That's what I'm here for.

 サファギン数匹に寄って集って殴られたからと言って死ぬ事はない。一度の回復量がダメージを上回っているし、<施術神官>の重装甲型ビルドはHPも防御力も平均より上回っているからである。現在私は、率先してサファギンを相手取るのではなく、海岸線で戦う討伐パーティから漏れたサファギンの処理を担当していた。
 私が到着した時既に規定のパーティーが作られており、連携も取れていた為、ソロで回復も討伐も出来る私が自然とこの役回りとなったのだ。殲滅速度はあまり早くないが、疲れ切った全盛部隊が漏らす範囲ならば私一人で抱えておいても然程支障はない。態と十数匹抱えておいて、タイミングを図り<ジャッジメントレイ>で一気になぎ払う爽快感も悪くない。

「ここはお引き受け致しますので、皆さんは休憩されてください」

 目の前でバテている初心者パーティーを下がらせ、残る敵を<フェイスフルブレード>で切り捨てる。何度倒しても、海から現れる侵略者は途切れる素振りを見せずに、蓄積する疲労と枯渇するMPに舌打ちした。
 しかし、疲れているのもギリギリなのも、ここに立っている者は皆同じなのだ。初心者でもベテランでも変わらず、疲弊していた。



11



 MPの節約の為に、HP回復をポーションに頼りながら目の前の敵を愛剣<オートクレール>で切り裂く。訓練の賜物なのか、以前よりも攻撃のスピードやダメージ量が増えている気がする。レベルは変わらないのにも関わらず、だ。大災害以後、スキルではなく自身が修練して身につけたとしか思えない様なスキルを振るうプレイヤーがいると聞く。自分もそう言った一歩先の能力を身に付けたいと思うが、筋肉がこれ以上ついてもなあ、と独り言ちた。
 そんなくだらない思考から呼び覚ます様に、チョウシの街から鋭い破裂音が響く。ぎょっとして振り返った視界には、音の方向へと走りだすトウヤ達が見えた。
 敏いミノリの事だ、海から来るサファギンだけでなく、森から攻めて来るゴブリンの事も視野に入れていた上での警報なのだろう。まだ中学生だと言うのに末恐ろしく感じる。
 しかしサファギンは彼女達に気を取られている暇など与えてくれず、トウヤと連絡が取れたのは随分と時間が経ってからの事だった。

「遅くなって申し訳ありません、トウヤさんどちらにいますか?」
姉ちゃんっ! そうだ、姉なら……!』
「落ち着いてください、今、どちらにおられますか?」
『チョウシの街の中央付近の大きな十字路で、意識の戻らないメンバーがいるんだよ! 姉、助けてくれ……っ』
「すぐに向かいます」

 休憩しているマリエールに一言告げ、海岸線を離れる。チョウシの街の中央十字路へと向かうと、辺りを警戒しているトウヤと合流した。

姉!」
「落ち着いてください、現状を説明して頂けますか?」
「蘇生魔法が効かないんだ! ルディ兄は<大地人>だから……っ」
「大地人……?」

 ミノリの発動する蘇生魔法を見やるが、確かに一連の儀式が完了しても横たわる彼が目覚める気配はない。ひとまず、MPが枯渇しそうなミノリとセララにポーションを私、現状を尋ねる。

「シロエさんの指示ですか?」
さん! はい、150秒ごとにセララさんと二人で交互に蘇生を行え、と」
「私の蘇生呪文のリキャストは交互使用した場合60秒ですので、次は私、セララさん、私、ミノリさんの順番で行います」

 そう言いながら<ソウルリヴァイヴ>を発動する。ミノリやセララの蘇生呪文に比べれば上位蘇生呪文である為性能は段違いだが、それでも<大地人>の彼が目を覚ます気配は感じられない。

「シロエさんの到着を待ちましょう」

 後は彼がどうにかしてくれる筈だ、と無責任な信頼を寄せ、歌う様な<吟遊詩人>の詠唱に耳を傾けた。





 グリフォンに乗ったシロエとアカツキの到着は想定より少し早かった。彼らは勢いを殺す暇すら惜しい様にグリフォンの背から飛び降りる。

さんが到着後は、75秒ごとに蘇生呪文を詠唱しています」
「わかった。ミノリ、ぼくをパーティーに誘って」
「はい」
「五十鈴さんだっけ? そのまま〈瞑想のノクターン〉を詠唱続行。いまから新しい魔法を使う。結果の責任は僕が持つけれど、このことは他言無用だ。
 納得できないなら諦めるか、ここから去って」

 シロエにしては珍しい程の強い口調で言い放ったが、吟遊詩人を始めとしたその場の面々は誰一人として怯まず首を降る。
 じゃあ、始めるよとシロエは<マナ・チャネリング>を詠唱する。その効果は「パーティー全員のMPを全て合計し、平均する」というもの。その効果が発動すると、パーティーを組んでいた5人は苦しそうに眉を潜めた。特に、シロエの負担が一番大きそうだ。恐らく彼は私達がMP不足の時に陥る、貧血の様な目眩の様な不快感に襲われているのだろう。

