01.Nice te rencontrer

 左目に傷のある子供は、私を見てとても悲しそうな顔をした。彼の左手が、青白い光を帯び鉤爪の様な形に変化する。それは紛れもなく、対アクマ武器。あのクロスが弟子を取ったという噂は真実の様だ。


「こんにちは。あなたがクロスの弟子?」
「どうして、アクマがここにッ!?」


 左手を胸の前で構えながら声を荒げた子供に、私は首を傾げた。ボディをコンバートしていない状態では、エクソシストとはいえ普通の人間には見分けがつかない筈なのだ。ピンと、その場の空気が張り詰める。小さく息を吐き、左手を振り上げようとした子供に背後から見事な踵落としが決まったのは、その直後の事だった。


「し、師匠! 何するんですか!?」
「それはこっちの台詞だ馬鹿弟子。そいつは俺の客だ、通せ」


 客、という言葉に子供は目を見開くが、数秒の間の後に怪訝な表情で道を譲る。どうぞ、と少し間を開けて聞こえた言葉に笑みを深くすると、薄汚れた部屋に足を踏み入れた。
 数年ぶりに会ったのにもかかわらずクロスは相変わらずといった様子で、中央の安っぽいソファーに踏ん反り返っている。背後の子供は、私を警戒してか、体を硬くしていた。


「おひさしぶり。あなたが弟子を取ったと聞いて、遊びに来ちゃったわ」
「遠路遙々江戸からか? 出不精のお前にしては珍しい」
「私も旧友に会いたくなる時だってあるわ。日本じゃ、入れ替わりが激しいし」


 持参した茶菓子をテーブルに置く。「酒」子供に命令するクロスに瞠目しながら、私は無遠慮に手土産のビスコットを自分の口へ運んだ。硬いスプリングがぎしりと軋む。
 顔に不満を浮かべながら、しぶしぶといった様子でワインの準備をする子供を眺めつつ、私は早々に本題を切り出した。


「実はとうとうLv3が出現しまして」
「Lv3だと? 共食いが日常茶飯事だといっても精々Lv2が限度だったんじゃないのか」
「江戸は人間も少ないし、共食いにしても珍しいわ。でもそれよりも問題なのが……」
「言ってみろ」
「そのLv3を吸収したら、私もLv3になっちゃったり」


 テヘ、と若い外見を利用して可愛子ぶってみる。が、それ以上の言葉は顔面すれすれを通り過ぎた、対アクマ武器の弾丸によって永久に封印された。


「ちょっと! やめてよね、そうやってすぐイノセンスぶっ放すの!」
「Lv3になったんだ、一発くらい食らったって壊れはしないだろう」
「壊れなくても、痛いものは痛いわ! それに、Lv3を放置する訳にもいかないでしょう? 私はエクソシストじゃないんだから、食べる以外に方法はないじゃない。いいから武器仕舞いなさいよ!」


 クロスの放った銃弾は、私とその背後にいた弟子にまで被害を及ぼした様だ。子供は顔の真横の壁に残った銃痕を茫然と眺めている。哀れにも、用意されたグラスは床の上で粉々だ。
 クロスは私に聞こえるように舌打ちして、コートの中に彼の対アクマ武器である断罪者を仕舞う。


「それ以上進化するなって言ってあっただろうが。その内、標本にして本部に送りつけるぞ」


 冗談に聞こえないセリフに苦笑いを浮かべると、子供が入れ直したワインと紅茶をテーブルの上に並べた。クロスと、私の前にだ。私がじっと子供を眺めると、彼は不安げな表情でクロスと私を見比べる。
 素直に、面白い子供だと思った。私を壊すべき兵器だと認識しながらも、こうやって客扱いする辺りクロスの教育が行き届いているな、と独り言ちる。勿論、独裁政治という悪い意味でだ。


「それで、紹介してくれないの?」
「馬鹿弟子だ」
「あなたに聞いた私が馬鹿だった。こんにちは、私は。あなたは?」


 クロスを無視して、立ち上がり机の横に立つ子供に声をかける。英国式のお辞儀をすると彼は戸惑いながらも、アレン・ウォーカーと名乗った。私よりも頭一つ分小さい子供は、老人の様な真っ白い髪に、銀灰色の瞳、目鼻立ちがすっきりしており、将来が楽しみな造形だ。


「あなたは、アクマ、ですよね」
「返事としては肯定だわ。それよりもどうして、私がアクマと分かったの? 人間にはボディをコンバートしていないアクマは見分けられない筈はないのだけど」
「……僕には、アクマの魂が見えるんです」


 子供は左目を赤い手で押さえながら、悲しそうに呟いた。