That's what I'm here for.

 日暮れも間近の薄暗くなった空の上で、グリフォンに跨るシロエ達は視界の端で眩い光を捉えた。その光は先を行く直継の目にも入った様で、彼は興味深そうに左手を目の上にかざして光の方角を見つめた。

「なあ、今のって、神官目潰しなんじゃないか?」
「こんな所に冒険者がいるだろうか」

 神官目潰し、<アージェントシャイン>は文字通り施療神官が使用する盲目効果のある状態異常付加攻撃魔法だ。場所は恐らくビャッコの墓標付近だろう。あの周りには、ダンジョンを守護する亡霊がいた筈だ。

「冒険者か……もしかしたらアップデートで何か変更があったかもしれない」
「もう日も暮れるし、野宿場所ついでに調べてみるか?」
「そうだね。あそこは高レベルモンスターも多いけど、空から見る分には安全だし」

 グリフォンなら先程の光源まで目と鼻の先だ。軽い気持ちで羽を翻しビャッコの墓標へと向かったシロエ一行は、亡霊に囲まれたひとりの施療神官と出会う事になるとは思ってもみなかった。



02



 冒険者になってから長時間の戦闘の疲労で困った事はなかったが、MP不足がまさかこんなにも体調に影響してくるとは思わなかった。立ち眩みや貧血にも似た不快感に、手持ちの試験官の様なクリエイトアイテムの蓋を歯でもぎ取り、喉の奥に流し込む。サブ職業が調剤師であった為HPやMPを回復するポーションの蓄えは十分だが、消耗戦になっても辛い。懐具合的に。
 残り8体、もう諦めて神殿に行こうかな、とアイテムの残量と持ってきてしまった金とを天秤にかけるが、どちらを選んでも今後の生活がジリ貧になる事は必至。どちらも諦めきれない。
 半分ヤケになりながらも、アンデッドモンスターに防御無視でダメージを与えられる<ホーリーライト>を唱える。ホーリーライトは剣からビームの様な光が出る。こちらの世界に来てからは少しシュールな絵面だと感じるが施療神官のメジャーな攻撃手段である。しかし、1撃必殺とは行かない。微妙なHPを残して倒れなかった亡霊を前に眉を潜めると突然、銀色の霧が包み込んだ。
 敵の攻撃か、と一瞬息を呑むが状態異常もダメージも何もない。そしてこの霧には少し見覚えがあった。付与術師の、恐らく対象のヘイトを下げる霧だったと記憶している。レイドで何度か目にした事がある。こんな辺境の地に増援が!と辺りを見回した瞬間、目の前に巨大な鎧が降ってきた。

アンカーハウル!」

 鎧――いや、守護戦士だ。彼の雄叫びと共に鎧の輝きが増す。敵のヘイトを上げ、自身を攻撃対象へと移す技だ。7対の窪んだ瞳の憎悪が守護戦士へと移る。しかし、重点的に攻撃していた1体の亡霊はしかと私を見据えていた。あの亡霊はHPも残り僅か、自分片付けるしかないと剣をギュッと握り締める。
 しかしそれは杞憂に終わった。
 音もなく背後から、その亡霊を黒衣の少女が切り捨てたのだ。断末魔の叫びを上げる暇すらなく灰と化す亡霊を、私は呆然と見つめるしかなかった。

「事情はよくわかんねぇけど、助太刀するぜ!」

 守護戦士が言葉と共に亡霊を切り捨てる。敵は全て、彼が引き受けてくれている。そう認識すると、途端にヒートアップしていた頭が冴え、視野が広くなる。ヘイトを稼ぎ敵を引き付ける守護戦士、静かに、しかし確実に敵へとダメージを与える暗殺者、そして敵の動きを阻害しながら仲間をサポートする付与術師。では、私のやるべきことは――。

「パーティを!」

 一歩下がり冷静に戦場を分析する付与術師に声をかける。心得たとばかりに、すぐにパーティへの招待が送られ、それを了承する。
 直継、アカツキ、シロエ、共にレベル90。援軍としては最高だ。

