05.Impulsion

 備え付けのキッチンで夕食の準備をする。アレンは扱き過ぎたのか、戻してしまったので食卓には胃に優しい食事ばかりが並んだ。クロスは今夜は帰ってこないだろう。


「アレン、大丈夫?」


 ベッドに寝転ぶアレンに声をかけるが、熟睡しているらしく起きる気配はない。実践の後、言い渡したトレーニングメニューはとても十三の子供が一日にこなせる量ではない。半分こなせれば十分だろうと吹っ掛けたそれを、アレンはやってのけた。何ともまあ、末恐ろしい子供だ。
 英語で書置きを残して、しんと静まり返った夜の街へと繰り出した。先程まで降っていた雨のせいで、石畳は濡れている。水が跳ね返るのも構わずに、私は駆け出した。
 空腹が酷い。人間の食事をいくら摂取しても、誤魔化し切れない。


「マオ」


 呟くように名前を呼ぶと、袖の中から一匹の動物が現れる。マオはクロスが私のボディ――ダークマターを利用して製造したゴーレムだ。一見、黒猫の様だが瞳がないマオはやはり異質で、普段は私の中に収納してある。
 マオは聴覚、及び嗅覚が発達しており、アクマに内蔵されたダークマターを嗅ぎ分ける事が出来る。私の心強い相棒だ。


「マオ、分かる?」


 マオは私の呼びかけに答える様に長い尻尾を揺らす。ひらりと民家の屋根に飛び乗ると、ついてこい、という様に一度こちらを振り返り、走り出した。
 伯爵の動きが活発化してから、どの街にもアクマは潜んでいる。ここも例外ではないらしい。おかげで、空腹に負けて人間を襲う様なへまはそんなにした事がない。
 ――そう。あくまでそんなに、だ。
 ドン、と銃声が聞こえ、真横の住居が倒壊する。思考に気を取られ、アクマの出現に気付けなかった。Lv1のアクマは既にボディをコンバートしている。爆音と共に降り注ぐ鉄の雨を防ぐために、十数本のナイフを構成し石畳に突き立て巨大化させる。盾の様に並んだナイフはアクマの銃弾を受け止めた。しかし、長くは保たないだろう。私のナイフはあまり強度が高くない。ひび割れ始めた盾の隙間から、大振りなマシェットを投擲する。マシェットは唯一、人間らしさを残した頭部に命中するが、アクマは声一つ上げない。


「……醜い」


 小振りなナイフを構成し、投擲する。アクマは避けようともせず、全てが突き刺さった。本当に醜い。痛みも、悲しみも、自我すらない兵器。千年伯爵の玩具。殺戮兵器だとしても、ここまで来るといっそ哀れだ。
 崩れた住居を足場に上空へと飛び上る。五本のマシェットを構成、ハンドルにワイヤーを通し投擲。アクマは、石畳へと縛り付けられた。身動きの取れないアクマのボディへと着地すると、身の丈程もある大振りなマシェットを構成し、頭上へと掲げる。
 やはり、この瞬間が最も気分が高揚する。まるで、血が沸騰している様だ。湧き上がる興奮に、口元が弧を描くのを止められない。
 硬いアクマのボディにマシェットを突き立て、解体する。どす黒い血液を浴びるのを構わず、ボールの様な体の奥深くに埋もれた魔導式ボディを掴んで引きずり出した。

 刹那、銃声が響き渡る。魔を滅する銃弾が貫いたのは、私が血に塗れた手で掴んでいたアクマのボディだった。


「酷い顔だ、見れたもんじゃないな」
「……クロス」
「食事は禁止だ。守れないなら――破壊するぞ」


 断罪者の銃口を額に突き付けられる。ひやりと、背中を何か冷たいものが通った気がした。
 クロスは怖い。どれだけの時間一緒に過ごしたとしても、この人に対する恐怖は薄れる事はないだろう。それは私がアクマで、彼がエクソシストだからだ。


「まだ、我慢できる。……人間は、襲わない」
「アクマもだ。これ以上進化されたら、破壊するのも骨が折れる」
「はい」


 断罪者を懐に仕舞ったクロスが、左手に握ったウイスキーの瓶で私の頭を小突く。帰って飲み直すぞ、と先を歩くクロスの背中を小走りで追った。