルドへと昇格した程度なのだが、新入生の二人は随分と楽しそうだった。それぞれ自室へと別れて、昼食の時間までは自由時間だ。シロエは年少組と一緒に、ルンデルハウスと五十鈴の部屋の案内をするらしい。
 私はと言うと、ベッドとワードローブしかな殺風景な自室へと戻り、すぐに鎧を脱ぎ捨てる。固く絞ったタオルで体を大雑把に拭きあげると、最も気に入っている部屋着へと袖を通した。値は張るがシルクの触り心地は一級品だ。シルクのワイシャツに黒い細身のパンツ、ゆるいカーディガンを着てベッドに寝転ぶ。ああ、鎧の整備しないとなあ。頭の中ではそう思ったが、せめぎ寄る睡魔にはやっぱり勝てなかった。



 誰かの声がする。随分寝汗をかいてしまった様だ、汗で張り付く胸元が不快だ。眉を寄せながら目を開くと、アカツキが私を覗きこんでいた。

「大丈夫か? 魘されていた」
「え、そうなの?」

 内容は覚えていないが、どうやら悪夢を見ていたらしい。

「まだ、あの時の夢を見るのか」
「……頻度は減ったよ」
「しかし見るのだろう、何故相談しない!」

 どうやら心配してくれているらしい。柳眉を釣り上げるアカツキは、怒っている割には容姿のせいかあまり迫力がない。

「別に、アカツキ達が頼りないって訳じゃないのよ? ただ、これは私個人の問題だから……」

 皆には内緒ね、とアカツキの頭を撫でる。

「呼びに来てくれたって事は、ご飯なんでしょ?」

 早く行こう、と未だ納得しきれていない表情を浮かべるアカツキの手を引き、食卓へと駈け出した。





「では、改めて自己紹介しよう。私は<施術神官>の、レベルは91ね。サブ職業は<調剤師>、チョウシの街では大盤振る舞いしましたー」
「あ、<円卓会議>への請求額なんだけど……このくらいで、どう?」
「いやいや、名高い<円卓会議>さんでしたらこのくらい余裕でしょ」

 シロエの示した数字を、ポーションの値段としては少し高すぎる金額に書き換える。こ、これは流石に……とシロエが言葉に詰まった。

「いやいや、使ってしまった物なんだし「払えません」じゃ済まないでしょうよ。ねえ、<円卓会議>のさ・ん・ぼ・う・さん?」
って割とがめついんだ……」
「持っていて困るものでもないしね。ポーションの在庫はまだまだたくさんあるから、いつでもご利用どうぞー」

 請求書でシロエの頬を叩きながら薄ら笑いを浮かべていると、どこからか視線が私に突き刺さっていた。五十鈴とルンデルハウスだ。

「あぁ、二人はこのさん見るの初めてだっけ……」

 トウヤがスープを口に運びながら思い出したかの様に補足する。

「二人が外で今まで見てたさんは所謂"神官モードで"……うーん、なんて言えばいいんだっけ」
「"猫を被っている"ですにゃ」
「そうそれ! 猫を被ってた姿だから、これが本性なんだよっ」
「本性って、もう少し言い方があるでしょう、トウヤ」

 咎める様な口調のミノリに私も盛大に首を縦に降る。

「まあさんに関してはそういう人なので、二人とも慣れてください」

 最近、ミノリが冷たい気がする。ばっさりと説明を放棄するミノリにほろりと涙が零れた。





「ルンデルハウス、五十鈴」
「なんだい、ミス・
「この後、暇? 自分の部屋が出来たと言っても、中身空っぽでしょ。家具屋案内するから、興味あるなら来なよ」
「いいの? あ、いや、いいんですか?」
「ああ、敬語とかいいから。面倒でしょ」

 そう言って笑うさんは、合宿の時の印象とは随分変わったけど年上のお姉さんみたいだった。皆が言う"神官モード"の時は大人びていて住む世界が違う人の様なイメージだったけど、今はむしろ逆に人懐こくも見える。

「行くの? 行かないの?」

 彼女の問いかけに、ルディの首根っこを引っ掴んで大きく頷いた。

「これ、可愛い」
「私はこっちの方が好きかも!」

 ミノリとトウヤも誘って、さんおすすめの家具屋へと訪れる。この家具屋は<冒険者>が経営していて、現実でもある仕掛けを利用した家具や、繊細な彫刻をされたものもあった。しかしその分値段が張る。
 今見ているベッドも、女性向けにデザインされているが値段は自分の貯金では足りないくらいだ。

「それがよろしいのですか?」

 気配も無く背後から現れたさんに一瞬肩が竦んだが、数回瞬きをして気持ちを落ち着けた。

「すっごく可愛いんだけど、私の貯金じゃ無理で……」
「すみません。こちらのベッドを<記録の地平線>へ届けて頂けますでしょうか?」

 私の言葉を最後まで聞かずにさんは店員へと話しかける。

「え! だからお金が……」
「新人は甘えておけば良いのよ」

 さんが小声で語りかける。申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ち半々に結局さんにベッドと机を買って貰ったのだった。





 私は所謂、金持ちの部類に入るだろう。元々金策は楽しかったし、レイドの報酬の高額アイテムですら自分では装備出来ないものだったら未練なく売ってしまっていたので、個人としてはそこそこの資質がある。だから少し高いくらいの家具、年少組に買い与えた所で別に懐は痛まないのだ。

「本当に、私達までいいんですか?」

 ミノリが不安そうに私を見下ろす。その視線に、そう言えばミノリは私よりも背が高かったなと心の中で呟く。

「ええ、ミノリさん達の家具も揃えたいと思っておりましたので。それに、そのレベル帯は何かと物入りでしょう」
「だけどさ、こんなにお金使っちゃって姉ちゃんは大丈夫なの?」
「それに、レディに支払いをさせるなんて、僕は些か不満だ」
「資金に関しましては、全く問題ありません。むしろ遠慮せずに他の物もかってしまえばよろしかったでしょうに」
「まさか! あんな素敵なものを買ってもらったのに、これ以上いただけませんっ」

 それでは、と人差し指を立てる。

「先日のチョウシの街防衛の成功報酬と致しましょう。私としては可愛い後輩達に色々と揃えてあげたいのですが、受け取る本人が納得しなければ成立しませんからね」
「成功報酬……?」
「ええ。皆さんは結成して間もないパーティーとは思えない程、見事な連携と判断が出来ていました。少々トラブルがあったとは言え、チョウシの街を被害なく守り切れたのは、ミノリさんの冷静で的確な判断と、トウヤさんの敵や痛みを恐れぬ勇気。五十鈴さんの確実な援護と、ルンデルハウスさんの巧みな精密操作があっての事だと思います。以前見た時より格段に視野が広まっていたセララさんも含め、とても良いパーティーでした」

 私の言葉に、当然だと笑ったり、少し恥ずかしそうに礼を述べたり、照れながら否定したりと、三者三様の答えが返ってくる。そんな後輩達の背中を押ししながら、アキバ食い倒れツアーへと出発したのだった。

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