ドリーム小説

The Four Stories

異世界とは

 酒の勢いもあり、店を出た私達はその足で電気街へと向かった。途中手持ちのPCのスペックを尋ねられたが、スペックと言われてもさっぱり何がわからない。よくよく考えたら今私の家にあるのは学生の頃親に買ってもらった古いノートPCで、何だか挙動もおかしい。多分それでは遊べないと言われたので、まずはPCの購入から始まった。

「思い切るなー」
「まあそろそろ買い替え時だとは思ってたんだわ。持ち帰りの仕事もあるしな!」

 経費で落とせたら最高なんだけど、と葉瀬川おすすめのPCを購入する。なんでもゲームをするにはグラボ?という物があった方がいいらしいので、少々値が張るが処理速度やら何やらがすごいらしい奴にした。どこが良いだのこれがすごいだの言われてもさっぱりわからないので、おすすめされた奴の中で一番高い物にした。まあ一番良い物を買っておけば悪いという事はないだろうさ。幸い、遊ぶ暇すらなかった期間が長い為貯金はたんまりとある。
 何軒か店をはしごして、その他必要な物を買い込んで自宅へと戻った頃には日付が変わってしまっていた。

「おー、意外と片付いてんな」
「散らかす暇もなかったし」

 色々設定してやる、という葉瀬川を連れての帰還だ。社会人になってから初めて自宅へと招き入れる男が葉瀬川で、その理由がゲームだなんて色気がなさすぎて泣けてくる。慣れた手つきで買ってきたPC――勿論、荷物持ちは葉瀬川だ。あんなの担いで歩ける筈もない――をセッティングしている葉瀬川は流石だ。あっという間に初期起動の設定までしてしまって、今は件の<エルダー・テイル>をインストールしている。私ならごちゃごちゃしたコードを繋いで取扱説明書を読むだけで朝までかかっただろう。
 冷蔵庫に放置されていたいつ買ったかすら覚えていないビールを渡し、葉瀬川からゲームの内容を聞いていると、長い筈のインストール時間はあっという間に過ぎた。

「性別……」
「好きな方を選べよ」
「じゃあ男で」
「待った。の口調じゃ完璧な男になる」
「わ、私だって女子らしい口調くらいできるわ!」
「女子とかいう年じゃねぇだろ」
「お前は今女の逆鱗に触れたぞ……!」
「あーわかったわかった。女子な。まあプレイ中野郎の背中ずっと眺めてても面白くないぞ」
「葉瀬川は女キャラか。うわ、引く」
「おまっさすがにそれはねぇよ! れっきとした男!」
「よかった。これからどういった顔して葉瀬川を見ればいいか迷ったわ。そのガタイで女キャラとか」

 葉瀬川を弄りつつ、性別、種族、職業、外見などを設定する。中々自由度が高いらしく、迷いながら好みの外見を作り上げた頃には葉瀬川はソファで寝こけていた。まあ確かにハードワークの後だし、疲れているのはお互い様だ。押入れの中から布団を引っ張り出し、大きな体を窮屈そうに曲げている葉瀬川にかけてやると、私も自分のベッドに潜り込んだ。





 目が覚めた、という感覚に首を傾げる。目眩にも似た気だるさを抱えながら立ち上がると、そこはまるで教会の様な建物の中だった。緑を基調とした洗練された装飾は華美ではないが高級感がある。周りには赤や黄色といったカラフルな色をしていた人たちが何やら騒いでいる。そこで合点が行った。成程、私が知らぬ間にゲームとはここまで進化していたのだ。
 昼過ぎに起きた後、寝ている葉瀬川をソファから蹴り落とし、夜にエルダー・テイルで落ち合う約束をした。色々な用事を済ませていたら時間になったので、ゲームを起動したのだ。そしてこうなった。つまりこれから先は葉瀬川が迎えに来るだろうし、じっとここで待っていればいい。教会の隅に座りぼーっとしていた私の所に葉瀬川が来たのは、それからすぐだった。

「ちげぇよ!」

 いやあ、今のゲームはすごいな。という私の言葉は即座に否定された。なんでも葉瀬川が言うには、<エルダー・テイル>は普通のゲームであり、こんな風に感覚があったり自分の体の様に動かせるのはおかしいらしい。

