「ほら、遠慮してないで入れって」
「いや……あなた、色々と間違ってると思うわ」
入口にふよふよと漂う私に、竦む事なく手を伸ばすのは、この部屋の主らしい遊城十代。今しがた、廃寮から私を引っぱり出して来たのも彼である。
「んあ? 間違ってるって……何がだ?」
「まず……声が大きい、まだ2時よ?」
「っと、いっけね。隣の奴に怒られちまうぜ。お前も早く入れよ」
「私みたいなのと一緒に暮らそうなんて正気を疑うわ」
「へへ、いいじゃん。楽しいのが1番、だろ?」
「……変な人」
十代の笑顔に、呆れたように溜息を吐きながら彼の部屋に入った。やはり男の子の部屋と言うか、乱雑に積まれた雑誌や脱ぎ散らかされた洗濯物が目立つ。
「ちょっとは片付けた方がいいんじゃない?」
「どうも俺、掃除って苦手なんだよな。翔がいなくなってから片付ける奴もいなくってさ」
ふわりと床を蹴って(と言っても語弊だ。私には実体がない)3段ベッドの1番上へ腰かけた。
「オシリスレッドなのに1人部屋なのね」
「ああ、翔はオベリスクブルーに昇格、隼人はインダストリアル・イリュージョン社に就職しちまったからな」
「ふぅん」
翔と言うのは十中八九、昨日の少年だろう。十代と翔と言う少年は仲がいいらしく、今までの会話の中でも何度か耳にした。
「仲がいいのね」
散らばった洗濯物をいつの間にか使えるようになった念動力で宙に浮かべ、折り紙を折る様に畳んで部屋の隅に積み上げていく。十代はぽかんと口を開け、目を見開いた後にすげぇ!と声を上げた。
「幽霊ってそんな事も出来るんだな!」
「軽いものくらいよ。生物には使えないみたいだし」
「それでもすごいって!」
「あなたも、幽霊になれば出来るんじゃない?」
死んでみる?と机に置かれたシャーペンを持ち上げて、ペン先を十代へ向けると彼はすごい勢いで首を振る。それが年相応に見えなくて、思わず吹き出してしまった。
「俺はやっぱり、まだデュエルしたいしな」
「そんなに好きなの?」
「ああ! 勿論だぜ、あんたも好きだからデュエルアカデミアに入学したんだろ?」
「………知らない」
「はぁ? それってどういうことだよ?」
「言ったでしょ、覚えてないの」
私は、生きていた頃の記憶がない。表情を隠すように両手で顔を覆うが、透きとおった手のひらから十代と部屋の風景がぼやけて見えた。
「目が覚めたら、家族も、友達も、自分の事さえも……まるで体と一緒に置き忘れてきたみたいに、何も……覚えてなかった」
「……やっぱり、それってすっげぇ淋しい事だよ。名前まで忘れるなんて」
「そうね、久しぶりにあなたと言う人間と触れ合ったら、淋しくなっちゃたわ」
こんな体になってまでなんと未練がましい事か。彼に気づかれないように自嘲の笑みを漏らす。そんな私の心境を知ってか知らずか、十代は雨雲すら吹き飛ばしそうな笑みで笑いかけた。
「まだ間に合うって! なくしちまった分、これから作ればいいんだからよ!」
「これからって……もう私、人生終わってるんだけど」
「幽霊も人間も、大差ないって! 今まで退屈だった分、俺が楽しくしてやるぜ!」
「あなた、お節介って言われない?」
「そうか?」
「そうよ」
「お節介って、面と向かって言われた事はないけどなぁ。…そんなことよりさ、その"あなた"って言うのやめね?俺には十代って名前が……あー…お前もさ、名前がないと不便、だよな?」
「名前?」
「いつまでも"お前"じゃあんまりだし」
「じゃあ、あなたがつければいいじゃない。ポチとかタマとかサブローとか」
「つけるって犬猫じゃないんだからそんな簡単には……。ちょっとまて、今最後に変なの入らなかったか?」
「気のせいよ」
「うーん、それならいいんだけど。お前はこんな風に呼んでほしい、とかねぇの?」
十代の言葉に考えるように腕を組む。自分の名前を自分でつける日が来るなんて思いもしなかった。貧窮気味のボキャブラリーを振り絞って考えるが、花子、太郎等と言った日本人なら真っ先に思いつくであろう人名は全て彼の「真面目に考えろよな」と言う言葉に切り捨てられた。
「幽霊だから貞子、とか」
「やめろよ、翔が寄り付かなくなっちまう」
「あなたが付けてくれたら早いんだけど」
「俺にそんなセンス求めるなよ……」
「うーん……あ、そうだ」
「お、何か思いついたか?」
「十代、あなたの名前を貸してよ」
「俺の……名前?」
「あなたを名字で呼ぶ人っている?」
「いや、ほとんどいないと思うけど」
「じゃあ遊城。ゆうきって呼んで、音的には問題ないでしょ?」
にや、と形容しがたい笑みで笑いかけると、十代は少し困ったように視線を逸らした。
何もしないトイレの静けさ
「俺は別にいいけど」
「よかった、断られたら"花子"って名乗ってトイレに籠ろうと思ってたの」
「……まじかよ」
(20080814/ななつき)