That's what I'm here for.

『なあ、シロ坊。ちょっと時間作ってこっちに来て欲しいんやけど……』
「どうしたの、マリ姐」

 マリエールからの念話は何度もあったが、ここまで狼狽した彼女の声を聞くのは初めてだった。

『ちょっとな、ここでは言えん話や。とにかく、三日月同盟まで来てくれん?』
「わかったけど、僕だけでいいんですか?」
『うーん、そうやね、直継やんとか……ちゃんと一緒にパーティー組んだメンバーは来て貰ったらいいと思う』
さんが? ……わかりました、直継とアカツキと」
『待って! あのな、アカツキちゃんは……アカツキちゃんは聞かん方がええ話やと思うんよ』
「わかりました。すぐ向かいます」

 只ならぬ事態の様だし、行っていた仕事を中断して直継に声をかける。僕だけでは判断しきれないかもしれないから、にゃん太班長にも声をかけ、3人で<三日月同盟>のギルドホームへと赴いた。



07



 <三日月同盟>のマリエールの部屋には、彼女とヘンリエッタと、見知らぬ少女がいた。泣き腫らした様な目で床を見つめる彼女は、涙は止まっているが今すぐにでもまた泣き出しそうな表情だ。

「呼び出してごめんな。うち、ちゃんと仲いい子ってシロ坊達しか思いつかんで……」
「いえ、大丈夫です」
「この子、うちのギルドの新人なんやけど、ちょっと前から元気なくてな。
 話せるか?」

 コクリと少女が頷き、細々とした声で言葉を紡ぐ。

「あ、あの……わたし、7日前にフィールドでレベル上げをしてたんです。皆よりもレベル低いから、頑張らなくちゃって。そうしたら、フィールドの端から、叫び、声が聞こえて……っ」

 少女の目に透明の膜が貼る。

「私は施術神官だから、誰か怪我をしてるかもしれないって、様子を見に行ったんです。でも、モンスターもいなくて……探していると、おんなの、ひとがっ!
 女の人が、何人かの男の人に囲まれてうずくまっていたんです。その人、右手の腕がなくて…血が、血がいっぱい……っ!」

 ついに彼女は泣き出してしまった。マリエールが慰める様に背中を擦ると、堪えきれなくなったのか悲鳴の様な声を上げてマリエールに縋りつく。これ以上彼女に話して貰うのは無理だと判断したのか、ヘンリエッタが一歩前に踏み出した。

「正直、聞いていて気持ちの良い話ではありませんが、詳細を聞きますか?」
「お願いします」
「わかりました。マリエが彼女から聞いた話しに寄りますと、その右腕のない女性は……さんだった様です。服装を確認した所、何度かクレセントムーンで確認した彼女の私服に類似しておりましたし、男が何度も彼女の名前を呼んでいたと」
「待ってください、フィールドに鎧装備ではなくただの私服でいたんですか? 防御力は皆無ですよ?」
「円卓会議発足以後、アキバの治安は安定していますので、街中では鎧を脱ぎファッションを楽しんでいる冒険者もおりますわ。つまり、彼女は――」
「自分の意志でフィールドへと出た訳じゃないのか」
「ええ、そうなりますわね。
 次に、男はさんの右腕を攻撃、腕は切断には至りませんでしたが……」


 ヘンリエッタが手元の書類を覗き込みながら口篭る。彼女の顔色からして、あまり良い内容だとは思えない。


「書類を見せて貰えますか?」

 無言で差し出す書類を受け取り、目を通すとその内容に言葉を無くした。目が滑り、内容を理解するのに時間がかかる。

「……知らせてくれた彼女は、部屋に返してください。何度も思い出したくない内容ですし」
「わかりました」

 ヘンリエッタが泣きじゃくる少女を連れて退出する。部屋に残された3人は、神妙な顔で僕の言葉を待った。

「……聞く?」
「ああ」
「右腕切断のち、左腕は切断しきれずねじ切られ……彼女のHPが瀕死になると、仲間の森呪遣いが回復。両腕が済んだら数本の小型のナイフで両足を……串刺しにして、切断。
 最後は喉を切り裂いて、殺した」

