That's what I'm here for.

 グリフォンでススキノを脱出した後、ライポート海峡を超え更にいくつかのエリアを超えて丘陵地帯へと辿り着く。アカツキを先頭に適当な地形を探し、野営の準備を終えた頃には辺りは墨で黒く塗りつぶした様な闇に覆われていた。
 パチパチと爆ぜる焚き火を眺めながら、にゃん太の作った料理に舌鼓を打つ。彼らと合流して正解だった。あのまま鬱陶しい程陰鬱なススキノに留まるのが嫌で彼らに合流したのだが、まさかエルダー・テイルで風味のある食事にありつけるとは。今までふやけた煎餅の様な物を口にしていたのが嘘の様だ。この調理法を発見し、勿体振る事も無く教授するにゃん太を見つめながらこんがりと焼けた鹿肉を口に運んだ。

っちももう一本いかがですにゃ?」

 鹿肉の串を手渡しながらにゃん太が微笑む。思わず「神様」と突拍子も無い呼び名が唇から零れ落ちた。

「にゃ?」
「神様とお呼びしてもよろしいですか?」
「好きにすると良いですにゃ。しかし、吾輩はただの猫ですにゃ」

 にゃん太の呼び名が猫神様に決定した瞬間だった。



04



「はじめましてっ。ご挨拶も遅れましてっ。今回は助けて頂いてありがとうございます、セララですっ。〈森呪遣い〉の19レベルで、サブは〈家政婦〉で、まだひよっこ娘ですっ」

 女子高生だ。女子高生がいる。
 若々しい自己紹介に、思わず歳の差を感じる。私が高校生の頃あんな感じだったかな、と一瞬過去を振り返るが、嫌な事まで思い出してしまいそうになり忘却した。

「クラスの三大可愛い娘で云うと三番目なんだけどラブレターをもらう数は一番多いとかそんな感じだぜっ」
「は、はひぃっ!?」

 初対面にも関わらず、直継がよくわからない評価を述べる。成程、彼の言う事はわかる気がする。庇護欲をそそるのだ。同時に嗜虐心も湧いてくる。
 セララが顔を染め返答に詰まると、間髪入れずにアカツキが彼の顔に膝蹴りを叩き込んだ。これは、彼女達が加わる前でも幾度と無く目にした流れだ。様式美である。

「あー。これは直継。<守護戦士>。腕は信用できる」
「でも下品でお馬鹿」
「直継っちは昔からこうなのですにゃ。えっちくさい人だと思って大目に見てあげて欲しいのですにゃ。それに、さっきの台詞はセララさんを褒めているのですにゃん」
「え?」
「クラスでも一番もてる。そう言ってくれてるのですにゃ。直継っちは照れ屋ですからにゃー」
「おい、ちょっとまて班長。別にそう言う訳じゃねぇ。おれは美少女よりもおぱんぎゅっ!!」

 直継の台詞を遮るように再びアカツキの膝蹴りが決まった。
 戯れる二人を見つめながらにゃん太はそちらのお嬢さんは?とアカツキに話を降る。にゃん太をじぃっと生真面目な視線で凝視したアカツキは、やがて頭を下げると「若輩者のアカツキです、老師」と挨拶をする。補足する様に暗殺者で追跡者、頼れる存在である事がシロエの口から述べられる。
 闇夜に光る猫の目は最後に私に向けられた。彼女は――と口を開くシロエの言葉を遮り、いつも通りの笑顔でにゃん太に腰を折る。

と申します。メインは施術神官、ご覧の通り重装甲型です。サブは調剤師ですので、何かご入用がありましたらお気軽にお申し付けください。
 シロエさん達とはつい先日、ビャッコの墓標でお手をお貸し頂きまして、図々しくもご同行に預かりました」
さんは攻撃回復共に優れていて、僕達もとても助かっています」
「十分な連携が取れていたのに、出会って数日とは驚きましたにゃ」
「シロエさんの的確なご指示故です。私も、猫神様とシロエさんの戦闘には息を呑むばかりでした」

 にゃん太の作ったと言うアップル・ブランデーで口元を湿らせる。芳醇な香りに思わずほう、とため息が漏れた。





 それからの旅は順調だった。
 元々3,4人でもなんとかなっていたが、にゃん太とセララが加わった事により旅路は一気に楽になり、彼らもセララを救出した事で安堵したのか、行きよりもゆっくりと歩みを進めた。
 器具や調味料が限られているとは言え、にゃん太が腕を振るう食事にはレパートリーがあるし、戦闘も格段に楽になった。野営の準備も日が落ちぬ内から始め、数を重ねて行く度に皆手慣れて来て星空の下での生活ながら随分と余裕が生まれていた。

「それにしても、なんで中年趣味かねぇ」
「セララは趣味がよい」

 そう、軽口を叩ける程度には。

「アカツキもにゃん太はOKなの?」
「老師は一流の剣士だ」
「……さんも?」
「猫神様は神様ですので……色恋では無く、崇め奉る対象です」

 アカツキと私の返答に、シロエは手を口元へと運びながら思案している様だった。考え込むシロエを慰める様に、アカツキが袖を引いた。

「主君。主君」
「どうした?」
「主君は剣士ではないが、大層手練れだと思うぞ」

 いちゃつく二人にそっと手を合わせる。

「ご馳走様です」
「……さん。僕達、あなたに大いなる誤解を受けている様な気がするんですが」
「いえいえ、若いとは良い事ですね。私にもそんな時代があった事が懐かしく感じます」

 からかうように視線を二人へ向けると、アカツキは拗ねた様に否定の言葉を吐き出し、シロエは眉間を抑えた。





「だいたい、さんはいくつなんですか……」

 旅を続ける中で、少しだけ打ち解けてきたは次第に僕達をからかう様な言動も増えてきた。

「女性に年齢を尋ねるなんて、マナー違反ではありませんか?」

 少し距離を感じる。僕達は彼女の戦闘スタイル以外は欠片も情報を与えられていなかった。外見年齢はアカツキよりかは年上に見える。僕と同じくらいだろうか。しかし、一歩引いて僕らを見つめる姿勢はとても老成して見えた。そう、僕やアカツキよりも、班長に近い気が――

「良からぬ事を考えておいでですね」
「え、いや、そんな!」
「思考は自由ですので、咎めるつもりはありません」

 ええ、怒ってなどおりませんよ、と綺麗に微笑むはいつもの雰囲気とは違って見えて、何故か背中に冷たい汗が流れた。

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引用元  ログ・ホライズン(橙乃ままれ著)   loghorizon @ ウィキ