目覚ましが鳴らなかったとか、部屋に戻った後もノートを開いたりとすぐに寝なかったとか、そんなものは些細な問題でしかない。昨日十代のデッキ調整と言う名のデュエルに付き合ったから、寝るのが遅くなってしまい寝坊したのだ。つまり十代の試合に遅れてしまったのは、十代のせいである。と、脳内で見事に責任転嫁を果たし、寝癖もそのままに急いでデュエル場へと向かう。


「十代が劣勢みたいね」
、随分と遅かったのね」
「ちょっと私用がありまして」
「寝癖、ついてるわよ」


 明日香の言葉に後頭部に手をやると、ぴんと一房髪がはねていた。どうやら彼女には嘘は吐けないらしい。笑って誤魔化すと、明日香とその隣にいた亮さんまでもが呆れたように小さくため息を吐いた。


「まあ、私が応援しようがしまいが、十代が勝つから大丈夫よ」
「ライフでは優っているとは言え、三沢の場には攻撃力2800のウォーター・ドラゴン、尚且つ十代は[封魔の呪印]で融合を封じられている。――何故、そう言い切れる?」


 言い切った私に、亮さんが怪訝そうに口を開いた。私はこの先を知っているから十代の勝利を確信できるが、カイザーと呼ばれる亮さんでも戦況は厳しいのだろう。


「十代のデッキは融合だけじゃないですよ」
「それでも……今この場面でそれを引き当てるのは難しいわ」
「それをやってのけるが、"遊城十代”じゃない?」


 手摺に体を預け、デュエルフィールドに目を向ける。圧倒的に不利な状況、しかし十代の顔には余裕とも取れる笑みが浮かんでいた。


「俺のターン、ドロー! 俺は[E・HERO バブルマン]を攻撃表示で召喚! このモンスターを召喚した時、自分のフィールドに他のカードがない場合、デッキからカードを2枚ドローする。
 そして手札から装備魔法発動! [バブル・ショット]!!」


 カードの効果で攻撃力1600となったバブルマンは、三沢の場のマスマティシャンを破壊し、相手のライフを100削る。


「う、く……! マスマティシャンが破壊された事で特殊効果発動! カードを1枚、ドローする」
「俺はカードを2枚伏せ――更に永続魔法発動! [悪夢の蜃気楼]! 俺のターンは終了だ。
 俺のE・HEROが融合だけだと思ったら大間違いだぜ。E・HEROの真の力は…マジック、トラップ、モンスター、全ての連携から繰り出される、多彩なコンボにある!!」
「確かに、俺は融合から生まれる強力モンスターの力に集中し、それ以外の計算を少々見誤っていたかもしれない。だが、お前の力の大部分を封じ込めたことは事実! このまま押し切らせて貰おう!
 俺のターン、ドロー!」
「ここで永続魔法[悪夢の蜃気楼]の効果発動! ……このカードの効果で、相手のスタンバイフェイズに、自分の手札が4枚になるようにドローする。
 そしてリバースカードオープン!即効魔法[非常食]! このカードは自分のフィールド上のマジック、またはトラップカードを1枚墓地に送ることで、1000ポイントライフを回復する。墓地に送るのは、悪夢の蜃気楼」


 非常食によってライフを回復し、悪夢の蜃気楼のスタンバイフェイズにドローした枚数手札をランダムに捨てる、と言うデメリットとも言える効果を無くした十代に対し、亮さんは感心したように呟いた。


「そう簡単に十代の力を封じることはできないか」
「えぇ」


 三沢も同じように十代の力量を認めたが、彼は十代のコンボに臆する事無く口元に笑みを浮かべ、魔法カード[強欲な壺]を発動、デッキからカードを2枚ドローする。


「そしてこの瞬間、墓地にある[カーボネドン]の上に、10枚のカードが積み重ねられた」
「ん……?」
「カーボネドンは、瞬間的に巨大な圧力を受け、ダイヤモンドに変化する!
 モンスター効果発動! このカードを除外することで[ダイヤモンド・ドラゴン]を、特殊召喚する!」
「……っ!」
「ダイヤモンドドラゴンで、バブルマンを攻撃! ダイヤモンドブレス!!」


 攻撃力2100のダイヤモンド・ドラゴンにバブルマンは破壊されようとしたが、十代は冷静に装備魔法[バブル・ショット]の効果を発動させた。


「バブルショットは装備モンスターが戦闘で破壊される時、代わりに破壊され、戦闘ダメージを0にする」
「だが次はかわせまい」
「っ!」
「ウォータ・ドラゴンでバブルマンを攻撃! アクア・パニッシャー!!」


 攻撃表示のバブルマンが破壊され、十代のライフが2000削られ1800まで落ちる。視界の端で、観客席から、翔くんが心配そうに身を乗り出すのが見えた。


「トラップカードオープン! [ヒーロー・シグナル]、自分のモンスターが破壊された時発動!デッキ、または手札からE・HEROと名の付くモンスターを1体召喚する!
 来い! [E・HERO クレイマン]!」


 守備表示でクレイマンを召喚した十代は、ほっと息を吐く。これでフィールドががら空きと言う事態は避けられた。


「これだけの攻撃を受けてもまだ、次につなげる布石は打ってくるか」
「言ったろ? 俺はまだ負けたとは思わないってな!」
「俺はリバースカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
「よし!」


 強敵を前に意気込む十代は、観客席で不安げに眉を寄せる翔くんと隼人くんに気付いたようでふっと微笑んで親指を突き立てた。


「アニキィ……」
「大丈夫、俺は負けないって」


 そして再度観客席を見回し、私の方を見るとニカっと口をあけて笑う。緊張感のないその姿に呆れつつ、集中、と口パクで伝えると、本当に伝わったのか分からないような笑顔で十代は三沢を見据えた。