「リアクティブヒール」

 守護戦士の直継にダメージを受けた際に回復を行う<リアクティブヒール>をかける。私のリアクティブヒールの熟練度は秘伝の為、敵の攻撃を受けた際に12回は回復する事になる。少し余裕が生まれ攻撃へと移る事も考えたが、彼らが到着するまで一人で戦闘を行っていた為私のヘイト値はあまり低くない。無理に行動を起こして攻撃対象が私に移ってしまっても足を引っ張る事になる。少し考えて、前線で戦う直継とアカツキに<エナジープロテクション>を貼る。対アンデッド属性の紫色のオーラが二人を包み、少しはダメージを軽減するだろう。
 ヘイトが完全に直継へと移ったのを確認し、敵を殴る度に自身を中心に一定のエリア内が回復される<ヒーリングフォージ>を使用しながら敵を殴る。殴る。殴る。先程までこちらを向いていた亡霊は私の事など歯牙にもかけず、直継に夢中の様だ。この守護戦士、スキル回しがとても上手い。通常の戦闘ならば、私はヘイト管理など全く考えなくてもいいレベルだろう。
 暗殺者のアカツキも、敵に補足される事なく――たまに私も見失いつつ、的確な一手で屠って行く。攻撃力の高い暗殺者はヘイト管理が必要になってくるが、それも最善だ。
 そして恐らくこのパーティーの指揮をしている付与術師のシロエ。正直言って今まで碌な付与術師に出会った事がなかったのであまり重視していない職だったのだが、彼のプレイを見て考えが変わった。彼の補助のおかげで、とても戦闘がし易いのだ。戦闘中「これが欲しい」と思ったらそのスキルが既に使用されていたと言う事もあった。私の考えが先読みされている気分である。それだけ戦況を把握し、どう動くのかが定石であるかを理解しているのだろう。味方単体の回復系特技の効果を上昇させる補助魔法である<エリクシール>を発動させていたのは、私のMP不足対策だろう。頭が下がる。
 私がリアクティブヒールを数回貼り替えた後、戦闘はあっさりと終わってしまったのだった。

「お力添え、誠にありがとうございました」

 剣を鞘に戻し、深々と3人へと頭を下げる。戦闘中は屈強に思えたパーティーメンバー達は、終わってみると守護戦士以外は細身だ。

「いやぁ、おぱんつが困ってるとなれば、助けに入らない手はないぜ!」
「バカ直継は無視して、殿も怪我はないか?」
「おかげ様でアキバへ送還されずにで済みました。直継さん、アカツキさん、シロエさん、本当にありがとうございます」
「いえ、無事で何よりです」

 シロエがクイと眼鏡を押し上げる。

「しかし、どうして一人でこの様な所に? このエルダー・テイルはわかっていない事も多く、正直あまり褒められた行為では……」

 眉間に皺を寄せながら、シロエが言葉を濁す。初対面の相手に言いづらいなら言わなければいいのに、と苦笑が溢れる。

「ススキノに私用がありまして。
 それになんだか、今のアキバは居心地が悪いでしょう? それならば出て行ってしまえば良いかと」
「まー気持ちはわからんではないが、おぱんつの単独行動はやめた方がいいと思うぜ」
「それに、情報ではアキバよりもススキノは治安が悪いと聞いた」

 初耳だ。しかし私はアキバの街を離れて長い。情報も、あそこで得たものではなく自身が体感した事の方が多いくらいだ。
 ご忠告、ありがとうございます。深々と腰を折る。ここで新たな情報を得られたのは行幸だ。ススキノの治安が悪いならば、準備のしようもある。恐らく彼らは私が持つ以上の情報を得ているだろうが、それを私に渡す義務も義理もない。そして私も引き出すだけの手札はない。
 メニュー画面を開き、パーティーから離脱する。小さな音が鳴り、それは彼らにも伝わった様だ。<魔法の鞄>と言う、200キロまで荷物を入れられる鞄を探り、少量だが彼らに高レベル向けの回復ポーションを渡す。彼らも何処かへと向かう途中の様だし、いずれ必要になるだろう。

「これは……」
「助けて頂いたお礼です。お三方も旅の途中の様ですし、何かとご入用になるでしょう」
「受け取れません! 僕たちはそういうつもりで助けた訳では……」
「貴方方がいなければ、元々ロストしていた物ですし」
「しかし高レベルポーションは現在高騰していて、釣合いません」
「釣り合うかは私が決めるものです」

