「バレたんだ、十代に」
「……うん」
「まぁ、十代だから悪いようにはしないと思うけどね」
ベッドの上で塞ぎ込むレイの頭を撫でると、彼女の長い髪がさらりと流れた。目に見えて落ち込む彼女にかける言葉は気休めにしか聞こえないかもしれないが、私にとっては確信だった。アニメでこの話を見た覚えもあるし、何より約1か月彼の隣にいたのだ。
十代は他人の秘密を無暗矢鱈に話す様な人間ではない。
「ほら、今から口止めに行くんでしょ? 頼む前からそんなんじゃ、上手く行くものも行かないわよ」
「でも……」
「でもじゃない。レイの意思は十代にバレたくらいで挫ける様なものだったの? 亮さんへの想いはその程度?」
「まさか! ボクは亮様の事が……!」
「だったら、しゃんとして話をつけて来なさい」
「……う、うん。ボク、十代と戦う!」
バンダナで髪を纏め、いつもの帽子を被り立ち上がったレイの目には強い覚悟と確かな信念が宿っていた。自分のデッキを確認して、レイはレッド寮の階段を駆け降りる。十代が呼び出した場所はレッド寮の崖の下らしい。隣がやけに静かだから彼らはもう行ったようだ。
私も荷物を持ち、部屋の鍵を閉める。足音を立てながら階段を下ると、崖下を地面に寝転がりながら見下ろす隼人くんと翔くんが見えた。どこから情報を入手したのか、明日香と亮さんもいる。
「二人も野次馬?」
「随分な言い草ね、あなたも変わらないじゃない」
「私は風呂を優先」
いつもの入浴セットを入れた袋を見せつけるように持ち上げると、明日香は小さく「相変わらず、我が道を行くと言うか何と言うか……」と呆れた様に呟いた。彼女の隣にいる亮さんも視線を明後日の方向に向けて溜息を吐いている。私がマイペースなのは今に始まった事ではないが、この二人の反応は大げさだ。と言うか、相手に隠そうと言う意思がまったく感じられないのもどうかと思う。
「十代達のデュエルも気になりはするけど、シャワー室開けて貰ってるトメさん待たせちゃ悪いしね」
「あなた、まだ職員用のシャワールーム使ってるの? いい加減、お風呂くらい女子寮で入ればいいのに」
「明日香と?」
「何よ、不満?」
「……明日香と並ぶ自信も勇気もないです」
ジュンコとももえもスタイルいいし、と明日香の胸元を見つめながら言うと、亮さんは女2人の会話から気まずそうに目を逸らした。亮さんはモテる割に純情だ。それに紳士。顔良し、成績良し、人柄も良し、更には将来有望。これだけの有望株にも関わらず浮ついた話を聞かないのはひとえに、彼がデュエル一筋だからだろう。これで女好きだったらアカデミアの風紀は乱れてしまうだろう、と脳内でブルー女子達に笑顔で愛想を振りまく亮さんを想像してしまった。物凄い違和感。
「亮さんは、ずっとそのままでいて下さいね」
切羽詰まった声色で亮さんの両手を硬く握り締めながら彼を見上げると、うろたえた様に目を見開かれてしまった。私の演技力の賜物、亮さんは戸惑いからか少しだけ頬が赤く染まり視線は宙を彷徨っている。
亮さんの中々見られない反応を楽しんでいると、崖下から「デュエル!」と威勢のいい声が二人分聞こえた。どうやら彼らの戦いが始まったようだ。二人の声を合図に、私は地べたに置いていた荷物を抱え直すと、ようやく落ち着いた亮さんが両手の置き場に困った様に自分の手をさすりながら、よく通る声で私に尋ねた。
「見ていかないのか?」
「はい。早くしないと、校舎開けてくれてるトメさんに悪いですから」
「もう遅い、俺が送って行こう」
「え、大袈裟ですって。ここ、デュエルアカデミアですよ? それに、亮さんにはレイのデュエルを見届ける義務がありますから」
「……そうか、気を付けろよ」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、頑張ってクライマックスまでには帰ってくるんで!」
「ちゃんと髪乾かすのよ?」
「明日香は私のお母さんですかい! あ、でも」
口煩い明日香の肩に、身長差に苦労しながらもオシリスレッドの上着をかける。冷えた肩に手が触れると、彼女は驚いた様に声を上げた。
「?」
「そんな薄着だと、風邪退くよ?」
「でもあなたに悪いわ」
「私、長袖だし」
制服の下に着ていた黒いアンダーの袖をひっぱり右手を上げると、明日香は少しだけ渋る様に眉を潜めたが「お言葉に甘えとくわ」と微笑んだ。私もそれに笑顔を返し、アカデミアの校舎へと急ぐ。
「フェザーマンを攻撃表示で召喚!」
遠くから、自信に満ちた十代の声が響いた。
明鏡止水