That's what I'm here for.

 エターナルアイスの古宮廷かチョウシの街か。二つの選択肢を提示された時、迷いなく私は第三の選択肢を選んだ。ここ、アキバの街へ残る事だ。

 自由都市同盟イースタルから招待されたエターナルアイスの古宮廷は<円卓会議>の代表として赴くものだし、私が参加しても無駄なだけである。しかも参加者は円卓会議の代表、そう、大手ギルドのギルドマスター達と、それに加えて<大地人>のお貴族様と言うお堅苦しいフルラインナップは、私で無くとも遠慮したい。護衛は腕の立つアカツキが付くし、シロエなら例え暗殺されたとしてもどうにかなるだろう。
 チョウシの街――<三日月同盟>主催の新人プレイヤーの夏季合宿にはうちのギルドの新人ミノリとトウヤを筆頭に、直継、にゃん太が参加する。その他にも数十人の低レベルプレイヤーと、それを統率する高レベルプレイヤーが各ギルドから数人算出されている為、手が足りているかどうかは別として私は不参加でも問題ないだろう。
 私は誰かにものを教える事に向いていないと自覚している。いや、正直に言おう。素人に教授するのは、面倒くさいのだ。

 兎も角、一人くらいはアキバに人員を残しておいて、見回りや事務連絡を行うべきである、とシロエを言いくるめてこの広いギルドホームに残ったのであった。
 今頃直継達夏季合宿班は目的地に到着してるかな、と掃除の手を休め当てはまる方角を見つめる。数日、ミノリとトウヤの訓練として数人が留守にする事はあったが、誰もいないこの場所は初めてである。騒がしい……のは直継とトウヤくらいだが、誰もいないだけでこんなにも物悲しくなるとは、ここ一月程で随分と<記録の地平線>に馴染んだものだ。
 不意に耳元で鈴の音が鳴る。念話の相手はシロエだった。こんな時にでもタイミングがいいのかと一人笑い、通話のボタンを押す。

「どう、そっちは?」
『今のところ問題はない。けど』
「けど?」
『すごく肩が凝る。会議の前の歓談と言うか、腹の探り合いが多くてね』
「あら?真っ黒クロエ様にはお似合いの戦場じゃなくて?」
までそう呼ぶの、やめてよ』

 疲れ切った様なシロエのため息に、カラカラと声を上げて笑う。慣れない土地に貴族相手の腹の探り合いは、彼ですら堪えるものがあるだろう。

『それで、アキバはどう?』
「特に何も。強いて言えば、美味しい中華の屋台を発見した事くらいかな」
『そっか』
「少し猫神様の手料理が恋しいけどね」
『班長は料理上手だからね』
「ここの食生活は現実すら凌駕しているわ」
『……料理、しないの?』
「猫神様と比べたら、ファーストフードみたいなものよ」

 シロエが呆れた様に笑う。

「まあ、元気そうで安心したわ。敵地って訳じゃないけど、どう転ぶかわからない相手だしね」
『それは極力回避するよ。まあ、僕の力の及ぶ範囲だけどね』
「大丈夫、シロエなら大丈夫よ。いざとなれば私が飛んで……は無理だけど、馬を走らせて盾になってあげるわ。アーマークレリックの硬さは伊達じゃないわよ?」
『はは、頼りにしてるよ』
「それじゃ、休める時にしっかり休んで頑張りなさい。アカツキにもよろしく」
『ああ、伝えておくよ。それじゃ』

 少しだけ余韻を残して通話は途切れる。再びしんと静まり返ったギルドホームで、シロエに着いて行けば良かったかな、と後悔を口にした。



10



 アキバでの静かな生活は、途中<西風の旅団>メンバーとアキバ市街の見回りを行ったり、<シンジュク御苑の森>で一人レベル上げを行ったりとあまり代わり映えしない日々が続いていた。
 一つ成果と言えば、にゃん太の食事がない日々を潤すべく、アキバ食い倒れマップが作成された事だろうか。<西風の旅団>メンバーは流行に敏い女子が多く、美味しい料理店などの情報も事欠かない。現在それを制覇すべく、毎日交流の出来た数人と共に食べ歩いていた。
 そんな中シロエから飛び込んできた、<ゴブリン王の帰還>イベントはまさに寝耳に水だった。

『僕達がどう動くかは今夜の会議次第になる』
「わかった。私はどうすればいい?」
『班長からの報告では、夏季合宿班でもサファギンとゴブリンの大規模侵略を受けているらしい』
「大規模って、実際どのくらい?」
『最低でも、一万』

