That's what I'm here for.

 <円卓会議>と呼ばれる、アキバの自治問題に関する機構が発足されてからアキバの街は変わった。、<黒剣騎士団>と言った大手戦闘系ギルドや流通を担う生産系ギルドの多くが参加しているのだ。影響力は計り知れない。その他中小もギルド未加入者も、アイテムや金銭を預けている銀行があるギルド会館を抑えられているのだ、従う他ないだろう。
 円卓会議の発起人はシロエらしい。数日前まで一緒に旅をしていた彼だったが、随分と遠い人になってしまったと一人からりと笑う。
 彼の成した事は大きかった。迷惑行為を取り締まる警察の様な見回りも大々的に行われているし、アキバの街を歩くのに大層な装備も武器も必要ない。蒸気機関の発明も相次ぎ、少しずつではあるが生活レベルも上昇してきている。アキバの街を蘇らせたのは紛れも無く彼だろう。
 そんな彼の恩恵にあやかりつつ、身軽な服装で外へと赴く。冒険者になってから腕力や体力は現実とは比べ物にはならない程強くなったが、重装甲型の装備である全身鎧は僅かではあるが重さを感じるし、動く度に音を立てて鬱陶しくもある。魔法の鞄と愛剣<オートクレール>を腰に下げているだけだ。



06



 余談ではあるが、最近私に二つ名と言うものが付けられた。なんでも、何処かの知識深い冒険者が<オートクレール>に関する逸話を知っていた様なのだ。
 ローランの歌という叙事詩に登場する、主人公ローランの親友である聖騎士オリヴィエの持つ剣らしい。智将と呼ばれたオリヴィエになぞらえて、"智の神官"と呼ばれているらしい。なんとも恥ずかしい呼び名である。
 活躍どころか知名度すら欠片もない私に二つ名が付くとは、幻想級アイテム恐るべしと言った所か。しかし恥ずかしいのでやめて欲しい。最近では名前がひとり歩きしている感も拭えない。

「おい、

 考え事をながら歩いていると、不意に背後から呼び止められた。背が高く恰幅の良い男性プレイヤーで、正直見覚えがない。メニュー画面を開き、名前を確認するとようやく合点が行った。

「おひさしぶりです」
「ああ、よくわかったな」
「お名前が同じでしたので」
「名前は変えられなかったんでな」

 大災害直後まで所属していたギルド<ロスト・メモリー>のギルドマスターだった。
 このギルマスは大災害以前は美少女アイドル的存在でギルド内の人気を集めていた。所謂ネカマだ。それがこんな自体になり、ギルド内は阿鼻叫喚。ギルマスがネカマだったので解散しました、なんて笑い話にしかならない。
 外観再決定ポーションを使用したのだろう、名前は可愛さを残しているが、姿形や声に違和感はない。しかし、混乱の最中逃げ出す様にギルドを離れた私に、この人はいったい何の様なのだろう。内心首を傾げる。

「お前に用があったんだよ」
「何でしょうか?」
「解散したギルドの話だからな、ここでは少し話しづらい。移動するか」

 大通りの道から逸れて、人気の無い方へと連れられる。あ、何かやばいかも。自分の第六感が告げる。

「あ、あの用件とは……」
「いいから、黙ってついてこい」

 先程の人の良さそうな話し方とは相変わって、低く乱暴に呟かれる。背中に何かを押し付けられているが、恐らく彼の愛用の双剣の一振りだろう。嫌な汗が流れる。

「ここは戦闘禁止区域ですが? 衛兵が飛んできますよ」
「なあに、だから俺達はあっちへ向かっているんだろう?」

 一歩ずつフィールド――戦闘可能区域へと近づいている。私の装備はただの布で出来ており、防御力は皆無だ。戦っても勝ち目はない。しかし装備がない今、移動能力や回避能力の底上げもされていない状況で、暗殺者である彼から逃れられる筈もなかった。抵抗は無駄、詰みだ。
 後ろに刃を突きつけられ、人気のない初心者向けフィールドの端へと移動する。アキバの街からあまり離れていないのは、乱入者対策だろうか。そんな心配をせずとも、私を助けに来る人などいないのに。半分ヤケになりながらも、覚悟を決める。
 幸いアイテムで重要なものは持っていないし、武器も幻想級の物なのでPKされてロストする心配もない。食事を買いに来ただけなので手持ちの金貨も多いわけではない。一度サクッと殺されれば、彼も満足するだろう。ドンと突き飛ばされ、彼と対峙する。その瞳は憎悪に濁っている。

「低レベルゾーンではPKは禁止されている、と円卓会議の決定ですが?」
「そんなのは関係ねぇよ、俺もお前も、レベルは90だ」
「同レベルの、丸腰の冒険者を多人数で囲むと言うのは問題があると思いますが」
「知らねぇなあ、円卓会議に問い合わせてみるか」

 落ち合っていたのだろう、彼の仲間らしき数人が取り囲む。逃走の可能性は皆無になった。

「……どうしてこんな事を?」
「どうして? どうしてだぁ!? 俺達が揉めていた時、一抜けした卑怯者がのうのうと生きてるんだぞ! それに幻想級アイテムまで手に入れて……! 挙句の果てに"智の神官"だァ? 笑わせんじゃねぇよ!!」

 ギルマスのスキルが発動したと気づいたのは、私の右手が消えてからの事だった。

「あ、う、あぁああああああ――――――ッ!」

 左手で切断面を握りしめて膝を折る。モンスターとの戦闘時に味わった痛みとは全く異なる、文字通り苦痛が私を襲う。流れ出る血は留まる事を知らず、徐々にHPを削って行く。
 下衆びた笑い声が続き、残る左腕にも激痛が走る。切断には至っていないが、折れた骨が露出していた。

「おーっと、まだくたばってもらっちゃ困るぜ」

 彼の仲間だろうか、何処からか<ヒール>が飛んできて、HPが回復される。しかし切断された腕も、ぶら下がる左腕もそのままだ。痛みは絶えることはない。

「じっくり、楽しもうぜ」

 千切れそうな左腕をねじ切りながら男が笑う。悪夢の始まりだった。

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