That's what I'm here for.

 そうなんですか、大変ですね。と彼女は少し眉を下げた。
 一見すれば、彼女はとても上品で義理堅く礼儀正しい様に見えた。交わした言葉は少なくはないが、彼女の言葉からはこちらに対する関心と言うものが伺えなかった。翌日、僕と直継がグリフォンを呼んだ時も彼女は「すごいですね」と微笑んだだけで、僕にはその言葉がただの社交辞令の様に聞こえた。
 施術神官の、レベルは91になったばかり。プレイスキルは問題ない、むしろ攻略サイトのお手本の様な動きで、攻守ともに優れている。人間性も丁寧で好感が持てる。しかしながら、僕は彼女に対する猜疑心を払拭できなかった。きれいな言葉で何かを隠している様な――。

「シロエさん?」

 顔を上げると、考え事の張本人覗きこんでいた。

「わっ」
「えっ」
「す、すみませんさん……少々考え事を」
「お疲れでしょうか? 少し休憩を挟みますか?」
「いえ、大丈夫です。進みましょう」

 どうやら立ち止まっていたらしい、先頭を歩く直継が振り返ってこちらを見ている。どうした、シロ。と言う彼の問いかけに、なんでもないと足を速める。
 ススキノの街は目前だった。



03



 ゲームをプレイしていた時は、退廃した旧文明であるビルの中に防寒対策として住居を構えるなんてよく設定が練ってあるなと思っていたが、実物をこの目で見てみるとなんだか変、としか言い様がなかった。住居として意味を成さないならば壊してしまえばいいのに。エルダー・テイルの大地人はエコロジーな考えの人が多いのか、それとも破壊するだけの文明が無かったのか一人で思案する。冒険者だったら行けるかもしれない。妖術師の高レベル魔法で一気にドーンと。

「壊せばいいのに」
「え?」
「いえ、独り言です」

 独り言を拾われた恥ずかしさに、明後日の方向を見る。現在私達はススキノから十数分というエリアに偵察用のキャンプを築いていた。なんでも、シロエさん達の迎えに来た知人と言うのは、ススキノを拠点とするギルドとトラブルを起こして、救出するには戦闘も有り得るらしい。
 救出って。知人を迎えに来たとだけ聞いていた私は寝耳に水だ。

「続いて、フォーメーションの確認。まず、アカツキ……は最初から隠行術と無音移動を使用。気配を消してついてきてください」
「敬語禁止」
「うー。判った。――直継と僕、そして気配を消したアカツキは通常通りゲートから街に侵入。合流地点の廃ビルを目指す。アカツキはどこか付近の隠れられる場所を見つけて、ビル全体を監視。トラブルがあったら僕に念話で連絡して」

 フォーメーションって。そんな大事なんですか。

「直継はビルの入り口付近に陣取る。出来れば通りと内側の両方が見える場所がよい。その場所で外側と内側のトラブルに備えて待機。僕はそのままビル内側に入り、セララさんと合流。速やかに連れ出して直継の処まで戻る」
「おっけー。えーっと、なんだ。協力してくれる第三者ってのはどうするんだ?」
「まだはっきりとはしないんだ。個人的には、とりあえずその人もろとも一回ススキノからは脱出しちゃおうと思う。アキバまで一緒に行くかどうかはともかくとして」

 シロエが手元の紙から目を離して、こちらを振り向く。先程から他人事としてシロエを観察していた為、ばっちり目が合ってしまい少々気まずい。

さんは……この件に関しては無関係ですが、ススキノでの用事がすぐに済む様でしたら僕達と一緒にアキバへと帰った方がいいと思います」
「わかりました。終了次第、合流させて頂きます。
 しかし脱出時点で私の姿が見えない場合は、お気になさらずご帰還ください。これ以上ご迷惑をお掛けするわけには参りませんので」
「……わかりました」
「ではシロエさん、アカツキさん、直継さん、お気をつけて」
もなー」
「後ほどまた」