 直継の握りしめた拳が怒りで震えている。僕も頭がどうにかなりそうだった。同じ人間――しかも無抵抗の女性だ――相手にこんな事ができるなんて。

「主犯格の名前は覚えていないが、男なのに"姫"が付く名前だったらしい」
「……話を聞く限りジョブは暗殺者やと思う。恰幅のいい、双剣を持った大男やったって」
「それだけわかれば十分だ」
「少々、お灸を据えに行きますかにゃ」

 装備を確認しながら立ち上がる直継に、にゃん太も続く。

「僕は、さんの所へ行きます」
「頼むわ。あの子な、いつ見ても一人でおって、心配なんよ」
「わかりました。直継」
「おお」
「僕の分も頼む」

 任せとけ、と腕を上げる直継達を見送り、僕はアキバの街を駈け出した。





 恨まれる様な人ではない。彼女は人との距離の取り方が上手く、相手にそれを感じさせない。僕がそれに気付いたのは、自分と似ていたからだ。人当たりも良く、引き際も心得ている。いや、少し消極的過ぎる嫌いもあるが、エルダー・テイルがゲームであった頃はそれが丁度良かったのだろう。
 古びた宿屋の一室、彼女のレベルや所持品を顧みれば粗末すぎる部屋。その扉を静かにノックする。

さん、僕です。シロエです」

 何か御用でしょうか、と少し遅れて返事が返ってくる。

「開けて貰えますか?」
「申し訳ありません、現在室内着ですので人とお会いするのは憚られます」
「構いません」

 長い沈黙の後、古い扉が軋みながら開く。数週間ぶりに会った彼女は酷く痩せて、目の下の隈も目立った。「すみません、こんな格好で」と彼女はいつもの様に微笑み部屋へと招き入れ様とするが、背を向けた瞬間、その場にしゃがみこんでしまう。

「すみません、ただの立ち眩みですので」

 椅子も机もなく、ただベッドがあるだけの部屋。部屋の奥にあるベッドへと、彼女の肩を支えて誘う。二人並んで腰掛けると、硬いベッドが音を立てて軋んだ。

「大丈夫ですか?」

 僕の問いかけに、彼女は頷く。大丈夫な筈あるか、と心の中で吐き捨てた。彼女の虚ろな双眸を覗き込み、もう一度同じ質問を繰り返す。彼女が音を上げるまで、僕はこの質問を繰り返すつもりだったが、勝敗はすぐに決した。
 眠れないの、とは呟き、目を見開いたままボロボロと大粒の涙を流した。女性の涙などに免疫の無い僕は、内心狼狽えながらも彼女の肩を支え、言葉を促す。

「眠ると……夢の中では何度も、何度も繰り返されて……!」

 堪えきれず僕の胸に押し付けられた体は、小さく震えていた。こんなか細い体で、あの地獄の様な責め苦を味わったのかと考えると、喉の奥から苦味が湧いてくる。

「大丈夫、あいつはもうアキバには戻らないよ」

 震える背中をそっと抱きしめる。の嗚咽は収まるどころか、更に大きくなっていた。彼女は自分が何を言っているか既に理解できないのか、痛い、怖い、と苦しそうに喘ぐだけだ。そっと<アストラルヒュプノ>を発動させながら、彼女の背を撫でる。

「僕が側にいるから、安心しておやすみ」

 相手を眠らせるスキル、<アストラルヒュプノ>は効果時間は短いが不眠だった彼女を深い眠りへと誘うのには十分だったのだろう、その日彼女が目覚める事はなかった。

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引用元  ログ・ホライズン(橙乃ままれ著)   loghorizon @ ウィキ