「デュエル!」
「………デュエル」


 ざわりと、生温い風が二人の間を通り抜けた。レッド寮の前、早朝から私たち二人はデュエルディスクを片手に向かい合っている。結局、デュエルを了承してしまった自分の意志の弱さに溜息を吐きつつ、遊城十代からワンテンポ遅れて手に馴染まないデュエルディスクからカードを引き抜いた。


「お手並み拝見と行こうか!」
「……ドロー、私は[ピラミッド・タートル]を守備表示で召喚。カードを2枚伏せてターンエンド」
「なんだ、それだけか? 俺のターン、ドロー![E・HERO フェザーマン]を攻撃表示で召喚! 場に2枚伏せて、ターンエンドだ」
「私のターン、ドロー。手札からマジックカード[天使の施し]の効果発動。私はデッキから3枚ドローして、2枚を墓地へ送る」


 手札から2体のモンスターを墓地へ送り、早朝にも関わらず増えて来た観衆にこっそりと溜息を吐く。場と手札は至って順調、主人公である遊城十代に勝てるとも思わないが、上手くいけば後数ターンで終わらせる事も出来る。彼の切り札も出せず、これ以上ギャラリーが集まる前に終わらせるのなら万々歳だ。小さく深呼吸して、冷静に手札を見比べ行動に移す。


「モンスターをセット、ターンエンド」
「ドロー! 俺は[E・HERO スパークマン]を召喚! ピラミッド・タートルに攻撃だ!」
「破壊されたことにより[ピラミッド・タートル]のモンスター効果発動。このカードが墓地に送られた時、デッキから守備力2000以下のアンデッド族モンスターを特殊召喚できる。私は[龍骨鬼]を特殊召喚」
「攻撃力2400か、わくわくして来たぜ! 俺はフェザーマンで裏守備モンスターを攻撃!」
「迂闊ね、このモンスターは守備力1050の[ゴブリンゾンビ]。よって相手プレイヤーのライフに50のダメージ」
「……50ってかなり微妙だな」
「この中途半端さがいいのよ」
「よっくわかんねぇな……ターンエンドだ」
「ドロー。……私はゴブリンゾンビを生贄に、[ヴァンパイア・ロード]を召喚。
 そしてゴブリンゾンビのモンスター効果発動。このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分のデッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を選択し、お互いに確認して手札に加える。私はデッキから[ワイトキング]を手札に加えるわ」
「一気に攻撃力2000以上のモンスターを2体も……」
「流石学力1位、そう来なくっちゃな!」


 不安げにフィールドを見つめる丸藤翔とは正反対に、遊城十代の威勢のいい声が響く。


「ヴァンパイア・ロードでフェザーマンを攻撃」
「そうはいくかよ! [異次元トンネル−ミラーゲート−]! フェザーマンとヴァンパイア・ロードを入れ替えてバトルを続行するぜ!!」
「させない。リバースカードオープン! [魔宮の賄賂]! よってミラーゲートの効果は無効、そして破壊!」
「くっ……! だが、俺は魔宮の賄賂の効果でデッキからカードを1枚ドローする」
[龍骨鬼]でプレイヤーにダイレクトアタック!」
「リバースカードオープン、[ヒーロースピリッツ]! 龍骨鬼によるダメージは0だ!」
「それならここで、ヴァンパイア・ロードのモンスター効果はつど………あ」
「ん?」
「……間違えた。ヴァパイア・ロードのモンスター効果は相手にダメージを与えた時に、相手プレイヤーは指示された種類のカードをデッキから1枚捨てるって言うのなんだけど……私、前までこれ強制効果だと思ってたからついうっかり発動してしまいました、はい。あーこれ、宣言しちゃったから駄目よね」
「俺は別に構わないぜ?」
「いや、駄目だ。そこら辺はきっちり行こう。
 私が指定するのは……うーんと、魔法? うん、マジックカードでいいや。1枚捨ててね。
 カードを1枚伏せて、ターンエンド」


 遊城十代がデッキから1枚カードを捨てるのを確認して、私は小さく唸った。ヴァンパイア・ロードの効果で墓地に落とすカードは相手が決められるから、結果的に相手のデッキ圧縮に繋がってしまう場合も多いのだ。初歩的なミスだな、と誰かが笑った。煩いぞ、外野。


「俺のターン、ドロー!手札から[フレンドッグ]を守備表示で召喚して、ターンエンドだ」


 彼の場には守備力800のモンスターが1体と、リバースカードが1枚。しかしフレンドッグには墓地に送られた時、墓地から自分の墓地からE・HEROと名のついたカード1枚と魔法カード[融合]1枚を手札に加える、厄介な効果がある。十中八九、先程のヴァンパイア・ロードの効果で墓地へ落したのは融合のカードだろう。ああもう、なんて初歩的なプレイングミスだ! 外野に笑われても仕方ないじゃないか!