「俺のターン、ドロー! 手札からマジックカード[戦士の生還]発動! このカードの効果は、自分の墓地から戦士族モンスター1体を手札に加えることができる。
 [E・HERO バブルマン]を攻撃表示で召喚!」


 十代の場に、攻撃力800のバブルマンが現れた。バブルマンは攻撃力も守備力も他のE・HEROに比べると劣る。だが、バブルマンにはバブル・ショットを始めとした、能力の弱さを補う様々な魔法カードがある。


「更にマジックカード[バブル・シャッフル]! このカードは、自分のフィールド上のバブルマンと相手モンスター1体を守備表示に変更する」
「くっ……」
「更に、守備表示のバブルマンを生贄に捧げることで、E・HEROと名のつくモンスターを手札から召喚することができる!
 召喚するのは…[E・HERO エッジマン]!」


 起死回生の一手。十代の場に攻撃力2600のエッジマンが現れる。後は十代お得意のフィールド魔法[スカイ・スクレイパー]の発動で、攻撃力が3600まで上がったエッジマンは守備力2600のウォーター・ドラゴンを打ち砕いた。


「そしてエッジマンの特殊効果発動! 守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力よりこのカードの攻撃力が上回っていればその数値だけ、相手プレイヤーへダメージを与える!」
「う……っく!
 ウォーター・ドラゴンが破壊されたことにより特殊効果発動! 墓地のオキシゲドン1体と、ハイドロゲドン2体を特殊召喚する! そして、トラップカード発動![ラスト・マグネット]!!」


 ラスト・マグネットはウォーター・ドラゴンを破壊したエッジマンの装備カードとなり、エッジマンの攻撃力を800下げる。エッジマンに文字通り重しのように圧し掛かったソリッドビジョンに、十代は小さく苦悶の声を漏らした。


「――ッ戦闘を続行!クレイマンでオキシゲドンを攻撃!」


 スカイ・スクレイパーの効果で攻撃力が2800となったクレイマンがオキシゲドンを破壊すると、三沢は満足そうに呟く。


「やるな」
「お前こそ」


 三沢に向かって十代が微笑み返すと、三沢はまた表情を硬くして、カードをドローした。


「手札から儀式魔法、[リトマスの指示式]を発動! フィールドか手札から8つ星分の生贄に捧げ、[リトマスの死の剣士]を儀式召喚する」

「攻撃力0!?」

「このカードはトラップの効果を受けず、戦闘でも破壊されない……まさしく死の剣士。そして、フィールドにトラップカードが存在する時、つまり、ラスト・マグネットがある今、その攻撃力・守備力は3000となる。
 リトマスの死の剣士の攻撃、エッジマンを墓地へと送れ!」


 三沢の声に呼応するように低く声を上げたリトマスの死の剣士によって、エッジマンが破壊され、続くダイヤモンド・ドラゴンの攻撃でクレイマンまでも墓地へ送られ、十代のライフは1300まで下がる。


「そして、手札からマジックカード[巨竜の羽ばたき]発動! この効果で、自分のフィールド上に存在するレベル5以上の恐竜族モンスター1体を手札に戻し、お互いのマジック・トラップカードをすべて破壊する!」
「……っ」
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」


 三沢のライフは500、十代は1300。ライフでは十代が優っているとはいえ、十代の場にモンスターもカードもなく、ましてや手札は1枚。次のドローに賭けるしかない。全ては運任せ。なのにこの状況でも、十代は笑っていた。


「楽しいな、三沢。こんなわくわくするデュエルはないぜ」
「俺の全力を傾けた、7番目のデッキだ。お前もすべてを賭けて来い!」
「おう! 俺のすべてを賭けて……ドロー!
 俺は新しいE・HEROを召喚する! 行くぜ! [E・HERO ワイルドマン]!!」
「最後まで……エレメンタル・ヒーローで来るか。
 トラップカード発動。[スピリット・バリア]。このカードの効果で、自分のフィールドにモンスターが存在する限り、戦闘ダメージは0になる!」
「無駄だ! ワイルドマンにトラップは効かない!」
「分かっている。しかし、永続トラップ[スピリット・バリア]はフィールドに残り、リトマスの死の剣士の攻撃力を3000にする」
「装備魔法発動、[サイクロン・ブーメラン]!」

「ワイルドマンの攻撃力は2000……リトマスの死の剣士には届かないわ」
「装備魔法は単にモンスターの攻撃力を上げるだけじゃない」
「ああ、サイクロン・ブーメランの効果は……」

「ワイルドマン、リトマスの死の剣士を攻撃!」


 迎え撃ったリトマスの死の剣士によってワイルドマンが破壊され、十代のライフが300まで落ちる。


「サイクロン・ブーメランの効果発動! 装備モンスターとこのカードが墓地に置かれた時、フィールド上のマジック・トラップカードをすべて破壊し、その1枚につき500ポイントのダメージを相手プレイヤーに与える!」
「あ……っ!」


 スピリット・バリアが破壊された事により、三沢のライフが0になる。圧倒的不利かと思われたドロップアウトボーイ・遊城十代の勝利に会場は歓声に包まれた。


「ほら、やっぱり十代が勝った」
「計算では計り切れない男か、遊城十代」
「あいつは、そういうとんでもない力を秘めているの」

「やったっ! いいぞぉ十代!! アイツ勝ちやがったぁ!」

「あれは……!?」


 一際大きな歓声を上げる園崎を追って、明日香が会場を飛び出す。
 亮さんも戻ってしまい、ひとり取り残された私ははしゃぐ十代を一目し、部屋へと戻った。



ただひとつの誤算