02.Remanier

 すごい、画期的ね。そういって微笑んだら、子供は困惑した様な顔で首を傾げた。幼くも愛くるしい顔に、禍々しい逆さのペンタクルが異質だ。五芒星――ペンタクル――は守護として使われるが、逆さにするとそれはデビルスターとして悪魔の象徴にもなる。光と闇はどこまでも表裏一体だ。
 左の目に刻まれた呪いに手を伸ばすと、子供はびくりと体を竦ませた。ああ、そういえばこの子供には私に内蔵された魂が見えているのだった。他のアクマを取り込む時に何度か見たことがある。アクマの魂は歪んでいて、見ていて気持ちのいいものではないのだろう。


「私はアクマだけど、ちょっとした諸事情で千年伯爵の命令に背いて行動できるの。だから、人間を襲ったりしないわ」


 安心させるように微笑みかけると、アレンはクロスに助けを求めるように視線をやった。それを無視して、クロスはテーブルに上げた足を組み直す。薄汚れた宿で、優雅にワインを口に運ぶクロスは何とも違和感だ。
 私とクロスが無言で見つめ合って数秒、唐突に、彼は思いついた様に口を開く。


「丁度良かった、。お前、ソイツと戦え」
「は?」





 郊外まで足を延ばすと、誂えた様に廃墟が広がっていた。何でも、十数年ほど前にアクマの襲撃により滅びた街の一部らしい。準備運動の様に、首を回してジョイントをカチカチと鳴らす。ローヒールなパンプスのつま先で地面を均し、数メートル先のアレンに声をかけた。


「さぁ、どこからでもドーゾ」
「ボディをコンバートしないんですか?」
「エクソシスト見習いに本気だして殺しちゃったらどうするの。それこそ、標本にされちゃうわ」
「……わかりました」


 アレンがゆっくりと左手を持ち上げると、埋め込まれた十字架から放たれた光が一瞬の内に彼の腕全体を包み込み硬質な鎧へと変化する。子供だと思っていたが、解放までの時間が随分と早い。これは才能か、はたまた努力の賜物か。
 和服とは違う広がり方をした袖の中に、私は右手を突っ込んだ。これは最早癖の様なものだ。アレンの死角の中で、オイルを四本のナイフに構成して取り出す。傍から見れば、私が袖の中に武器を隠し持っているように見えるだろう。アクマだと隠して、同胞を捕縛する時に相手、及び一般人に正体が悟られない様にするために身に付いた知恵だ。
 手始めにナイフ――形状的には棒手手裏剣に近い――を投擲すると、アレンは軽い身のこなしで避ける。百に近いナイフを投げ終わり、私はぱちぱちとわざとらしく手を叩いた。
 アレンは雨の様に降る刃物を、傷一つ負わずに避けて見せたのだ。それも、彼の武器である左手を使わずに。取り敢えず、身のこなしは合格点と言えるだろう。


「クロスに弟子入りして、どれくらい?」
「一年です」
「すごい!」


 思わず、感嘆の声を漏らした。
 一年でこれだけの実力をつけたからではない。クロスの元で一年も暮したのだ。物凄い忍耐力だ。私が人間ならば三日で逃げ出す自信がある。むしろ、再開して数時間とは言え一番弟子との戦闘、しかもただの思いつきでだ。逃げ出したくなるのも無理はないだろう。
 訓練場所に表れすらしないアレンの師匠を思い浮かべで溜息を吐く。本当に弟子として訓練しているのだろうか。ちょっと心配だ。クロスの指導力を見る為にも、この組み手でアレンの実力を見極めなくてはならない。


「じゃあちょっとだけ、本気だしても大丈夫よね?」


 独り言の様に呟いた言葉はアレンにも聞こえた様で、少しだけ不服そうな顔で彼は頷いた。ひゅ、と息を吸い込み地面を蹴る。アレンの胸元を狙ってナイフを投擲するが、それは彼の右手で予定調和の様に受け止められた。


「あらら。投げナイフ、経験あるの?」
「師匠に拾われるまで、サーカスにいましたから」
「子供だと思って甘く見すぎてたみたいね。でも、早く離さないと危ないわよ?」


 私が忠告した直後、アレンの右手にあったナイフが、ポンと軽い音を立てて爆発した。勿論、威力は弱めてあるので目眩ましにしかならない。様子を窺いながら、瓦礫を足場に上空へと飛びあがった。
 咳き込みながら、転がる様に煙の中から飛び出すアレンに向かって、空から八本のナイフを投擲する。交差する様に飛んでくるナイフを、アレンは身を低くする事で交わす。
 しかし次の瞬間、私の意思で伸びたナイフが檻の様にアレンを取り囲んだ。


「なっ!?」
「捕まえた」


 アレンは驚愕の声を上げるが、すぐに冷静さを取り戻し左手で檻を破壊しようとする。「あ、それ触んない方がいいかも」と、私が忠告する前に、アレンの左手がナイフを切り裂き、破壊されたことによるオート機能によって小規模な爆発が起こった。
 爆音に紛れて悲鳴が聞こえる。爆煙が風に運ばれた後、そこには倒壊した廃墟に押し潰されて気絶したアレンが転がっていた。