 思わず絶句する。いくらレベルが低いモンスターとは言え、一万なんて数は96人で行うレギオンレイドですら経験した事がない。

「そっちは、大丈夫なの?」
『今の所は。<ゴブリン王の帰還>も、<イズモ騎士団>が動くんじゃないかって意見も出てる』
「ああ、いたわねそんなの。でもその様子じゃ、シロエ的には腑に落ちないみたいね」
『……僕は、楽観視していいか迷っている』

 シロエの重たい言葉を聞きながら、鎧を見に纏う。腰の愛剣も整備したてで輝いている。不要な物まで入れていた鞄を空にして、倉庫に保管していたポーションをあるだけ詰めて、愛馬を呼ぶ笛を吹き鳴らす。

「そうね、軍師たる者常に最悪を想定すべしってね。悪い事じゃないと思うわ。それでは<記録の地平線>の参謀シロエさん、最善を尽くす為には、私は何をすればいい?」



 いくら最短距離と言っても、グリフォンを持たず馬で移動する私にとってアキバからチョウシの街への道のりは少なく見積もっても5時間はかかるだろう。しかもあくまで全速力で向かったらの話だ。既に四方をモンスターで囲まれ始めているならば、到着した時の余力も残しておかなければならない。

 ――幸い、夏季合宿には高レベルプレイヤー、レベル30前後のプレイヤーが合わせて60人が参加してる。初心者と言えど少数のサハギンならば相手にできるから、一時的にその場を凌ぐ事ができると思う。足りないのは物資だ。それで、には先行部隊として届けて欲しい物がある。
 ――僕の記憶では、はギルドの倉庫に大量のポーション……それこそ、レギオンレイドにも数度耐え得る量を保存していたね? 申し訳ないんだけど、今回それを使わせて欲しい。

 シロエの言葉を反復しながら馬を駆ける。研究と称してサブ職業の<調剤師>で様々なポーションを作っていたのが幸いした。元より、使い道などなかったのだ。マーケットに出しても<円卓会議>発足以降、自動制作で作れるアイテムは値下がりしており、手間をかけても碌な金にもならない物だ。こうして、必要とされる所で使われた方が製作者冥利に尽きる。
 それにシロエはこうも言ってくれたのだ。恐らくこのクエストを請け負う事になるから、料金は円卓会議に請求しても良い、と。



 チョウシの街へと辿り着いたのは、不眠不休で走り抜けたとは言え想定していた時間よりも随分と遅れての事だった。なんせ目的地に近づくにつれゴブリンを始めとしたモンスターとのエンカウントが増えるのだ。相手のレベルが低いとは言えこっちは回復職、攻撃力は戦闘職と比べるとお粗末なもので、殲滅には時間がかかる。

「<記録の地平線>、遅れ馳せながら到着致しました」
ちゃん! 待っとったで〜、今な、川に近い倉庫におるんよっ』

 マリエールから大まかな本陣の場所を聞き、周辺を警戒しながら森を駆け抜ける。彼ら殲滅部隊に与えられた小屋は、思いの外大きなものだった。
 扉を開けると休んでいた冒険者達の視線が一斉に向けられる。内心それに怯みながらも、小屋中央で地図へと向かうマリエールへと駆け寄る。

「マリエールさん」
ちゃん、思っとったより随分早かったな〜。無理しとらん?」
「いえ、問題ありません。こちらをお使い下さい」
「ありがとう、低レベル帯やからって、皆あんま持って来ぃへんかったんよ」

 マリエールにアイテムを渡すと、狼牙族の少年がそれを周りに配分する。

「辺りを確認した所、ゴブリン族はチョウシの街から5キロ以内には見当たらない様でした」
「もう半日はゴブリンと戦闘してねぇな」
「直継さん、ご無事で何よりです。ミノリさんとトウヤさんは如何されておりますか?」
「あっちで休んでる。まあ昨日は連戦祭りだったからな」

 直継も少し疲れた様に、しかしそれを悟らせない仕草で肩を上げる。

「海上には数百、もしかしたら数千のサファギンがおる。ここからが本番やな」
「現在、アキバの街の冒険者が大隊を組んでこちらへと向かっております。それまで耐え凌げば、我々の勝利です」
「マリエさん、いっちょ景気づけに号令頼むわ」
「わかったで。えっと。……あ、あんな、みんなな!」

 マリエールが声を張り上げる。

「今まで力を貸してくれておおきに。みんなの力で、チョウシの町は1人の犠牲者も出さず、多くの田畑を荒らされもせずに、ゴブリンからの攻撃はしのいだ。これは本当に嬉しいことや。でも、もうちょい。こっちの敵も倒さんと終わらん……。この町を守りきる事にならん。もう一戦、力を貸してや……。うち、みんななら出来るって信じとる。――ん、いこうっ!! 出陣やっ!!」

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引用元  ログ・ホライズン(橙乃ままれ著)