ああやってしまった、そう呟いた。
呟いたつもりだった。私の言葉は音にはならず、こひゅっと情けない空気が漏れただけだった。ごぼりと傷口から血が漏れる音がする。私を支えるペアのくのたまが隣で喚いているが、彼女の言葉は私の耳には入らずどこかへと流れてしまった。火箸を押し付けた様に熱かった傷跡も、今ではじんじんと痛みを伝える。痛いのだ、痛いから、まだ私は生きている。
実習の場所は学園からそう遠くない。敵の忍は私が合い打ち同様に片付けた者で最後だ。追手もいない。きっと彼女は私を治療の為に学園へと運ぶだろう。申し訳程度にされた止血と、私を背負う彼女の背中をどこかぼんやりとした目で眺めた。目が霞む。彼女がかける振動が体へと伝わり、一歩踏み出すたびに血がぴちゃりと音をたてた。暗い視界の中で、何故か音だけが鮮明に聞こえる。ぴちゃり、ぴりゃり、滴り落ちる音は私から離れることはなく、まるで冥府の使いの様に感じた。
「もう少しで、学園だから。、お願い頑張って」
震える声で彼女が呟く。頑張れ、大丈夫、もうすぐだから。それがまるで彼女自身に言い聞かせている様で、いつも冷静な彼女がこのように取り乱すとは、と少し笑ってしまいそうになった。笑みの代わりに、私の口元からこぼれたのは赤い水だった。
こぼれてしまう。私の命がこぼれてしまう。できることなら学園へと着く前に流れ出してしまってほしかった。
「い……」
伊作。優しい彼が私の死を看取る人になって欲しくなかった。生きたまま保健室に運ばれれば、そしてそのまま死ねば、私の死体を最初に見る人が彼になってしまう。保険委員として多くの死を見た彼だけど、誰かが死んだ夜には独り薬の補充をしながら悲しそうにうな垂れることを私は知っていた。
できることなら私の体など、どこかに捨てて行ってほしい。実習先でヘマをして死んだのだと、学園までもたなかったのだと――彼が救えなかった訳ではないのだと。彼の背負う辛櫃のひとつに、私を加えてほしくはなかった。
いつの間にか、あれほど熱かった体温は冷え、凍えるような寒さが私を包んでいた。寒さからか貧血からか、いや、その両方だろう、体が震える。私を背負う彼女のぬくもりだけが、私をこの世につなぎ止めていた。寒い、寒い、暖かい。もうここがどこかもわからない。周りで誰かが叫び、体に触れられる。痛みは感じない。腹部に暖かさを感じた頃には、もう何も考えられなくなっていた。
眠くて仕方ない。結局学園へと帰ってきてしまったようだ。どうせ伊作の背負う辛櫃に組み込まれるのなら、最期くらい彼の顔を見たかった。
好きだった。くのたま教室でも成績の良かった私は、難しい任務も多く、怪我をして保健室を頼ることも多かった。彼にとってはただの手のかかる怪我人でも、私にとっては痛みから救ってくれる神様みたいな人だった。怪我をして女の子なんだからと叱られ、他愛のない話をして笑って、罠に引っ掛かった伊作を助けて――伊作の1番近くにいる女の子のつもりだった。友達、それでもよかった。いつか彼が私ではない女の人を娶り、子を成し、おめでとうと心から祝福して、それからも友達でいたかった。彼の最愛の人になれなくても、いつ死ぬかわからないくノ一でも、ただ伊作の笑顔を見ていられれば良かった。
できれば長生きして、彼よりも後に死にたかった。誰かが逝ったとき、傍にいるのは私の役目だったから。
酷く眠い。ここで眠ったら、私はもう目を覚まさないだろう。もしかしたら伊作は私が死んでも私のことを覚えていてくれるだろうか。実習の末討ち死にではなく、もっと記憶に残るような死に方をしたらふとした拍子に思い出してくれるだろうか。
最悪な無いものねだりを想像して、ひとり自嘲した。