「……私のターン、ドロー」


 遊城十代の次の手はおそらく、フレンドッグの効果で墓地から拾い上げた融合と融合素材で[フレイム・ウィングマン]とフィールド魔法[摩天楼―スカイスクレイパー―]だろう。彼のフェイバリット・モンスターだ。ソリッドビジョンとは言え、火は御免被りたい。溜息を吐きながらカードを1枚ドローする。引き当てたカードを見て、私はほくそ笑んだ。そうだ、それならば彼にモンスターを召喚させなければいい。私の、このターンで終わらせればいいのだ。


「これで決める。
 私は手札からマジックカード[おろかな埋葬]を発動。デッキから[ワイト]を墓地へ送る!」
「ワイトォ?」
「更に、手札から[ワイトキング]を召喚。ワイトキングは、墓地にあるワイトと名のつくモンスター1体につき、攻撃力が1000ポイントアップする。私の墓地には[ワイト]が2枚、[ワイト夫人]が1体。よって、ワイトキングの攻撃力は3000!」
「さ、3000だって……!?」


 ギャラリーが驚愕とも歓声ともとれる声を上げた。遊城十代もここまでか、なんて諦め交じりの声も聞こえる。だが、圧倒的不利な状況でも彼は瞳を煌かせ笑った。


「すっげぇ! お前、面白ぇな!!」
「それはどうも。龍骨鬼で、フレンドッグを攻撃!」
「くっ……! フレンドッグのモンスター効果により俺は墓地から[融合][フェザーマン]を手札に加える」
「まだ私のバトルフェイズは終わっていないわ。ワイトキングでプレイヤーにダイレクトアタック!」


 ワイトキングとヴァンパイア・ロードのダイレクトアタックが決まれば遊城十代のライフは0。ほっと息を吐いてワイトキングのソリッドビジョン越しに彼を見ると――笑っている!


「こんな楽しいデュエル、早々に終わらせるかよ! リバースカードオープン! [クリボーを呼ぶ笛]
『クリクリー!』


 遊城十代のデッキから[ハネクリボー]が飛び出し、彼とワイトキングの間に立ち塞がり、ワイトキングの剣により消失した。


「ハネクリボーが破壊されたターン、プレイヤーが受けるダメージは0になる! 助かったぜ、相棒」
『クリクリー』
「……ターンエンドよ」


 遊城十代の隣で、先程破壊された筈のハネクリボーが笑う。初めて見るその愛らしい姿が、私の神経を逆撫でした。毛玉風情が私の邪魔をしやがって! これが今の正直な感想だ。何かを感じ取ったのか、毛玉はぞわりと毛を逆立てきょろきょろと周りを見回す。
 あのおかしな存在は世間一般的にカードの精霊と呼ばれるものだろう。精霊を見るには素質が必要だと聞く。その夢見る乙女とかに備わっていそうな素質とやらが、私にあったとは似合わなすぎて腹を抱えて笑いたい気分だ。もっとも、この世界の殆どの人間には見えておらず、最早都市伝説のような存在になりつつあるみたいだけれど。


「俺のターン、ドロー! 手札から[強欲な壺]を発動、デッキからカードを2枚ドローする。来たぜ……! [フェザーマン][バーストレディ]を手札融合!来い、マイフェイバリットカード[フレイム・ウィングマン]!」
「フレイム・ウィングマンの攻撃力は2100……まだ3000のワイトキングには届かない」
「ヒーローにはヒーローの舞台ってもんがあるんだぜ!
 俺は手札からフィールド魔法[摩天楼―スカイスクレイパー―]を発動! スカイスクレイパーはE・HEROと名のつくモンスターが攻撃する時、攻撃モンスターの攻撃力が攻撃対象モンスターの攻撃力よりも低い場合、攻撃モンスターの攻撃力を1000ポイント上げる!」


 スカイ・スクレイパーのソリッドビジョンが展開されると、フィールドには摩天楼が聳え立つ。その中の一際高いビルの上にフレイム・ウィングマンのシルエットが見えた。


「フレイム・ウィングマンでワイトキングに攻撃! フレイムシュート!!」


 フレイムウィングマンの攻撃が、ワイトキングを灰にする。やけにリアルなソリッドビジョンに、息が詰まった。崩れそうになる足を、意地だけで支える。


「そして、フレイム・ウィングマンのモンスター効果により破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受けてもらうぜ」


 目前に、フレイムウィングマンの右手がつき出さる。焦点の合わない視界でそれだけが確認出来た。体の震えを押し殺し、自分にソリッドビジョンだと言い聞かせると、眼前が赤く染まる。


「――――っ!」


 堪え切れず膝を付くと、フィールド魔法のソリッドヴィジョンで隠れていた土と草の少し湿った感触がした。どこからか人の焼ける臭いがする。制服の袖に燃え移り、私を溶かして焼いていく。真っ黒にただれて、指先から崩れ落ち―――「おい!」

 誰かの声に引き戻される。顔を覆っていいた右手をずらすと指の隙間から心配そうな遊城十代の顔が見えた。


「大丈夫か!? 何かすっげぇ顔色悪いぜ?」
「……大丈夫」
「そんな顔色で言われたって納得できねぇよ」


 耳元で怒鳴る遊城十代の声に顔をしかめつつ、込み上げてくる吐き気を押し殺す。彼に攫まれていた手は情けなくも震えていた。


「……だい、じょうぶ。ただの貧血」
「貧血って……本当に大丈夫なのか?」
「平気だから。ほら、それにもう行かないと、遅刻する」


 予鈴が遠くの校舎から聞こえてくる。レッド寮と校舎は距離が開いている為、予鈴が鳴ってからでは全速力で走りでもしないと遅刻は必至だ。いつの間にか、大勢いたギャラリーもいなくなっている。この醜態が大衆の目に晒されずに済んだ事に安著の息を漏らす。遊城十代の鞄を持った丸藤翔が、急かす様に彼の名前を呼んだが、彼は私の手を取ったまま悩む様に丸藤翔と私に交互に視線を向けた。どうやら、私が不登校と言う事も忘れて遅刻の心配をしてくれているらしい。


「あー、でもが……」
「私はいいから。こんな状態じゃ授業なんて出られないし」
「分かった。けど、無理はするなよ?」
「……大丈夫よ、ありがとう。じゃあ、いってらっしゃい、十代」


 私が十代の名前を呼んで彼の背を押す。振り向いた十代は太陽みたいに笑って駆け出した。



心的外傷