急ぎ足でシャワーを終えて明日香と亮さんの背後に忍び寄ると、もう少しと言うところで亮さんが振り返った。亮さんは中腰で足音を立てない様に忍び足で歩く私と目が合うと、驚いたように目を見開き、何か口を開こうとしたが、私が自分の口元に右手の人差し指を一本立てると目的を理解してくれたのか、少しこちらを気にしながらも何事もなかったかのように振る舞ってくれた。ここまで来たのならこちらのもの、私は明日香の肩にそっと手を置いた。


「――っ!」


 明日香は悲鳴こそ上げはしなかったが、びくりと肩を揺らし振り返る。その瞳に少しばかり怒りの色が滲んでいたが、気付かないふりをして十代とレイのデュエルに目を向ける。フィールドでは何故か、十代が彼のモンスターである筈のスパークマンとフェザーマンから攻撃を受けていた。


「……えーっと、この状況はレイのモンスターの効果?」
「ええ。[恋する乙女]は表側攻撃表示で存在する限り戦闘では破壊されず、戦闘を行ったモンスターに乙女カウンターを1つ乗せる事が出来るわ」
「それで?」
「装備魔法[キューピッド・キス]とのコンボで、乙女カウンターの乗ったモンスターのコントロールを得る事が出来る」
「へぇ、聞いた事のないカードばっかりですね……」
「勉強不足じゃないのか?」
「試験範囲外は手を付ける余裕がないからなあ。……って言うか、"乙女"とか"キューピッド・キス"って単語が亮さんの口から出るって不思議な気分だね明日香。今度[お注射天使リリー]主体のデッキでも作って、亮さんに挑んでみようかな」
「どうして?」
「亮さんが声高らかに「お注射天使リリーに攻撃!」と、声高らかに宣言してくれることを期待して」


 堪らず明日香が口元を押さえて吹き出す。肩を揺らしながら笑いを堪える様子を、どこか困ったような表情の亮さんと共に見守っていると、ひゅうと風がふいた。デュエルアカデミアが年中温暖な気候の島にあるとは言え、夜は冷える。私が剥き出しの肩を抱き抱えると、明日香は小さく溜息を吐いた。


「あなた、人の事言えないじゃない」
「これはちょっとうっかりしてただけ。いつもはもう寝るだけだし、適当に上着を羽織ってるんだよ」
「じゃあ早く着なさい!」
「いやいやいや、明日香が着てなって。女子寮まで遠いんだから」


 赤い上着を突き帰そうとする明日香を宥めて、寒さを紛らわせるように腕を組む。今夜は少し風が出ていて肌寒い。月に照らされた彼女の肌は青白く、視覚的にも寒々しい。
 容赦なく吹き付ける海風に小さく肩を震わせると、背後から白い上着が掛けられた。


「え!? いや、あの、大丈夫ですから!」


 肩に掛けられたオベリスクブルーの制服は、紛れもなく亮さんのものだった。いつも制服をきっちりと着込む彼は、今は黒の長袖のインナー1枚でいつもとはまた違った印象を受ける。コートの下の亮さんの体は、モデルみたいにすらりとしていて、このまま上着を返してしまうのが勿体ない気もした。


「俺は大丈夫だ」
「えーっと、でも……」
「いいじゃない、甘えちゃいなさいよ。それにあなたの格好じゃあ、亮も目のやり場に困るわ」


 明日香がからかう様に笑うと、亮さんは居心地が悪そうに視線を逸らす。私は彼の頬が赤らんでいるのを見つけると「お目汚し失礼しました」と小さく笑って白の制服を着込んだ。
 亮さんって、意外に純情。私くらいの体の露出で戸惑っていたら、デュエルアカデミアではやっていけない気がする。だって、胸がぼーんと大きな女子高生が、あんな際どい制服を着ているのだ。カイザーと名高い丸藤亮ならば、言い寄る女生徒も少なくはないだろうし、デュエルアカデミアの女生徒は積極的だ。亮さんは今までどうやって彼女達をかわしてきたのだろうか。
 ずれた思考を中断して十代達のデュエルに視線を戻すと、下ではフェザーマンとスパークマンがバーストレディに叱られている様子が目に入った。


『嘆かわしいこと。そのような小娘ごと気に惑わされるとは』
『う…うぅ……』
『クリクリ……』
「おお……なんかバーストレディ、いつもより迫力あるぜ…。
 [バースト・リターン]を発動!このカードは自分のフィールドに、[バーストレディ]がいる時発動可能!E・HERO[E・HERO フェザーマン][スパークマン]を、手札に戻す!」
『あぁ! 俺たちは何をしていたんだ!』
『恋に現を抜かすなんて……!』
『えぇ?』
『『ヒーローに有るまじき行為だ!』』


   私が精霊達の茶番劇に堪え切れず吹き出すと、精霊の見えない明日香が不思議租に首を傾げる。


『アンタたち、さっさと戻ってきなさい』
『『はーい!』』
『えーっ?』


 バースト・リターンの効果で、虜にしたヒーローが十代の手札に戻る事に、恋する乙女は困惑した様子で眉を寄せた。
 しかし、明らかに成人以上の姿をしたヒーロー達が、バーストレディにたじたじなのはいかがなものか。どこの世界でも女は強いらしい。雁首揃えて素直に返事をする様子に、私は再び吹き出した。


「ヒーローの絆は、そんな恋愛ごっこより強いってことさ」
「くっ……!」
「さらに[融合]を発動! バーストレディとフェザーマンを融合して、[フレイム・ウィングマン]を召喚!」


