俺とデュエルするか、明日から授業を受けるか、などという2択を出されたら、勿論前者を選ぶだろう。渋々受けたデュエルは、普通に負けたが、彼はデュエル開始前にとんでもない事を口にしていたのだ。
「俺が勝ったら、明日から授業を受けるって約束してもらうぜ!」
私は了承した覚えはないのだが、十代の中では決定事項だったらしく、早朝から引き摺られてデュエルアカデミアへの校舎へと連れて行かれた。どうしてこんなに他人の事なのに構うのかと探りを入れてみれば、どうやら大徳寺先生に泣きつかれたらしい。まあ、大徳寺先生から言われなくても、俺はと一緒に登校するつもりだったけど、と十代は笑っていた。
斯く言う私はというと、十代に引き摺られて受けざるを得なかった午前の授業は散々だった。今まで出席しなかった私を、同学年どころか他学年の生徒まで物珍しそうに眺め、教師たちはサボっていた事に対しての当てつけか何度も当てられた。私だけなら自業自得でまだいい、クロノスに至っては近くにいた翔くんにまでとばっちりが及んでしまったのだ。
終礼のチャイムが鳴り響く。科学の授業は勉強し終わった分野が出たが、テストが近いので復習には丁度良いだろうと割り切った。むしろ心配なのは私よりも、授業中ずっと居眠りをしていた十代だ。簡単ではない単元なのだが、終礼と共に飛び起きた十代は黒板に残された板書を移す事すらしようとせず、すぐに食事へと移ろうとしている。
「よし、やっと終わったぁ! 、翔、飯だ!」
「アニキ、また寝てたんスか?」
「おう、が瞼に目描いてくれたからな!」
「翔くん、それは気づこうよ。席は真横なんだから……」
「、早く行こうぜ!」
「ノートまとめて行くから、先に行ってて」
十代は大口を開けて寝ていたのにも関わらず、彼の真横にいた翔くんは大げさに目を見開いて見せた。そんな翔くんに苦笑しながら言葉を返す。
教室の入り口から急かす十代を見送り、化学式がずらずらと書かれたルーズリーフをバインダーに仕舞いながら溜息を吐く。未だ収まらぬ好奇の視線に、私の苛々は最高潮で叫び出しそうだ。
「災難みたいね」
「……天上院さん」
背後からの声に振り返ると、明るい髪に高い背、整った顔にあのブルー女子の制服を誂えた様に着こなす、今まで無縁と思われていたオベリスクブルーの女王、天上院明日香がそこにいた。彼女は目立つ存在で、尚且つアニメの主要キャラだったから私も知っているが、彼女が不登校で接点のない私に話かけてくるなんて何だか不安だ。これから体育館裏に呼び出しでもあるのだろうか。まあ、彼女はそんな俗な事はしないと思うが。
「あなたが授業に出席するなんて、珍しいわね」
「あーまあそこは、察してもらうと嬉しい」
「十代ね……」
「うん、まぁそこら辺の天上院さんの洞察力はすごく有難い。有難いんだけどそんな可哀想なものを見るような目は止めて欲しいかな」
「ごめんなさい。……そんなつもりなかったのだけど」
「……」
「な、何かしら……」
彼女の憐れむような目に、畳掛けるように言葉を紡ぐと、天上院さんは申し訳なさそうに微笑む。あまり話す事のなかった――むしろまともに会話したのは今回が初めてかもしれない――天上院さんを、心にゆとりを持って間近で見るのはこれが初めてで、不躾だと分かっているが上から下までまじまじと見入ってしまった。
そして落ち込んだ。人形のように愛らしく、尚且つ凛々しい容姿、引き締まったウエストに高い背。胸なんて正直、三十路前だった頃の私よりも確実にある! 将来の自分を知っているだけに更にダメージが大きい。アニメのキャラだって分かってても15,6の子供に負けるなんて何だかすごく惨めだ。生きている意味を問いたくなってきた。
「て、天上院さんも、これからお昼?」
「ええ、ブルー女子寮に戻ろうと思うの。
それで……その、あなたもどうかと思って」
「ああ、私も一緒に……………………………その理由を30字以内で説明してもらおうかな、うん」
天上院さんの突拍子もない申立てに、私の脳内を管理するマザーコンピュータはエラーを起こしたようだ。処理速度が停滞して、これ以上追い討ちを掛けられるものならフリーズして強制終了の流れになってしまう。
「あなたに興味がある、これじゃあいけないかしら?」
「…………は?」
「この前の定期試験で、私とデュエルしたこと覚えてるわよね?」
「勿論、覚えてます」
天上院明日香とのデュエルは記憶に新しかった。彼女と戦ったのは、2ヵ月程前の定期試験の時だ。あの時の私は、どうせ相手はブルーの名前もないようなモプだろうと高を括り、新しいデッキを試そうと会場へ向かった。しかし、そこで私を待っていたのは、ニヤニヤといやらしく笑うクロノスと凛と背筋を伸ばすオベリスクブルーの女王だったのだ。
「私、あんなデッキがあるなんて思いもしなかった。あなたと話したいと思っていたんだけど、デュエルが終わるや否や挨拶もしないで帰ってしまうんだもの」
「……いや、天上院さん怒ってたから…」
「失礼ね、怒ってないわよ」
今現在、目の前の天上院さんは苦笑しているがあの時は確実に怒っていた。目が怖かった。だから私は文字通り部屋へ逃げ帰ったのだ。
「人付き合いが嫌いなのかと思って今まで声をかけずにいたけど、十代たちとの様子を見るとそうじゃないみたいだから、思い切って声をかけてみたんだけど……。やっぱり、迷惑だったかしら?」
「う、ううん! そんなことない、大歓迎です」
綺麗なお姉さんは好きですか? 古いCMが脳内を過った。私ならこう聞かられたら即答するだろう、大好きです、と。今までは主要キャラには出来るだけ関わらず地味にひっそりと生きていた。だからと言って、万丈目達に黄色い声を上げるブルー女子にもついていける気はしないし、彼らよりも精神的に彼らより年上な私は、必然的にひとりで行動するようになっていた。だが、十代と関わってしまった以上(不思議なことに彼は私を気にかけてくるし)主要キャラと距離を取る必要はなくなる。
デュエルアカデミア初の同性の友人は、飛び切りの美人。写真でも撮って弟や家族に自慢したいくらいだ。つい頬が緩んでしまう。私の邪な下心など知らず、天上院さんは綺麗に微笑んだ。
hello! my friend!