ピピ、と鳴った夕食の時間を告げる軽い電子音に手を止めた。赤い書き込みが目立つノートを閉じ、溜息を吐く。最近どうもケアレスミスが増えた。ただでさえ、前回のテストは2位の三沢大地とは8点差なのだ、焦らない筈はない。
2度目の溜息を吐くと、ノックもなしにドアががちゃりと開く音がする。机の上に散らばった消しゴムのカスを集めながら「ノックぐらいしなさいよ」と文句を言うと、十代は反省した様子もなく夕食への誘いを告げた。
「そういえば俺、学園代表を賭けたデュエルを明日やるんだぜ」
夕食の後、十代の部屋で彼がデッキを広げながら思い出したかの様に口を開く。学園代表というのは、学園対抗デュエル戦のアカデミア代表デュエリストを決めるらしい。最近試験前なので授業に出ていなかったが、もうそんな時期なのか。と言うか、そんな大事なデュエルがあるならば当事者にはもう少し余裕をもって告げられる筈。亮さんから聞いて知っていたとは言え、私に対する報告が今更すぎじゃないだろうか。
「亮さんの推薦よね」
「えぇ!? お兄さんが!」
十代のベッドを占領して携帯ゲームを触りながら答えると、十代も驚いたように「カイザーが?」と目を丸くした。
「あれ、聞いてない? 亮さん、あんたに期待してたわよ」
「カイザーが俺を、かぁ。こりゃあ、絶対に負けられないぜ!」
「三沢くんは、どんなデッキで来るんだろう……」
「彼の事だ、きっと十代のデッキを研究し尽くしていることだろうな」
「……」
「……な、なんだ」
「……あの、ずっとスルーしてたんだけど、この人、誰?」
どう見ても学生には見えない男性は妙におどおどした口調でここの学生だと答えた。そう言えば夕食の頃からいた気がしないでもない。妙に挙動不審だし、明らかに30は超えてるしで、どう見ても怪しい人物だが、害はないようだ。お互いに名乗り終わった頃には、彼への興味は完全に薄れていた。今は代表決定デュエルの方が興味深い。
「十代のデッキねぇ。1番手っ取り早いのは[
融合禁止エリア]辺りで、十代の融合を封じちゃえばいいんじゃない?」
「さん……えげつないッス」
「えげつなくない! 融合デッキを相手にする定石よ」
「んー、やっぱこれがいいや」
集中していた十代は私たちの会話など聞こえていなかったようで、満足げに独り言を漏らし並べたカードを集めていく。まあデュエルに関して私達がいくら助言しようとも、けして変える事はないだろう。それに、三沢のデッキは見当もつかないし、今までE・HEROデッキを使ってきた十代よりもそれに関しては知識がある訳でもない。黙って十代に任せる方が最善だろう。
「よし!」
「ア、アニキ?」
「三沢がどんなデッキで来ようと、俺はこいつらを信じる!」
「アニキらしいッスね」
「うん」
盛り上がる十代たちを尻目に、スカイスクレイパーのカードを拾い上げた国崎は面白くなさそうに眉を寄せた。
「おっさん、どうした?」
「おっさん言うな! 俺は国崎康介だ! ……あ」
「そっか、国崎さんね。スカイスクレイパーか、国崎さんも好きなのか?」
「俺は……デュエルなんか好きじゃない」
苦しげに吐き捨てる国崎に、翔くんが声を上げる。
「え? じゃあどうして、デュエルアカデミアに?」
「あぁ!! いやその……」
「いいじゃない、デュエルが好きだろうが嫌いだろうが。世の中には十代のような三度の飯よりもデュエルが好きって言う変態もいれば、カード見るだけでも吐き気がするっているデュエルアレルギーの人もいるのよ」
「さん、そんな人はデュエルアカデミアには入学しないっス」
「俺は飯も大好きだぜ!」
「あーはいはい」
変な所に食いつく十代を流し、ゲームの電源を切る。もういい時間だ、いつまでもこの部屋に居座る訳にもいかない。ベッドから立ち上がり、「じゃ」と一声かけて帰ろうとすると慌てた十代に引き留められた。
「もう帰っちまうのか?」
「まあ、特に用もないし」
「俺は大有りだぜ!」
「……何か嫌な予感はするけど、聞くくらいはしてあげよう」
「デュエルしようぜ!」
「却下」
翔くんが「即答!?」と声をあげる。最初から何となくは予想できていたので、私はあらかじめ用意していた返答を返したに過ぎない。十代は子供のように口を尖らせて「何でだよー」と不満げに呟いた。
「デッキの確認なら、翔くんでも隼人くんでも国崎さんでもいいじゃない」
「えぇ! 僕たちは無理っスよぉ」
「なあ頼むよーー。三沢もお前も頭良いから、もしかしたら同じようなデュエルスタイルかもしれないだろ?」
確かに噂に聞くと、三沢はとても理論的なデュエルをすると評判である。私もどちらかと言えば、十代のようなフィーリングタイプではなく、三沢寄りのロジカルに展開していくデュエリストだろう。
「駄目か?」
「……デュエルディスク、使わないならいい」
結局、その日は日付が変わるまで十代のデュエルに付き合う事になる。