レイと、朝から騒がしい十代達を見送り、私は久しぶりに授業に出ずにノートを開いた。図書館の、入り口からは本棚で死角になっている少し大きめの二人掛けの机。入学当初から、ここは私のお気に入りの席だ。デュエルアカデミアの図書館には文学小説だけでなく、デュエルに関する理論書から勉強の為の参考書まで幅広いジャンルに対応している。にも関わらず、この学園では理論よりも実戦派の人間が多いためあまり活用する人間が少なくいつも空いている状態だ。


「久しぶりだな」
「……亮さん、ちょうどよかった」


 数学のノートを広げ頭を抱える私に声をかけて来たのは、この学園でカイザーと呼ばれる人物、丸藤亮。彼は同じレッド寮の翔くんのお兄さんでもある。ここ、教えて下さい、といつものように彼に問題集を渡すと、亮さんは考える悩んでいる様子すらなくさらりと答えた。


「あー成程。確かそんなのありました」
「相変わらず数学は苦手のようだな」
「私は文系なんですー」


 不満を露わに、ぱらぱらと参考書を捲りながら答える。自分が頭を抱えて悩んでいた問題を、現役とはいえ実年齢よりも10近く若い少年が苦も無く答えられると言う事実は、かなり悔しい。しかも、これが1度や2度だけではないと言うのも更に悔しい所であった。
 実を言うと、入学以来、私が苦手科目である理数系のテストで高得点をキープしていられるのは、この人のおかげだ。利用者の少ない図書室で何度も顔を合わせるうちに、成績優秀者である亮さんは私の良き教師になっていた。きっかけは、あまり思い出したくないが、数学に行き詰まり苛々して自分で積んでいた参考書の山を崩してしまい、通りがかった亮さんが一緒に拾ってくれたのが始まりだ。


「それより、こんな時間に珍しいですね。サボりですか?」
「もう授業は終わっている。お前こそ、最近は授業に出席してると聞いたが?」
「あー、度を超えたお節介がいまして」
「遊城十代か……」
「まあ、そうです。
 私がレッドに降格になったのは知ってますよね? それで隣が十代だったんですよ。あ、亮さんの弟の翔くんも十代と同室です」
「成程、十代ならの様な人間を放って置く筈がないな」
「……こちらとしては、ありがた迷惑な話ですけどね。まぁ交友関係が広まったのはいい事なんですが」


 はは、と乾いた笑いを洩らすと亮さんもつられた様に口元を緩めた。向かい側の座席に腰掛けながら、彼は少し考え込むように、右手を口元へやる。その仕草すら絵になるのだから美形と言う生き物は羨ましいものだ。レイを始めとした女子生徒に人気があるのも頷ける。


「実はだな、その遊城十代を」
「十代を?」
「ノース校との対抗試合選手に推薦しようと思う」
「へぇ……」


 確か相手は万丈目だったよな、と記憶を掘り返して薄い反応を返す。その反応に亮さんは不思議そうに目を見開いて呟いた。


「お前は、驚かないのか」
「驚きはしましたが、そんなことよりオベリスクブルーのあなたが落ちこぼれのオシリスレッドの生徒を推薦して立場が悪くならないかが心配ですよ、私は」
「遊城十代はそれ程のデュエリストだと言うことだ」
「随分と肩を持ちますね…」
「お前こそ、随分と十代を卑下するな」
「卑下って……そこまで言ってませんから」


 広げていたノートを閉じ、大きめの鞄の中に突っ込む。助かりました。じゃあ私はこれで、と席を立とうとしすると亮さんが深刻な顔で――それはもうデュエルでライフが残り100になったとしても見れない様な険しい表情だ――私を呼びとめた。



「………なん、ですか?」
「相談したいことがある」


 呼吸をするのすら憚れる様な緊張感の中、亮さんは懐から女物の髪飾りを取り出す。見覚えのあるそれに、私はあ、と短く声を上げた。図書館の司書が立ち上がり辺りを見回す。それに隠れるように座席に座ると、亮さんは驚いた様に数回瞬きをした。


「知っているのか?」
「ええ、まあ。早乙女レイって言う……ルームメイトのですよ」
「彼女は今、オシリスレッドにいるのか」
「あ……ああ、そうです。男装までしていて……。レイの事情って亮さん絡みだったんですね」


 彼にバレッタを手渡すと、亮さんは小難しい顔をして小さく「返しておいてくれないか」と呟いた。何においても堂々と、そしてそつなくこなす彼にしては珍しい反応だ。私は彼の歎願にまぶしい程の笑顔で答えた。


「お断りします。ちゃんと亮さんから、返してあげてくださいね」
「……どうしてもか」
「どうしてもでです。レイは性別や年齢を偽ってまで、デュエルアカデミアに来てるんです。他でもないあなたのために! ……いい男は、そこら辺を分かってあげないといけませんよ」


 去り際に亮さんの眉間の皺を指で伸ばし、図書室を後にする。ドア越しに振り返ると、彼はまだ同じ場所で困った様に手元を眺めていた。



Shit or get off the pot!