視界に広がる緑に侵略された建造物を見て、面倒な事になったと独り言ちた。
 試しに両手を動かして見るが、指の先に至るまで全くの違和感などない。足も普通に――いや、自分の記憶していた以上の運動能力で操る事が出来る。それを素直に喜べないのは、ここが現実世界ではない為だ。MMORPG<エルダー・テイル>、Atharva Inc.により運営されるオンラインゲーム内の弧状列島ヤマトに私は立っていた。


01


 3日、後に大災害と呼ばれる出来事が起こってからそれだけの時間が過ぎた。現状に変化は見られず、未だにアキバの街は混乱している。些細な変化と言えば、所属していたギルドが空中分解に陥ったのでゴタゴタに巻き込まれる前にお暇して、晴れてフリーの身になった事くらいだろうか。ギルドからの情報が入らなくなったのは少し惜しいが、ゲーム時代戦闘出来るNPC程度の認識だったメンバーと四六時中過ごすと言うのも気が重い。薄情者と後ろ指を刺されるのも致し方ない、自身の身の安全を固める方が大切だ。
 そんなこんなで、私は目ぼしいアイテムを買い込み、アキバの街の外れに来ていた。
 戦闘区域に出る前に、自身の装備を確認する。重苦しい鎧で全身を固め両手には2枚の盾、所謂施療神官「最硬」の二枚盾と呼ばれるツインシールディック装備だ。元来ならば私は盾の代わりに剣を持ち前衛で回復支援と微量の攻撃を攻撃を行う重装甲型スタイルだが、メニュー画面を呼び出しての攻撃は些か心許ないため、防御力重視で進む事にした。レベルはノウアスフィアの開墾以前のカンスト90ではあるが、ソロプレイで初めての戦闘となるのだ、用心に越したことはない。
 ――何、死んでも神殿で蘇るまでだ。恐怖を軽口で押し殺し、アキバの街の外へと足を踏み出した。





 コオリマの街――現実においては福島県のどこかだった筈――で装備の修理と必需品の補充を行い、アーブ高地を進む。
 いつの間にかアキバから発って両手の手でも足りぬ程の日々を過ごしていた。指折り数えても現実へと戻れる筈もなく、虚しくなるので途中でやめた。充実したソロプレイの経験から、メニュー画面を使用せずともスキルが発動される事がわかり両手の盾のうちひとつは剣へと持ち帰られていた。モンスターとのレベル差もあるが、道中特に大きなトラブルもなく順調に進んで来れたと思う。正確な地図が無い為、迷いながらではあるが順調に北へと歩みは進んでいた。

 ――そう、思ってたんだけど。

 取り囲む甲冑を着込んだ亡霊たちに無意識に舌打ちを漏らす。この事態を招いたのは地図の存在だったり、正確な方角が見つからなかった事だったり、今までの戦闘経験から気を抜いていた自分自身の驕りだったり――つまり油断、油断した自分が悪いのだ。
 亡霊の鋭い斬撃を間一髪で避け、距離を取りながらも<ヘヴンズロウ>を発動する。天から光が降り注ぎ、避けきれなかった2振りの刀の威力を削ぎ、ほの赤く明滅する鎖が敵に巻き付いた。しかしあくまでもダメージ減少の効果しか持たない鎖は足止めにはならない。早口で<リアクティブヒール>を展開し、敵の攻撃を受けると同時に回復されるHPを視認してほっと息を吐く。
 敵は12体、ノーマルランクモンスターとは言えレベルは高く数も多い。囲まれている以上、戦略的撤退は出来そうにない。自分のMPが尽きる方が先か、敵の殲滅が先か――どう考えても前者が先に決まっている!

「折角ここまで来たのに、アキバに戻る羽目になるなんて!」

 信じられない、と迷いこんでしまったビャッコの墓標で頭を抱えた。

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引用元 loghorizon @ ウィキ