01.死にぞこないのお花が似合う

「君は?」


 ドアの開く音、そして久しぶりに聞く人間の声に、私は体を硬くした。手元に武器はない。声からして相手は若い男の様だから素手で殺れない事もないだろう。
 彼女から此処に訪れる人間は殺せと言われている。刃向えば、私が殺されてしまう。しゃがんだ姿勢のまま足をばねにして気配のある方向に飛びかかり、声のした高さから恐らく男の鳩尾であろう部分に蹴りを入れると、男は声を上げて倒れこんだ。止めを刺そうと首に手をかけると横からがんと突進され、冷たいフローリングに押し付けられた。


「おいサミー! 大丈夫か」
「……っ、なんとか、ね」


 私を抑えている男が声をかけると、最初に相対していた男が咳き込みながらも答える。もう一人いたとは、迂闊だった。私を組み敷いている男を振り払おうと手足をじたばたと動かすが、男と女の差からか私を拘束する手は緩みもしない。


「……わかりました。殺すなり、好きにしてください」


 覚悟を決めて体の力を抜くと、相手は驚いた様に私の拘束を解いた。抵抗する気力はない。彼女が現れなくなってもう何日も食事を取っていないのだ。パンで出来た英雄でもないけど、お腹がすいて力が出ない。武器もなければ不意打ちでもない。ただの体術ならば、二人には敵わないだろう。


「ちょっと待て、僕たちは君を殺すつもりはない」
「……貴方達を逃がしたとなれば、どの道処分されてしまいます」
「おいおい、殺すだの殺されるだの物騒な話だな。俺達は人殺しをしに来たんじゃないぜ」
「そうだ、僕達はここで起こっている事件を調べに来たんだ。3か月前に、体に傷ひとつ付けずに内臓だけを抜き取る事件があったよね。……君、何か知ってる?」
「犯人は私です。私が死ねば事件解決。これじゃいけませんか?」
「おいおい、冗談はやめてくれよ」
「最初の事件は18年前、君はまだ産まれすらいない」
「私、知ってます。最初の被害者はブロンドの髪が綺麗な、若い女性でした。彼女達が肝試しにこの病院に来たので、音を立てて驚かせて、逃げ遅れた彼女を殺しました」


 私の言葉に、二人の青年は絶句する。私を拘束する腕の力が弱まったが、体を青年に預けたまま、私は自身の罪の告白を続ける。


「次はその3ヶ月程後でしょうか、あまりここには人が近づかないので。若い男性でした。花束を持っていたので、献花しに来たのかもしれません。敷地内に入ってきたので、捕まえて殺しました」 「彼女? 彼女ってもしかして……」
「伏せて!」


 壁の向こうから、彼女が長い爪を振り下ろしているのが見えた。目の前にいるであろう男の足を引っ掛けて転ばせると、彼女は大きく振りかぶった右手を私に向けた。


「やめて、ケール!」


左手で頭を庇いながら飛び退くと、爪の切っ先が腕を掠める。鋭い痛みに声が漏れるが、向かい合った彼女の瞳に微かな理性と躊躇いが見えた気がした。


「離れろ!」


男が叫ぶ。刹那、ドンと言う大きな音と共にケールが悲鳴を上げて姿を消した。





「……殺したんですか?」
「いや、脅かしただけだ。すぐに来るぞ」


廃病院の一室に閉じ込められていた少女の両目は固く閉じられていた。幼く見える外見年齢の割には落ち着いている彼女の様子に(やけに丁寧な英語もそう感じる要素の一つだろう)、ディーンは散弾銃を彼女へ向けたまま答える。咎める様な視線を送ると、兄貴は警戒心を隠そうとしないまま彼女を上から下まで値踏みする様に眺めた。


「君は、目が見えないのかい?」
「目は彼女が持ってる」


要領を得ない彼女の返答にディーンと首を傾げるが、僕らの様子が彼女に伝わったのか彼女は小さく笑って続ける。


「裏切らないようにと、抉られてしまいました。彼女、数年前から人が変ったみたいに……あ、人じゃないですけど」
「待て、何をしているんだ」


まるで駅前のカフェで友人とお茶をする様な表情で、彼女は茶色い袋から米と黒っぽい豆の様なもので四角い部屋の壁を沿う様に線を引いた。訝しげな兄貴の質問に、彼女は事もなげに結界です、と答える。僕らは閉口した。


「君の話から、僕らは君があいつの仲間だと思ってた」
「仲間ですよ。……ただ、貴方達が彼女を退治しに来たので、そろそろ潮時かとも思ったんです」
「潮時?」
「ケールは狂っています。私も彼女の為に人を殺して来ましたので同罪ですが、私には彼女を殺す勇気が持てませんでした」


彼女は淡々と感情を押し殺した口調で語るが、悲しみを噛み殺す様に口元は妙に吊り上っていた。部屋の隅にぽつんと置かれた机から黒いナイフを取り出すと、それを壁の隙間に押し込むとカチリと金属音がして壁が裏返る。壁の裏にはぎっしりとナイフや銃が収められていた。ディーンが銃の引き金に指をかける。


「目は見えませんが、慣れとは恐ろしいもので空気の流れや気配で大体の物の位置は分るんです」


彼女は椅子に掛けられていた真新しい黒いコートの裏に、丁寧に1本1本ナイフをしまっていった。僕らへの敵意は感じられない。

――です。
警戒する僕らに、彼女は思い出した様に呟いた。?ディーンが復唱する。聞き覚えのない響きだった。えーっと、アクセントは少々違うのですがまあいいです、です。名前を訂正しようとする彼女――の声には少しだけの不満が込められていた。


「貴方方のお名前を窺っても?」
「僕はサム」
「……ディーンだ」
「サムに、ディーンですね。では、考えましょうか」


どうやって此処から生きて出るか。
まるで今夜の夕食を悩む様な軽い口調で少女は微笑んだ。