「大仕事みたいね」



 ブルー寮からの帰り、十代、翔くん、隼人くんの3人が大荷物を抱えて階段で四苦八苦していた。彼らが抱えている木製のベッドは、私の部屋に置いてある物と同じタイプのシングルベッドだ。マットレスは別に運ぶとして、外枠だけでも結構な重さだろう。それを3人とは言え軽々運んでいる姿を見ると、カードゲームと言う本来インドアな分野を学んでいるが、一丁前に男の子なんだなあと思う。


「あ、さん、おかえりなさい。ボク達、レイくんのベッドを運んでるんだよ」
ー、お前またブルー寮で飯食ってきたのかよ?」
ばっかおいしいもの食べて、ずるいんだな!」


 帰ってきて早々、口ぐちに文句を言う十代と隼人くんに溜息を吐く。
 明日香と交流を持ってから半月、私は頻繁にブルー寮の食事に招かれている。私にとってはジュンコやももえも交えての貴重な、同性だけで話す機会でもあるし、ブルー寮の食事はレッド寮とは比べものにならない。毎日食べるのは少々辛いものがあるが、週に何度か御呼ばれして、華に囲まれながら豪華なディナーは魅力的なものだった。しかしレッド寮の質素な食事で生活している十代達から、こうやってぬけがけを叱られる事も少なくない。私は力なく笑い、左手の紙袋を高々と持ち上げた。


「そう言うと思って、持って帰ってきてあげたわよ」
「やったぁ、ありがとうさん!」
「さっすが!」
「気がきくんだな!」
「……手のひら返しやがって」


 現金な彼らに悪態を吐きつつ笑うと、見知らぬ人物が目に入った。帽子を目深に被り、十代よりも頭ひとつ低い少年だ。彼は私と目が合うとおどおどと視線を逸らし、帽子のつばを右手で押さえた。


「誰、それ?」
「それって……編入生の早乙女レイくんだよ。さん、食事のときいなかったからわかんないだろうけど」
「ふーん。早乙女レイ、くんね。それはこの子の荷物?」
「部屋が足りないから、イエロー昇格までオレたちの部屋に住む事になったんだな」
「十代たちの部屋を4人で……?」
「確かに、ちょっと狭くはなると思うけど仲間が増えるのは大歓迎だぜ!」
「完結してる所悪いけど……部屋なら、空いてるじゃない」





さん、本当によかったの? レイくんと相室なんて……」
「私の部屋も元々は3人部屋だしね。3段ベッドじゃないから窮屈にはなるけど、十代たちの部屋よりかはいいでしょう」
「でも、ボク……」


 私の部屋に所狭しと並んだふたつのベッドを見て、レイは居心地が悪そうに視線を落とした。少年だと紹介された早乙女レイを私の部屋に招くのは理由がある。私は彼――いや、彼女の名前には確かに聞き覚えがあった。


「レイは男の子なんだな。と一緒はまずい気がするんだぁ」


 丸藤亮を追って転入してきた小学生の女の子。確か使っていたデッキは恋する乙女を主体としたコントロール奪取系のデッキだったと記憶している。アニメで、彼女がどうやってレッド寮での数日間を乗り越えたかは描写されていなかったが、こんな幼い女の子をいくら少年と思っているとは言え男の中に放り出すわけにはいかない。


「まあ、そんな度胸があるとも思えないけど……。叫び声ひとつで、十代あたりが飛んできてくれるよね?」
「おう! と言っても……レイが何するんだ?」
「……あんたには無縁なことよ、十代。じゃあ話は終わり! 皆にはこれ」


 ブルー寮の食事を十代に渡すと、彼は文字通り飛び上がって喜んだ。半透明のタッパに入った料理を机の上に並べ、一つずつ蓋を開けては吟味している。


「翔、隼人、メインはエビチリだぜ! なぁ、箸貸してくれ箸」
「自分の部屋に戻って食べなさい」
「ちぇ、何でだよー」
「同室となる以上、レイと話し合わなきゃいけないことがあるからね。あ、温めなおす?」
「十分アツアツだぜ! レイはいらねーのか?」
「ボクは遠慮しとく……」
「晩飯の時と言い、お前少食だなぁ。じゃあレイ、また後でな!」


 台風の様に過ぎ去っていった十代、そして彼の背中を追う翔くんと隼人くんを見送り、鍵をかける。がちゃん、と予想以上に大きく響いた錠の音に早乙女レイは大げさに体をビクリと揺らした。


「まだ名乗ってなかったかな、私は。女子は全員ブルーなんだけど、いろいろ事情があってひと月くらい前からレッド生やってるわ。よろしく」
「早乙女レイ。……よろしく」
「じゃあ、レイ。この部屋のルールその1よ……室内では帽子を、脱ぐ!」
「あ……!」


 ベッドの間で立ち尽くすレイとの距離を一気に詰め帽子を奪う。一緒に外れた髪飾りのせいで女の長い髪が露になった。彼女は茫然と、カーペットにはらりと落ちる緑のバンダナを見つめ、私を睨みつけた。


「な、何するんだよ!」
「それはこっちの台詞よ。どうしてあなたみたいな女の子が男装までして、デュエルアカデミアにいるの。教えてもらえる?」
「…………」
「今まではどうにか誤魔化してこれたかもしれないけど、怪しんでる人間も多い筈よ。ずっと男子寮に住む訳にもいかないし」
「……」
「別にあなたを嫌いだからいじめてる訳じゃないの。ただ、色んな危険を冒してまで、ここにいなくちゃいけない理由を知りたいのよ」
「……言えない」
「言えない。……そう、だったら仕方ないね」


 早乙女レイの頭に帽子を返してやると、彼女は不思議そうに目を見開いて私を見つめる。その瞳には不安と困惑が滲んでいた。


「……聞かないの?」
「だって、言いたくないんでしょ? 私だって鬼じゃないんだから無理やり聞き出したりはしないわよ。それに、十代の受け売りだけど、新しい仲間が増えるのは大歓迎だし」
……」
「何が目的かは知らないけど、バレないように気をつけなさいよ。十代達ならともかく、教師にばれたら流石に庇えないわ」
「あ、ありがとう! ボク、頑張るよ」



乙女の秘密