ごうごうと、音が聞こえる。動物が焼ける匂いが、家屋全体を包み込んだ。この匂いが誰のものかも分からない。私が大好きだった髪が、手が、目が、笑顔が、炎と言う恐ろしい存在と一つになる事によって、こんな悪臭を発するようになるだなんて知らなかった。ああ、これはいったい誰が焼ける匂いなんだろう。火の手は収まらず、恐怖で動けない私をも包み込んだ。炎に捲かれ、呼吸すら出来ずに焼かれる痛みを味わう。直ぐに死ぬ事も出来ない。声にならない悲鳴を上げながら、堪らず崩れ落ちると、足下には、人黒く焦げた私の家族だった物ものが転がっていた。
「――――っ」
深い絶望に襲われながらも、浅い呼吸をなんとか繰り返す。文字通り飛び起きた私の額には、嫌な汗が滲んでいた。夢と現実の狭間で震える体をぎゅっと抱き寄せると、冷え切った両手が私の思考を現実へと引き止めてくれる。大丈夫、これは夢だ。
うちの呑気な家族は、娘が降格した日にだって怒らずに冗談交じりで談笑していたし、弟に至っては今度ワイトやるよ、だなんて人を小馬鹿にした様に電話越しに笑っていた。確かに彼らは生きていて、私も生きている事を日課の様に確認しているじゃないか。
記憶を辿りながら目を開くと、そこはレッド寮の私の新しい部屋で、当り前だけど火は消えていた。やっぱり夢だ。半年ほど前から繰り返す、憂鬱な悪夢。
夢の中の私は、既に大学を出て社会人をしていて2つ下の弟も数年前から都心の企業で働いていた。仕事が忙しくて休みは取れないし、上司は口だけで部下は使えなくて言い訳ばかり、私は中間管理職と言う彼らに板挟みにされた厄介なポジションだ。浮いた話がある訳でもなく、大学を卒業してからは友人達とは疎遠気味で、癒されたいが口癖の枯れたOLだったと自分でも思う。
だから仕事をサボれる盆と正月は好きだったし、何の行事もないゴールデンウィークはもっと好きだった。
「ー」
「こら、姉さんと呼びなさい姉さんと」
今年の記念すべきゴールデンウィーク1日目。金欠を理由に、同僚の誘いを全て断ってだらだらと過ごしていた私の部屋に弟が現れた。昔は姉ちゃん姉ちゃんと私の後ろを付いて回った可愛い弟は、見る影もなく立派な成人男性に変わったが姉弟の仲は今も健在で、オフの日には引き籠りがちな我等姉弟は必然とお互いの借りて来た映画やドラマ、果てはアニメや漫画等を集まって観る事が多い。ドアを足で閉めた弟の手には、何やらカラフルな箱が大量に抱えられており、今日もそのパターンかと読み飽きた漫画を部屋の隅に投げ置いた。
「姉ちゃんさ、どーせ連休暇だろ」
「……布団と仲良くするって予定なら詰まってるけど?」
「義務かよ、姉ちゃん寝過ぎ。もう一日の半分以上無駄にしてんだぞ」
「だってやることないし。お金もないし!」
「世界はそれを暇って呼ぶんだぜ! だろうと思って友達からDVD借りて来たんだけど」
「何?」
「遊戯王」
「見たじゃん」
「いや、DMじゃなくてGX」
ほら、と手渡されたDVDBOXに目をやると、確かに全くもって見覚えのないキャラクター達がポーズを決めている。今回の主人公は前作の主人公の奇抜の髪形を受け継いだ訳ではないようで、遊戯王と聞いて星型の様な髪形を真っ先に思い出した私にとっては何だか拍子抜けだった。
「まぁいいよ、私の部屋で見る?」
「うん、姉ちゃんの部屋で。俺のPS2最近調子悪くってさ」
「あーそう言えばこの前映画読み込めなかったか」
そう言う魂胆か、と小さく笑い合いディスクを再生する。赤い制服を着た少年を中心に
繰り広げられる突っ込み所満載のアニメにいい歳した姉弟でスナック菓子を摘みながら見入った。
遊戯王デュエルモンスターズGXは、遊城十代と言うヒーローデッキを使う少年の物語だった。彼、十代は前作の主人公でもある伝説の決闘王武藤遊戯から託された精霊の宿るハネクリボーのカードと共に、デュエルアカデミアに入学する。十代をアニキと慕う気弱な少年や、圧倒的な実力と端正な顔立ちを持つ男前なヒロインに、鼻持ちならないライバルなど、一癖も二癖もある仲間と共に数々の困難(と言ってもデュエルなのだが)を乗り越え、最後には封印されていた三幻魔カードを操る影丸すら倒し、世界に平和をもたらした。
「何か……うん、壮大だね」
「カードゲームではよくあること。じゃあ、続きは今度の休みだな」
「え。まだあるの?」
「まだまだ序の口」
3日かけて見終わった彼らの物語を弟がケースに戻しながら笑う。今日はもう遅いからお開きな、と部屋を去る弟の後ろ姿をおやすみと見送った。
こんな普段通りの会話が私達の最期の言葉となったのだ。
もう戻らないあの日