「アニキぃ! 無事だったッスか!?」
すっかり夜が明けて太陽が上った頃に俺の部屋を訪ねて来たのは先日オベリスクブルーに昇格したばかりの翔だ。後ろにはらーイエローの2年、剣山もいる。
「何だ?お前ら、ずいぶんと早起きだな」
今日はデスクロージャーデュエルが始まって最初の日曜日だ。いつもならゆっくりと過ごす日曜も朝の筈が、遊城(うう、なんか照れくさいんだよな)から叩き起こされて洗面台に向かっていた。
「アニキ、僕自分が情けないッス……! いくら怖かったとはいえアニキを置いて逃げるなんて」
「丸藤先輩はまだまだ子供だドン。お化けなんかいるはずないザウルス」
背の低い翔を小馬鹿にしたような笑みで両手を広げる。いや、幽霊ならそこのベッドでデュエル雑誌読んでるんだけど……。咽まで出かけた俺の言葉は不満そうな翔によって遮られた。
「剣山くんはあれを見てないからそんな事言えるんだよ! 青白いを通り越して透き通った肌、風もないのになびく髪、そしてふわりと浮いたんス!」
「丸藤先輩は夢を見ていたんだドン。人間が浮くわけないドン」
「だー! かー! らー! 幽霊だったんだってばー!」
「騒がしいわね」
剣山に突っかかる翔の声を遮る様に、話中の彼女の凛とした声が響く。その声に、翔がびくりと肩を揺らし、錆びついたような動きで俺越しに部屋の中を見た。
「いいいいいいい今の声は……」
「私よ」
空気の流れを感じさせない動作で、遊城は昨日から居座っていたベッドの3段目から飛び降りる。勿論、足音は聞こえない。
「で、出たッス――――ッ!」
「翔、落ち着けって」
「でもアニキ、あの人透けてるドン! まさか丸藤先輩の言った通りの……!?」
俺を盾にして怯える翔、剣山に原因である遊城は面白くなさそうに「だから何だって言うの」と俯き冷たく吐き捨てる。だが、彼女の前髪で隠された茶色い瞳が悲しみの色を帯びたのを、俺は、どうしても見逃せなかった。
「翔」
「アニキ! 落ち着いてる場合じゃないッス!!」
「いいから。俺の話を聞け」
「だからそんな場合じゃ…!」
「翔」
低く絞り出した声に、翔の肩がびくりと揺れる。俺は怯える翔に構わずに続けた。
幽霊だって、体がなくたって、楽しければ笑うし悲しければ泣く。俺達と全然変わらない、ただちょっと体をどこかに忘れてきてしまっただけの彼女が、彼女の孤独や悲しみ何ひとつ知りもしない人間に一方的に罵倒され(遊城はどこか翔の言葉を甘受している節がある)背中で指が白くなるほど手を握りしめて涙を堪えているのが許せなかった。
「いい加減にしろ。こいつと……遊城と俺たちの何が違うってんだ」
「アニキ……?」
「こいつはちょっと透けてたり空飛んだり触れなかったり超能力使えたり、俺達とはちょっと違うかもしれないけど、遊城にだって――ッ!」
「はい、ストップ」
怒りに任せて声を張り上げようとした時、後頭部にぼすんと硬い枕が当たった。枕を飛ばした張本人は頭を押さえる俺にしか聞こえないような声で囁く。
「言い過ぎ。彼、怯えてるじゃない」
「遊城……」
「顔、怖いわよ。って言うか、透けたり空飛んだりってあんまりフォローになってないの分かってる?」
遊城の眉間をなぞる様な動作で、はっと気付いた時には俺に縋りつく翔やドアの前で立ち尽くす剣山が呆然と目を見開いていた。あまりにも場の雰囲気が悪くて、小さく「悪ぃ」とバツが悪そうに呟くのが俺には精一杯で、泣きそうな翔から目を逸らす。
「……アニキ、僕…」
「……」
「…僕が間違ってたッス。君も……ごめんなさい」
俺の言いたかったことがどうにか通じたのか、翔が怯えながらもおずおずと遊城に頭を下げる。それでも俺は決まりが悪くて、必死に言葉を探した。
「いいのよ、誰だってお化けは怖いわ」
十代も、ありがとう。
そう言ってふわりと微笑む遊城(彼女の心からの笑顔は多分きっと初めてだ)に、ぎこちなかった空気が解きほぐされるような気がした。さっきまで怯えていた翔なんかは、頬を染めてブラマジガールを見る時と同じ様な目をしていた。
ひどいことはされない
(20080817/ななつき)
(20080904/加筆修正)