は蘇生、ミノリとセララは連続ヒールっ」

 彼の指示に従い、即座に蘇生呪文<ソウルリヴァイヴ>を発動する。その後はセララとミノリに習い、尽きそうになるMPも構わず、必殺魔法でもある<パラベラム>を発動する。パラベラムは対象を心身ともに最善の状態まで回復させる特技であるが、MP消費もリキャストも長い。しかしそれでもその青年の顔入りが戻る事はない。

「ここから先は時間との勝負だ。質問や時間を浪費させるのは厳禁だよ」

 そう言いながらシロエは<蘇りの冥香>を使用する。死んだ仲間や生物をゾンビとして蘇らせ、戦闘に用いる特殊なモンスター精製薬品である。その効果は蘇生ではなく、復活。しかしその効果は短く、3分後には確実な「死亡」が訪れるという代物だ。
 正直シロエがやろうとしている事など私の頭では理解も予測も出来ないが、恐らく彼は今まで誰も成し遂げなかった事をしようとしているのだろう。倒れる青年の目が静かに開かれる。

「ルディ……?」
「ミス・五十鈴……。ああ、みんな。そうか……。僕は、どうやら……死んじゃったらしいね」

 彼は周囲を見回すと、小さく笑い周囲に言葉をかける。

「みんな、いやだなぁ。……そんな顔をするなよ。戦いの結果、命を落とすなんて当然だろう?
 それでも僕は冒険者になりたかったんだ。ミス・五十鈴を責めるのはやめておくれよ? 頼み込んだのは僕なんだからさ」
「いえ、わたしだって気が付いていましたっ。気が付いていて、放置していたんですっ」

 ミノリが悲鳴の様な声を漏らす。誰よりも冷静に行動していたミノリも、内心は随分と動揺していたのだろう。

「はははっ。うん、ミス・ミノリ。ありがとう。……気にする事はない」
「いいや、気にするね」

 シロエが言葉を挟む。

「いいや、気にするね。ルンデルハウス=コード。この程度で諦めるやつが冒険者を名乗って貰っては困るな。それじゃ全然足りないぞ。……こんな場末の路地裏で果てるために何を学んだんだ。ダンジョンの中で学ぶのは、戦略や戦術だけじゃなく、生き抜く覚悟と、そのためにはどんな事でも工夫するという不屈の精神じゃないのか」
「シロエ兄ぃ」
「全然まったく覚悟が足りないぞ、ルンデルハウスっ」
「どうすればいいって云うんだっ! キミはっ!!」

 ルンデルハウスの瞳の中には悔しさとやりきれなさが一杯に給っていて、潤み、流れ始める。

「いいか、聞けっ」
「それは……」
「契約書、ですか?」
「契約書。
 〈記録の地平線〉代表シロエは、ルンデルハウス=コードと以下の契約を締結する。
 ひとつ。シロエはルンデルハウス=コードを、この書面にサインが行なわれた日付時刻を以て、ギルド〈記録の地平線〉へと迎え入れる。
 ひとつ。ルンデルハウス=コードはギルド〈記録の地平線〉のメンバーとして、その地位と任務に相応しい態度を以て務める。
 ひとつ、〈記録の地平線〉はルンデルハウスの任務遂行に必要なバックアップを、両者協議のもとできうる限り与える。これには〈冒険者〉の身分が含まれる。
 ひとつ、この契約は両者の合意と互いの尊敬によって結ばれるものであり、契約中、互いが得た物は、契約が例え失効したとしても保持される。
 以上、本契約成立の証として、本書を二通作成し、両者は記名のうえ、それぞれ一通を保管する」

 彼の宣言に、誰もが息を飲む。これは、<大地人>を<冒険者>へと生まれかわせる、これまでのエルダー・テイルには存在しえなかった魔法。
 <大地人>は蘇らないと言うエルダー・テイルのルールを、当人の根本を変化させて回避しようという反則級の行為なのだ。

「僕のサインは入れてある。後はキミだけだ」
「――け……ん……しゃ」
「君が望むなら」

 だけど、とシロエは続ける。

「これはリスクのある契約だ。キミはこの契約によって何らかの変質を受け、いままでとはまったく違った存在になってしまうかも知れない、。〈冒険者〉はこの世界ではまだ新顔で、今後どのような騒動に巻き込まれるかも判らない。おそらく君が思っているほどの栄誉は、〈冒険者〉にはない」
「僕がなりたいのは……冒険者で、<冒険者>じゃない。困ってる人を助けられれば、細かい事は気にしないんだ。……僕は、冒険者だっ」
「では」

 震える青年の手を吟遊詩人の少女がそっと握り、契約書にルンデルハウス=コードとサインが綴られる。燃え上がった署名の輝きは黄金色の燐光となり、シロエの技は、この異世界に承認されて新しいルールとなる。

「一度死ぬんだ。ルンデルハウス。……君は大神殿で復活する」

 ルンデルハウスが淡い光を伴って粒子状に舞い上がり、アキバの街へと転送される姿を、私はただ呆然と見送るしかできなかった。

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引用元  ログ・ホライズン(橙乃ままれ著)   loghorizon @ ウィキ