 こうでもしないと私の気が収まりませんし、と有無を言わせぬ笑顔でシロエに押し付けると、渋々と言った様子で受け取った。初対面では冷静な人だと思ったが、存外お人好しらしい。あっても困るものでもなし、受け取っておけばいいものを。

「お、話は煮えたな。それで、今後どうするよ?」
「日も落ちたし、少しエリアを移して野宿しよう。街まで戻るには少し遠いしね」
「では、偵察してくる」

 返事を待たずにアカツキの姿は闇へと溶ける。暗殺者となると気配を殺すのも容易なのかと考えたが、あくまで戦闘の範囲内だ。彼女の隠密能力から、もしかすると暗殺者に準ずるサブ職業かもしれない。
 会話も終了し、潮時を察し装備を確認する。問題はないようだ。残された二人に再び深く腰を折る。

「この度は大変お世話になりました。感謝してもしきれません。いずれまた、何処かでお会いしましたらよろしくお願い致します」

 それでは、と立ち去ろうとすると大きな手が私を引き止めた。彼の動きに合わせて鎧が小さな音を立てる。

「どこに行くんだ?」
「何処かで休もうと思います」
「ちみっこが探しに行ってるだろ?」
「それは貴方方パーティーの宿地であり、私が関与するものではありませんが」

 二人は顔を見合わせ、はあと息を吐く。

「女性をこんな所でこんな時間にひとりで置き去りにできません」
「そーだよ! 今晩くらいは、俺達とパーティー祭りだぜ!」
「はあ、しかしながらそこまでご迷惑をお掛けするわけには参りません」
「迷惑、とかじゃなくて……」
「そうそう、神官がいれば俺らも心強いしな。どうせ目的地も一緒なんだし、一緒に行けばいいだろ」

 成程、と独り言ちる。
 つまり彼らはヒールポットを手に入れ、私は肉の壁を手に入れるのだ。相互に損のない取引だろう。良く言えば、持ちつ持たれつという関係だ。

「そう言う事でしたら、ススキノまでご同行させて頂きたく存じます。勿論、パーティー全員の方の同意があればの話ですが」
「異存はない」

 背後から音も無く現れたアカツキに、思わず悲鳴を飲み込む。人間本当に驚いた時はテンプレートな悲鳴は出ないと聞くが、まさか悲鳴すら出ないとは。
 彼女は休むのに程良い場所を発見したらしく、仕事の早さに感嘆しつつ場所を移動した。モンスター避けに火を焚きながら、新人の通過儀礼である他愛もない会話に興じる。

「フレンド登録、されていますね……」
「言っただろう、以前も何度か組んだことがあると」
「すみません、随分と印象が変わられていましたので気が付きませんでした」

 シロエと直継のフレンド登録を行い、リストに並ぶアカツキの名前に目を見張ったのはつい先程の事だ。私の知るアカツキとは、無口で長身で、暗殺者と言うよりは忍びとしてのロールプレイを徹底している男性だった。しかし蓋を開けてみれば、こんなに小さな少女だったとは驚きだ。

殿は、どうしてススキノを目指しているのだ?」
「クエストです」

 可愛らしい容姿に違わず、こてんと愛らしい仕草で首を傾げるアカツキへ返答すると、たかがクエストで、と言わんばかりの視線が三方から集まる。確かに現状としては主要都市であるアキバに留まり、身辺を固めるのが定石だろう。

「武器を新調しに行くのです。何が起こるかわからない世界ですから、自分を強くしようと思って」
「一理あるが、その為に一人でススキノ遠征ってちょっとおかしい祭りだろっ!」
「おかしいでしょうか?」
「……確かに、そんな手段も有りだとは思いますよ」

 シロエが水筒の水を流しこみながら呟く。言葉では肯定しているが、表情は影になってこちらからは見えない。しかし少し伺い見れた彼の正確からしてあまりいい顔はしていないのだろう。気にせず、手元の枝を火の中に投げ込む。

「お三方は、ススキノへは何をしに行くのですか?」

 社交辞令だった。正直、あまり興味はない。

「僕たちは知人を迎えに行くんです」

 そうなんですかあ、と随分と軽い言葉が出てしまい、見透かされた様に会話は途切れた。

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引用元 loghorizon @ ウィキ