 勝ち誇ったように笑う十代の場に、彼のフェイバリッドモンスターであるフレイム・ウイングマンが現れる。


「いっけー! フレイム・シュートー!」
『きゃーぁん!』


 攻撃表示の恋する乙女を攻撃すると、レイのライフは0になり、彼女は力尽きた様に崩れ落ちる。フレイム・ウイングマンの炎を視界に入れないように明後日の方向を向きながらも、私達は十代とレイのいる海岸へと坂を駆け下りた。


「ガッチャ! レイ、面白いデュエルだったぜ」
「十代、ボク……」
「おっと! 皆まで言うな、そこから先はずっと見ていた、後ろの奴に言ってくれないか?」
「え…?」


 十代の言葉に、レイがこちらへと振り向く。明日香は至極面白そうに「男の責任でしょ」と微笑むと亮さんは縋る様な視線を私へと向けた。その視線を交わしながらも、ほら、出番ですよーと返すと、レイは瞳をキラキラと輝かせながら、亮さんへと距離を詰める。


「亮様……ごめんなさい、昼間寮に忍び込んだのはボクだったんだ。十代はそれを止めようとしただけなんだ」
「わかっている」
「亮様が、デュエルアカデミアに進学なさってから、会いたくて会いたくて、やっとここまでやって来たの」


 レイの言葉に、翔くんと隼人くんが頬を染めながら感嘆の声を洩らす。


「十代とのデュエルには負けたけど、亮様への思いは誰にも負けない! 乙女の一途な思いを、受け止めて!!」


 レイの様子が、先程までフィールドで戦っていた恋する乙女と重なって見えて、思わず吹き出した。何と言うか、彼女は恋もデュエルもパワフルで見ていて面白い。そんなレイにたじろぐ亮さんを見て、十代がからかう様に口を開いた。


「なんか、カイザーもたじたじだな!」
「亮さん、意外に免疫ないのよね。モテるのに」
、お前まで……」


 亮さんがうなだれる様子に、明日香と十代と笑い合う。


「それにしてもすげぇ迫力、デュエルとおんなじだぁ」
「デュエルじゃないもん」
「そうね、一途な思いは素敵よ。でも今、あなたが言ったように……デュエルのヒーローと違って、本物の男性はウインクや投げキッスじゃ駄目なの。……デュエルも恋も、気持ちと気持ちが繋がって、初めて実るんじゃないかしら」
「ッあなた! 亮様の何なの!? まさか……恋のライバル!?」
「そ、そんなんじゃないわ。……それに私より、亮の上着を着ているはどうなの?」 
は私に協力してくれるって言ったもの!」
……あなた、そんなこと言ったの?」
「え? うん、言ったけど」


 明日香が呆れたように右手で顔を覆った。軽率だったか、とひとり反省する。確かに、協力する、だなんて言っておきながらも私は亮さんの恋愛関係をまったく把握していなかった。親切心から言い出した私の協力も、亮さんに相手がいたら迷惑になってしまうし、レイも傷つけてしまう。もしかしたら亮さんには既に"好い人"がいるのかもしれない。


「レイ、お前の気持ちは嬉しいが……今の俺には、デュエルが全てなんだ」
「亮様……」
「レイ、故郷に帰るんだ」
「そこまですることないだろ! 女の子だって、オベリスクブルーの女子寮に入れてもらえば……!」


 自分を好いて孤島まで追いかけて来た女の子に対しての、あまりの仕打ちに十代が声を張り上げる。しかし亮さんの言葉を受け入れる様に、レイは瞳を伏せるだけで何も言い返さなかった。


「レイはここにはいられない」
「えぇ! レイにはまだ秘密があるのか? 男に化けた女に見せかけて……実は男だったりして?」
「レイはまだ、小学5年だ」
「はぁ……?」
「「ええー!」」


 翔くんと隼人くんが声を揃えて驚く。確かに、大人びたレイの様子や言動からは、彼女が小学生には見えないだろう。何と言うか、明日香といいレイといい、最近の子は発育が良過ぎなのではないだろうか。


「何なんだよー! 俺ってば、小学生に苦戦したのかよ〜」
「ごめんね。ガッチャ、楽しいデュエルだったよ」


 落ち込むように膝をついた十代に、レイが笑顔で彼の決め台詞で返す。派手なリアクションでひっくり返った十代は、足をジタバタさせながら笑い声を上げた。


「サイコーだ! これだからデュエルは楽しいんだよ……!」





「ばいばーい!」
「来年小学校卒業したらーまたテスト受けて、入学するからねー!」
「へへ、だってよ」
「その時は、俺はいないけどな」
「いやぁ……あの迫力には、負けるぜ」


 潮風を感じながら、レイと彼女の両親の乗った船に向かって手を振る。レイはあの後、然るべき手続きをしてデュエルアカデミアから出て行った。鮫島校長は彼女の謝罪を曖昧に笑いながら許していたので、もしかしたら全て分かっていたのかもしれない。


「待っててねー! じゅーだいさまー!!」
「なぁっ!? ……な、なぁんで俺なんだよ!?」
「きっと、あなたのデュエルに惚れたんでしょ?」
「後は任せた」
「いぃー?」
「じゃあアニキ、先に帰るね」
「ゆっくり見送ってあげるんだな」
「船が見えなくなるまで、見送ってあげなきゃねー」
「十代にも春か。いいよね恋って青春だよね」


 各々十代に言葉を残して立ち去ろうとすると、彼は捨てられた子犬のような瞳で助けを求めて来た。私はそれを見なかった事にする。


「待っててねー! きっとよー! じゅーだいさまー!」
「えぇ、あれ……嘘ぉ……?」


 振り返ると船は小さくなっているのにもかかわらず、律儀にも十代は手を振り返している。その様子が微笑ましくて、その写メを今朝教えてもらったばかりのレイの携帯に添付して送りつけた。



恋する乙女は強いのよ!