一悶着はあったが、結果的に私は<記録の地平線>へと参加する事となった。導眠剤としてストックしていた蒸留酒を成人したメンバーと空け、にゃん太の手料理を肴にハイペースで飲んでいた。酔いからか開き直ったからか、異常に饒舌だ。
「病み上がりなのに、そんなに飲んで大丈夫なの?」
「冒険者になってからはアルコール耐性もついたみたいだし、問題ないわ。それに、酔ってた方がよく眠れるし」
口に出してから失言だと気づく。アカツキやミノリは少し気まずそうに目を伏せた。シロエも苦笑している。
「今回の経緯、聞いてくれる?」
「別に無理に話さなくても……」
「いや、酒の肴として笑い話にでもしなきゃ、私の苦労が報われないわ。それに原因は、笑っちゃうような事だったしね」
景気付けにきつい酒を喉の奥へと流し込む。そう、始まりはとても些細な事だったのだ。
09
「私がPKされたのは、皆知ってるのよね? 正直、何処からの情報かも知らないんだけど」
「<三日月同盟>の新人が一部始終を目撃していたんだ」
「ああ…その子には悪い事しちゃったみたいね。見てて楽しいもんじゃなかったでしょ」
(証言を纏めた資料にすら嫌悪感を覚えた程だ。本人も、目撃者の少女も相当なトラウマになっただろう)
「まあ、結構酷いPKされちゃったんだけど、学ぶ事もあったわ。痛みは恐らく現実よりかは軽減されてるみたいだし。まあ、現実で腕吹っ飛ぶなんて怪我した事ないんだけどね」
「あ、あの……後遺症とかは……?」
ミノリが眉を寄せ問う。少々子供には酷過ぎる内容だったか。
「神殿から復活すれば全て元通りね。アイテムのロスト、経験値の減少以外は」
「他にデメリットが無いと?」
「さあ、たかが1回よ。何か悪影響がありそれが小さなものなら、回数を重ねないとわからないでしょうよ」
「しかし、気軽に試せる事じゃないな」
シロエが眉を寄せる。
「アキバで死亡のデメリットに一番詳しそうなのは、"狂戦士"クラスティとかかな。<D.D.D>は大災害以後も率先して戦闘を行っている様だし、レイドで見た限り"狂戦士"の名に違わぬ戦い方だから、既に何度か死んでるかも」
「ナツキは<D.D.D>のレイドに参加した事が?」
アカツキが意外そうに目を見開きながら、違う所へと食いついて来た。確かに大災害以後、ソロプレイで通してきたが、それ以前は誘われる形ではあるがレイドやパーティーに参加していた。
「今はINしてないんだけど、仲の良かった子が<D.D.D>所属でね。四六時中オンラインだった時代は突発レイドの人員補充で何度か参加した事があるのよ。まあ、向こうは私の顔すら覚えていないだろうけど。
で、神殿送りの話ね。このギルドでは誰も経験したことないんだっけ?」
「ああ、ねーな」
「それは行幸。前衛組はわかると思うけど、大怪我に低レベルプレイヤーが回復したくらいじゃ痛みは引かないんだよね。致命的な怪我でHPが残っている場合は、状況に寄っては介錯してあげた方がいいかも。バッドステータスも残らないしね」
新しくワインのコルクを引き抜く。神殿送りを経験した事のない面々は思う事があるのか、神妙な面持ちでむつりと黙りこんでいた。
「後は<冒険者>の行動次第でバッドステータスが発生するって事かな。ミノリちゃん、私がここに来た時、何かバッドステータスはついてなかった?」
「衰弱がありました」
「そうなんだ、ありがとう」
「つまり、生活状態によって今後病などが発生する可能性があるかもしれないのか」
彼の発言を肯定する。つまり、怠けた生活は体に毒だと言う事だ。
「それで、今回の発端なんだけど」
少しだけ沈んだ空気を払拭する様に声を張る。今まで散々貢がせて姫の様なプレイをしていたギルマスがネカマで、微妙な容姿のせいでギルドが解散したと言うなんともしょうもない顛末は、難しい顔で考え込んでいたミノリの笑顔を引き出す事に成功した。
◆
双子は既に部屋で休んでいるし、ここぞとばかりに酒を浴びる様に飲んでいた直継は潰れ気味だ。シロエはそれを介抱している。うとうとしていたアカツキを、あれだけ飲んだのに顔色一つ変えないにゃん太がエスコートするのを見送り、しんと静まり返ったギルドホームを後にした。
夜風が心地良く、酔いを覚ましていく。深夜にもかかわらずアキバの中心街の方は明々と灯りが点いており、少し現実を思い出した。
「!」
背後から慌てた様なシロエの声が聞こえた。彼は珍しく表情を崩しており、私に駆け寄る。
「また、一人でいなくなるかと思った」
「流石にそこまで薄情じゃないわ。<記録の地平線>には、借りがあるし」
「そういうの、やめない?」
「そういうのって、どういうの?」
「貸し借りとか、恩義とか……僕達は同じギルドなんだし。はもう、<記録の地平線>の仲間だよ」
眉を下げる様に笑うシロエ。彼のこういう所には、叶わないなあと息を吐く。
「貴方ってずるい人ね、シロエ」
「そうかな?」
「分かってて言ってるんでしょ。貴方って、随分と色んな所にまで頭が回るのね。底が知れないわ」
「僕は今日一日での事は大体理解できたかな。意地っ張りで臆病で、少しだけ泣き虫だ」
そんなことない、と否定しかけて口を噤む。シロエの見立ては正確だった。彼相手に否定するだけ無駄だ。
「だけど、泣き虫ではない」
「じゃあ、そういう事にしておく」
シロエは結構意地悪だ。内心呟く。しかしススキノでパーティを組んでいた時代には考えられない様なやり取りも、少しくすぐったいが嫌ではなかった。
◆
「おはようございます、シロエさん」
二日酔いを訴える直継を無視して食卓へと着くと、穏やかな笑顔を浮かべるの言動に面食らう。それはまるで、昨日の出来事が嘘の様な、完璧な"智の神官"の表情だった。
「なんでまた…」
「昨晩色々考えた結果、やはり私にはこっちの方が都合が良い気がしまして。お優しいギルマスのシロエさんでしたら勿論、了承してくださいますよね?」
刺が隠しきれていないの言葉に、驚きにずり落ちた眼鏡を直しながら返す。
「がやりやすいって言うんなら、別に構わないけど……別に、真実を知ってるギルド内でもやる必要はないんじゃない?」
「……一理あるわね。でも、普段からやっておかないとボロが出そうだし」
彼女の外面の良さは折り紙つきだが、ここまで豹変すると色々と支障が出るのも理解出来る。しかし素のを知っている以上、彼女の善人面は違和感を感じる事も確かだ。実際、昨日がと初対面のミノリとトウヤは微妙な顔をしていた。
以後、彼女の"神官モード"と呼ばれる顔は、少しずつ頑なさをなくしながら上手く使い分けられる事になる。