ドリーム小説

The Four Stories

MMORPGとは

 社会に出たら大人になれると思っていた。
 テキパキ仕事をこなし、上司に認められキャリアを積んで、人間関係も円滑で大人の付き合いもして……私は、そんな"立派な社会人"になれると思い込んでいた。
 しかし認識は甘かった。
 学生の頃のバイトなんて接客業くらいしかした事のなかった私は、キーボードの打ち込みだって満足に出来なかったし、何度書き直しても文句を言われる書類、使えない同期、ちょっとしたミスで起こる朝礼での吊し上げ、挙句の果てには上司のパワーハラスメント。胃薬を飲みプライベートを無視して、ひいひい言いながらデスクにかじりつき、何とか人並みに仕事がこなせる様になった頃にはいつの間にか三年が経っていた。
 二十代前半の三年間を犠牲にして得たものは、周囲からの「女のくせに気が強い」と言う評価とそこそこ信頼できる同僚くらいか。

「取り敢えずお疲れ」
「何とか乗り切ったな」

 同僚でもあり友人でもある葉瀬川と会社近くのチェーン系居酒屋にでビールジョッキを交わす。やけに忙しい年だった。慣れて手際よく行える様になった業務ですら焦燥や疲れからか、あり得ないミスを生み出すのだ。そしてミスは新たな仕事を生む。以前より信用が増え、任される仕事が増えた今年は特に大変であった。それはもう、月に一度の飲み会にすら顔を出せない程に。

「やっと仕事も落ち着いてきたな」
「あのプロジェクトの終結が週末と重なって幸いだったわ。こんなコンディションじゃ通常業務だってまともに行えない」
「随分とお疲れみたいだな」
「そりゃあもう、私の下についた新人が余計な事してくれたからな」

 ため息を吐いて、ジョッキを空にする。新人教育なんて仕事を割り振られたせいでてんやわんやだ。今回のトラブルは殆どその新人君が引き連れて来てくれた。そして監督不行き届きで上司から怒鳴られる私。ああ、なんて可哀相。

「でもよくよく考えたら俺達も新人の時はああだったんだろうな」
「そう考えると今年の新人はまともにPCを扱えるだけ私よりマシだった……!」

 先輩ごめん、と大袈裟に頭を抱える。

はその分野壊滅的だったよなー。大学でもレポート提出くらいはあるだろうに、ブラインドタッチが出来ないなんて」
「文学部で古き良き純文学を愛する教授のゼミだったから、PC使用禁止だったんだよ」
「うわっこのご時世に? じゃあレポートは?」
「オール手書き。たまに旧仮名使いのみ」
「信じらんねぇ、今どきそんな大学あるのか」
「うちのゼミだけが特殊で、他の奴らは真っ当にPC使ってたけどな!」

 酒の肴をつまみながら愚痴を零すのはいつもの事だ。内容は仕事の事だったり、学生時代の事だったりと偏っている。と言うか、社会人になってからは話のネタになる様なイベントは殆ど起きていない、仕事が忙しすぎて。葉瀬川からも仕事とハマっているらしいゲームの話くらいしか聞かないので、同じ様なものだろう。

「そう言えば、葉瀬川ってゲームしてるんだっけ」
「おう。最近は忙しくてインしてないけどな」
「いん……?」
「ログインだよ。って本当PC関係弱いよな」
「パソコン? パソコンでゲームするの?」
「オンラインゲームだし」
「ふーん」

 PCでするゲームなんてソリティアくらいしか知らないが、オンラインという事は恐らく自分だけではなく他人とやるゲームなのだろう。

「なんだっけ、その……」
「<エルダー・テイル>」
「そうそれ。面白い?」
「面白くなきゃ何年もやってないぜ」
「年! 年単位でゲームってするものっ!?」
「定期的にアップデートもあるし、やる事はなくなんねぇからな」
「アップデートとは」
「追加コンテンツ」

 成程、つまり少しずつ出来る事が増えていくのか。確かにカードゲームの大富豪とかでもローカルルールというか、八切とかスキップとか十捨てとか色々ある。多分そんな感じのルールとか縛りとかが毎年少しずつ追加されて、遊びに幅が広がるのか。

「で、どんなカードゲームなの?」
「……そもそもカードゲームじゃねえよ」
「えっ」

 じゃあマイン――

「地雷処理でもねえからな」
「あ、はい」
「PCでやるゲームでそれしか思いつかないのかよ。さすがの俺でもカードゲームを毎日何年もやれないからな」
「私はてっきり葉瀬川がソリティアする相手をネットで求めなくちゃならん程寂しい奴かと思った」
「おまっ失礼だなっ。れっきとしたMMORPG」
「MMORPG」
「大規模多人数同時参加型オンラインRPGっていう意味な」
「よくわからんがRPGという事はわかった。あれでしょ、冒険する奴」
「さすがにRPGは知ってたか」
「それくらいは知っている。まあやった事ないがな!」
「そうなのか。じゃあ、折角だし」

 やってみるか?