 見送る3人に頭を下げ、一人ススキノの街へと足を踏み入れる。ススキノの街は荒廃していて、人影も疎らだ。値踏みする様な視線を無視して、クエストを受注したNPC――現時点では大地人だが――を尋ねる。気難しそうな鍛冶師の男は、私からクエストアイテム<水晶>を受け取ると工房の奥へと引っ込んだ。
 10分、いやもっと長い感じたが、もしかしたら数分も経っていない。満足そうな顔をした男が一振りの剣を持ち現れた。黄金の柄を持ち、柄頭に水晶がはめ込まれたその剣は、随分と手に馴染んだ。

プレイヤーさんが、ゾーンススキノにおいて、幻想級アイテム『オートクレール』を手に入れました。

 パッと、視界にそんなログが流れる。レイドで手に入れた時は、秘宝級ではあるがただの薄汚れた剣だったのだ。それがクエストを重ねる内に、幻想級にまで鍛えられた。確かに長いクエストで素材集めには苦労したが、まさか幻想級のアイテムになるなんて。隠せない喜びに、体が震えた。





 心の何処かで、彼女とは合流する事はないのではないかと思っていた。
 現に、セララを狙う<ブリガンティア>のパーティと戦闘を行っているさなか、いつもの様に穏やかな――しかし仮面の様な笑みを貼り付ける彼女の姿を見て驚いてしまった自分がいたのだ。

「遅れてしまい申し訳ありません。しかし、事は順調に進んでいる様ですね」

 は重さを感じさせない動作でゆっくりと黄金の柄を持つ剣を抜く。あれが、先程ログにも流れた<オートクレール>。彼女が身の安全よりも優先していた、幻想級武器――!

「おめでとうございます」
「ありがとうございます。私、今とても機嫌が良いのです。面倒な事は早急に片付けて、自慢させてください」

 レベルの低い<森呪遣い>セララのサポートをしながら、彼女がクスリと笑う。短い旅路ではあったが、彼女の軽口は初めて聞いた気がする。が参加した事に寄り生まれた余裕に、僕も笑みを返しながら直継を援護すべくスキルを展開させた。





 ここで私が猫の盗剣士と直継を中心にパーティ全体のHP管理を受け持っても問題は無いのだが、今回は恐らく森呪遣いの少女への戦闘指南もあるのだろう、部外者がでしゃばるのもみっともないだろう。シロエの少女への支持を聞き流しつつ、前へ出る。
 癒しの力を破壊の力に変換する自己強化特技<ディバインマイト>を発動すると、シロエ私の意図を汲んだのだろう、小さく頷く。命中力を高める<ホーリーヒット>と、攻撃が敵にヒットする度に癒やしの力が広がる<ヒーリングフォージ>を駆使しながら直継へと群がる<ブリガンティア>の面々を白銀に輝く<オートクレール>で斬りつける。敵のヘイトは完全に直継へと向いている為、楽な作業だ。時折直継と猫への回復をサポートしつつ、施術神官の一撃必殺とも言える<フェイスフルブレード>を練習してみたりもした。溜め動作が長く、中々決まり難い<フェイスフルブレード>は、施術神官のロマンである。
 やはりあのレベルでは回復が追いつかないのか、HPが5割を切った直継に、ダメージ軽減のシールド<セイクリッドウォール>を発動し、上手いこと決まった<フェイスフルブレード>で敵を切り捨てた。プレイヤーキルと言うのも、存外モンスター相手と変わらない感触である。
 森呪遣いの少女――セララが行う直継への重点回復をサポートしていると、猫――にゃん太が目を細めてシロエに声をかけた。

「そろそろいいですかにゃ、シロエっち」
「いつでもやっちゃって、にゃん太班長」

 その後は一方的な戦闘だった。
 リーダーであるデミクァスが悲鳴を上げる暇すらなく事切れると、<ブリガンティア>のメンバーは戦意をなくした様に弱体化する。

「この場は僕らの勝利です」

 最後はシロエの懐から抜かれたダガーで、<ブリガンティア>の残された希望であったロンダーグも絶たれた。

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引用元  ログ・ホライズン(橙乃ままれ著)   loghorizon @ ウィキ