「つまりは?」
「ゲームの中に入っちまったみたいなんだよな」
「……ここおかしいんじゃないのか」

 トントン、と自分の頭を指しながら言う。

「そりゃあ……じゃなくては初めてインしたからわかんないだろうけど、今の状態は異常だ。ログアウトできないしな」
「ログアウトできない……もしかして、現実に帰れない?」
「今更かよっ」
「いや、何か現実味なくって。しかしまあ、今が非常事態という事はわかった」
「このままじゃ明日の仕事も出れないぞ」
「えっ! は、は、葉瀬川! どうしよう!?」

 出勤できないという事は無断欠勤という事だ。そんな事が何日も続いたら、解雇されてしまう。路頭に迷ってしまう!

「取り敢えず、知り合いと合流する事になってっから」
「その人と会ったら出勤出来るのね!」
「いやそれは……わかんねぇよ」
「せめて欠勤の連絡を……っ!」
「だから外部との連絡は無理だって」





 葉瀬川の知り合いという人は落ち着いた眼鏡の人だった。あと目つきが悪い。何だかファンタジーな服装に身を包んだその人は、牧歌的なワンピースを纏う私を見て首を傾げる。

「彼女は?」
「俺の知り合い。今日始めたんだけど運の悪い事に、な」
「そう……シロエです。よろしく」
「あ、どうも。――」
「おい、名前」
です」

 葉瀬川にこづかれて名乗り直す。何でもインターネットでは本名は名乗らない方がいいらしいし、葉瀬川の事も直継と呼ぶ様に言われた。視界の端でちらつく自分のおかしな髪色にも違和感だが、葉瀬川を下の名前で呼ぶ事も何だか気恥ずかしい。この眼鏡の人みたいにハンドルネームだったらまだマシなのに、葉瀬川はどうしてそのままの名前を使っているんだろう。まあ、私も人の事を言えないが。

「どうなってんだよ。知ってることがあったら教えろよ。“腹ぐろ眼鏡”」
「教えたいのは山々なんだけど、こいつばっかりはなー」
「まず、は。夢じゃない。と」
「うん」

 それからシロエさんは現状を整理しだした。正直<エルダー・テイル>の事を知らない私にはさっぱりだが、彼が出した結論もここはゲームの中で、元の世界には戻れないという事らしい。

「よし、当分のところは諦めた。ってことはあれだ。これはファンタジー小説の定番的な状況で、オレ達は今後サバイバルしなきゃならんって云う訳だ」
「困る、とても困る」
「この世界で死ねば元の世界で目が覚めるという可能性もあるけど、あんまりお勧めできないなぁ。『世界は破滅するかも知れないんでサラ金で一億借りましたー!』ってのと似たような意味で」
「あんまり賢い選択じゃなさそな。本当に死ぬだけだったら、そんなの死んだだけ損祭りだぜ」
「そうだね」
「しかしまぁ、サバイバル自体は問題ないんじゃないすか? シロ参謀」
「そうかな」
「だって俺らレベル90だろ? 難関のゾーンを突破しろって云うならともかく、ただ単純にサバイバルって云うのならばさほどキツクないんじゃないかな。金だって持ってるしさ。装備も……オレのはちょっと古いけど、そこそこのはある。問題ないだろう? はまあ……俺がなんとかしてやるよ」
「えらい葉瀬川! まあ当然っちゃ当然だけど」
「俺が誘った訳だしな。あと苗字で呼ぶな」
「つまり私ははせ……直継におんぶにだっこでのんびり過ごせばいい訳か。現実に戻った時に解雇されてたらその責任もとってもらおう」
が解雇されてたら俺も確実にクビだってーの」
「まあまあ、取り敢えずはここで生きていく事を考えろ。任せろ、私は高校時代家庭科は5だった」
「お前ん家のキッチンの有り様を見てるとその言葉は鵜呑みにはできねぇよ」
「えっとその……二人ってもしかして」

 私達のやり取りを見ていたシロエさんが居心地が悪そうに眉を寄せて呟く。私と葉瀬川はお互い顔を見合わせて、一瞬固まり、叫び声を上げた。

引用 ログ・ホライズン(橙乃ままれ)